かぴ汁の降る朝に

カピバラ

かぴ汁の降る朝に



 人類は、主人公ではなくなった。

 もとより、人類が勝手に我が物顔で主人公を気取っていただけなのだけれど、そんな栄光も、ただの一日で終わりを迎えることになった。

 あの日、アレが降った日に、人類は舞台から引きずり下ろされ、最底辺となったのである。

 とはいえ、もうこの世界には二つの種族しか残っていないのだけれど。


 私たち人類と、カピバラ、二つに一つなのだ。


 かぴ汁。全ては一匹のカピバラが引き起こした。主犯のカピバラが世界中に降らせた雨、——かぴ汁は、触れた生き物をカピバラに変えるという特性を持っていた。天気予報で晴れが出ていたにも関わらず、前触れもなく、容赦なく降ったかぴ汁に触れた人々は次々とカピバラと化し、そのカピバラと化した元人間が、同じようにかぴ汁を降らせたのだ。

 世界がカピバラで埋め尽くされるまで、そう時間はかからなかった。


 辛うじてカピバラ化を免れた人類は、息を潜め生きることを余儀なくされた。

 カピバラの圧倒的数の暴力に、人々の心は次々と折れ、遂には自らカピバラ化を希望する者も現れはじめた。彼らは信念を棄てたのだ。

 人として生きることに疲れて、カピバラに屈したのである。私は、そんな人を何人も見てきた。

 その度に、彼らを軽蔑した。

 本当はわかっている。彼らの気持ちもわかる。

 いっそカピバラになった方が楽だと、それも痛いほどわかってはいる。けれども、やはり成りたくはない。成り下がりたくはないのである。


 そう思っている内に、私は独りになった。


 周りには、もうカピバラしかいない。


 今朝もまたかぴ汁が降る。私を消そうとする。


 私は叫ぶ


 ——————かぴ汁の降る朝に。




 完




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かぴ汁の降る朝に カピバラ @kappivara

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