第7話

 先生にその意味を尋ねようとも、教員会議の時間なので、ただ僕は教室で居るしかなかった。ところで肝心の椎名とは挨拶を交わしたけれど、それまでと変わりない感じで、どこをどう気をつけなくてはならないのかよく分からないままだ。

 といっても、昨日は確かにこれまでの彼女からしてみれば特殊な状態だったかもしれない。でもそれは彼女自身が、というよりむしろ僕の状態が変化したせいであって、彼女の接し方が目立って変化したのではないはずだ。

「は~い、席についておきなさいって言ってるでしょ」

 先生もまた、それまでと変わりなく。

 とどのつまり、時折おとずれる足の痛みと、この周囲の人々との関係変容のみが、生きている実感を与えてくれるのだった。

 そういった他人との化学反応は、予期せぬものであるからこそ衝撃を生む。丁度、『予期せぬシャットダウン』が一番むかつくのと同じように。


「いた!京谷!久しぶり!!!!!」

 およそ僕の周りにはあまり居ないタイプの登場の仕方をするその女生徒は、確かに今ここに居るはずのない人だった。

「え?沙紀さき先輩………!?」

「そう……そうだよ」

 一年前、すなわち僕が高校に入学したとき、沙紀先輩は高2。春頃―まだ椎名ともさほど仲良くなかった時分―に独りの僕を見かねた先輩は親しくしてくれた。しかしすぐさまドイツへと留学へ行ったはず。

 聞いた話だと、今みたいな秋の終わりか初冬かで迷うような季節の変わり目などではなく、年明けごろに帰国予定だったはずだ。それも場合によればドイツの大学に進学するかもしれないということで、場合によっては帰国もほんの一時的なものとかなんとか。


「ちょっと」

 ずかずかと慣れ親しんだ?かつての教室に入ってくる先輩だったが、れっきとしたホームルーム中である。笑顔の絶えない結城先生であってもそこは一人の教育者だ、先輩を注意するに決まっている。

「そのリボンの色、あなた三年でしょ?ここは二年の教室だし、それに」

 あれ、先生、いつもより感情的なようにも。いや、まさかな。

「先生、先輩………鈴木すずき沙紀さきさんは高2の春過ぎから留学してまして。それでつい間違ったのかと」

 じっとこっちを見つめつつ、先生は手帳にその名を記しているようだった。

 先輩の楽観さと先生の緊張感とがついに飽和状態になったのは、助け舟のようなホームルームが終わるチャイム。

 ホント、混乱だけが生存を裏付けやがる。


「Auf Wiedersehen.[またね♡]」

 クラスメイトが色めきだったのは、先輩が恥ずかしげもなく、僕の右頬にキスをしたからだ。

 沙紀先輩は『いろいろな手続き』という名の召喚命令を受けて、ついに嵐は過ぎ去った。

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