第24話

 女子高生に連行され、たどり着いたのは応接室だった。

 扉を開けて入れば、第一王子が一人用にソファに腰かけていた。そして、ソファの後ろには護衛と思われる王宮騎士が五人立っている。

 その対面に座っていたザイラードさんが私を見つけて、器用に眉を片方だけ上げた。

 「どうした?」とそういうことだろう。

 私は、へへっと笑って、そっと左腕に視線を送った。

 そこには女子高生の手。肘をむんずと掴んでいる。

 このやりとりだけでザイラードさんはなにが起こったのかだいだい把握したようだ。

 素早く立ち上がり、私のそばへと歩み寄った。


「こちらへ。そして君はあちらへ」


 私の右手をとり、そっとエスコート。

 そして、女子高生に第一王子の隣の一人掛けのソファを示す。

 女子高生は素直に頷くと、私の肘から手を外し、ソファへと移動した。

 ザイラードさんはそのまま私を部屋の外へ送ろうとして……。


「どこへ行くんですか」


 やはり女子高生に止められた。

 ダメかー。この流れるようなエスコートでもダメかぁ。よっぽど私が一緒じゃないとダメなんだな……。


「ザイラードさん、大丈夫です。私もここにいます」


 ザイラードさんは女子高生の言葉には足を止めなかったが、私の言葉には足を止めた。

 そして、心配そうにこちらを見つめる。


「いいのか?」

「あの女の子、どうしても私にいてほしいみたいなので……」


 いるだけ。いるだけだけどね。

 役に立たないが邪魔をしない。そういうものに私はなりたい。


「そうか……。できるだけあなたに火の粉がかからないようにしよう」

「すみません、いつもいつも……」


 逃げるのが下手だった私のせいなのに、申し訳ない。

 上司にしたい男No.1ザイラードさんはこんなときにも気遣ってくれる。神。


「それで! どこまでわかってるんだ!?」


 ザイラードさんと私がそれぞれ一人掛けのソファに座った瞬間、第一王子から質問が飛ぶ。

 前のめり。さすが意欲だけはすばらしい王子。


「昼過ぎから突然、気温が低下した。雪が降ったのは先ほどだ。ところで、なぜ第一王子と少女がここへ?」

「うむ! 王宮で過ごしていたが、とくになにも起こらない! 王宮にいるだけでは聖女の力が発揮できないだろう?」

「王宮でも、できることはあるだろう」

「事件が起こらないのに、力を発揮しようがない! ので、事件が起こりそうな、ここにやってきたわけだ」

「……先触れは?」

「ここに来る前に書状を持たせて、騎士を派遣したはずだ!」

「いつだ?」

「昼食後だ!」


 その返事にザイラードさんがこめかみを揉んだ。


「いいか。先触れはできるだけ早く出せ。決まったときに、だ。第一王子ともなれば最低でも十日前にはもらわねば困る」

「だが、緊急事態ではそうもいくまい?」

「緊急事態じゃなかっただろ、今日は」

「今は緊急事態だ!」


 ザイラードさんがまたもこめかみを揉む。

 そうなんだよなぁ……。すばらしい休日だったのに、緊急事態になったんだよなぁ……。


「午前中に報告書を読んだのだ。ここに残った異世界の女性が崩落した道を直した、と。大木が倒れ、巨石がいくつもあったが、その力を使い、元通りにしたそうじゃないか! それはぜひ、この目で見たい」

「その話を聞いて、私にもできることがあるのではないかと思い、ここへ来ました」


 あー……。私の「とう」と「えい」か……。


「転移魔法陣であれば、即座にここへ来れる。許可をとってからすぐにやってきたというわけだ! すると、この気温変動。事件が起きていた! 事件を解決しよう!」

「私が聖女です。私にできることがあると思います!」


 前のめり。前のめり二人組……。

 ちなみに私にできることはない。雪の中をうろうろするだけである。

 はたらくくるまとしての性能はあるが、除雪に向いているか? というとな……。すべてを破壊してしまいそう……。


「とにかく、今は気温変動の調査中だ。どうやら、気温変動は魔物の森の向こう。国境より北から徐々に起こったようだ」

「徐々にか?」

「ああ。寒気の塊がこちらへ向かっている」

「寒気の塊……」


 ザイラードさんの言葉に女子高生が呟く。

 日本で冬になるとき、シベリア寒気団が張り出してくる。それで寒くなるわけだけど、そんな感じかな?


「本来の季節の変化であれば問題ない。だが、気温変動が局地的すぎるし、時期もおかしい。そして、寒気の塊が明らかにここを目指している」


 ザイラードさんはそこまで言うと、私たちを見渡した。


「今、防寒着を用意させている。まずはそれを着用してくれ。もしかしたら――」


 その途端、バタンと扉が開いた。


「団長! 予想通りでした!!」


 部屋へ飛び込んできたのは防寒着を着込んだ騎士。頭に積もった雪を見ると、どうやら長時間、外へいたようだ。


「馬で偵察した結果を報告します! 寒気の塊の中央に魔物の姿あり!」


 騎士はぐっと眉を寄せた。


「アイスフェニックスです!!」

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