第23話

 厄介事セットが突然現れたわけだが、ザイラードさんと二人で雪に積もられていてもなにも始まらない。

 ザイラードさんは私を隠すようにすこし前へ出ると、私の耳元に顔を寄せた。


「ここは俺が行くから、あなたは違う入り口から室内へ」

「すみません、ありがとうございます……」


 かたじけねぇ……。本当にかたじけねぇです。

 すばらしい女性であれば「ザイラードさんを一人にできません」とか言うかもしれないが、私はすばらしくないので、脱出します。

 第一王子と女子高生に関わりたくないし、そういうのをうまくやり過ごすスキルもない。

 ザイラードさんは騎士団長だし、スキルがある。故にお任せします。感謝。圧倒的感謝。こういうところが上司にしたい男性No.1である。


「ここでは冷えるだけだ。情報を集めるから中へ入れ」


 ザイラードさんはそう言って、第一王子や女子高生を屋内へと誘導する。

 第一王子や女子高生の周りで困っていた騎士たちも、ほっとしたような表情になり、中へと入っていった。

 そして、私は、はしゃいでいるシルフェに呼びかける。


「こっち……」


 できるだけ小さな声で。第一王子や女子高生にバレないように。そっとみんなの輪から外れていく。

 シルフェは「ン?」と首を傾げたあと、私のあとに続いた。

 そして、ザイラードさんはそんな私に視線を送ったあと、室内へと入っていく。

 あの視線は『任せろ』のサイン。たぶん。神……。

 心の中で拝みながら一礼。私に返せるものはないのだが、恩は忘れません。

 そうして、別の入り口から室内へ入ろうと思ったのだが……。


「だめです……ここは……」

「え」


 正面出口から離れ、厨房のほうの出入り口に回ったのだが、入ろうとすると騎士に止められた。

 なんで?


「すみません。ここにはあの少女がいて……」

「あ、そうなんです?」

「団長が手に持っていたバスケットを騎士に託したのですが、あの少女が自分が厨房へ持っていくと言って聞かなくて……」

「ああ……なるほど……?」


 ちょっとその場面を想像してみる。

 ザイラードさんはお茶会に使った食器や、パイが入ったバスケットを持っていた。

 で、それを厨房へ返すために、近くにいた騎士に頼んだのだろう。ザイラードさん本人は執務室へ行くか、第一王子や女子高生が滞在できる応接室へと移動して、情報収集や報告をしたかったわけだ。

 その場面を目撃した女子高生は、バスケットを厨房へと運ぶ役目を買って出た、と。

 うん。やる気がある。すぐに脱出した私に比べて、自分から仕事を探しているわけだよね。できそうなことであれば、自分がする。そうか。すばらしい。こちらはすばらしい女性だった。


「厨房の場所はわからないので、結局、騎士がついてきているってことですね……」

「はい……。結局三人の騎士が警備を兼ねて移動しています……」

「……お疲れ様です」


 バスケットぐらい騎士の一人がさっさと運びたかっただろうね……。でも、異世界からきた聖女様がわざわざ仕事をしてくれるわけだから、それを断るのもな‥‥…。

 ザイラードさんや騎士たちの反応を考えて、ただただ気の毒に思う。

 ここから屋内に入ると女子高生に見つかってしまうために、もう一度、雪の中へ戻っていく自分も気の毒……。マントにしんしんと雪が降り積もってるよ……。


「もう一度、正面に戻ります」

「申し訳ありません……」

「いえいえ、騎士さんのせいじゃないです。むしろ私のせいなので……」


 厄介事から逃げるために、雪に降られる。もはや因果。

 女子高生のことを教えてくれた騎士にお礼を言い、ふたたび雪の中を歩いていく。

 最初は1cmの積雪だったが、今は5cmぐらいだ。雪ってすごい、あっという間に白に染めつくしている。


「シルフェーいくよー」


 真っ白な地面に真っ白な毛皮。保護色と化したシルフェに声をかけて、元の入り口を目指す。

 そして、到着したのだが――


「どうしてこんなに遅かったんですか?」


 ――そこには女子高生が私を待っていた。


「えっと……なぜここに?」


 こんなことってある?

 一応敬語だけれど、若干のトゲを感じる……。


「窓の外を見たら、あなたが雪の中にいたからです」

「なるほど……」

「犬と遊んでいたんですか?」


 女子高生の目線の先には、相変わらずはしゃぐシルフェ。ハッハッハッと楽しそうに息を弾ませながら私の足元をぐるぐる回っている。


「たぶん?」

「なんで疑問形なんですか」

「なんでかな……」


 厄介事から逃げようとした結果、大量の雪に降られながら、庭をさまよった挙句、こうして見つかっている自分の無様さにびっくりしているからかな……。


「早く行きませんか? 今はそれどころじゃないと思います」

「あ……ですね……」


 その通り。今はいきなりの気温変動について考えるべきで、犬と遊ぶべきときではないね。はい。


「ドウシタ? ブレス、スルカ?」

「ナニナニ? 『エイ!』スル?」

「しないしない」


 ストレス解消にブレスや圧縮をしてたら、世界情勢が変わってしまう。

 ……レジェドとシルフェはそうやって生きてきたから、世界がいろいろ動いたんだろうが。

 そうして話していると、女子高生の顔がみるみる曇っていき……。


「……話せるんですね、その動物」

「あ、そうです……」


 女子高生の顔がキッと睨みの表情に変わる。


「私のほうが、あなたよりすごいですから」

「はい……」

「私が聖女よ!!」


 女子高生はそう言うと、ぎゅうっと胸のあたりを抑えた。


「あ、大丈夫……?」


 大きい声を出したから、苦しくなった?

 慌てて、二、三歩進むと、女子高生は胸においた手をすぐに離し、私をもう一度睨んだ。


「早く行きます!」


 そう、私に凄んだあと、屋内へと踵を返していく。

 どうやら体の不調ではなさそうだ。それならば、私は――


「このまま……ここにいるパターンある……?」


 どう? 神様?

 この背中についていかないパターンあるかな……。ワンチャンくれませんか……。

 雪に埋もれていく選択肢。あると思います。


「もう!!」


 しかし、女子高生は振り返って私を見た。

 そして、雪にもめげずズンズンと私の前までやってくると、私の肘を掴み進んでいき……。


「ちゃんと歩いてください」

「はい……」


 雪だるまになる選択肢。なかった……。

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