第35話 俺の求める自由気ままって、何なんだろうな。それはそうと、悪かねぇぜ

 ドミニアの廊下を少しだけ歩いてから。

 俺とライラは、二人きりで話が出来る場所へと来ていた。


「話があるっつったな。切り出す心の準備は出来たか?」

「はい」


 そう。

 報告が始まる前、ライラが言ったことだ。


 気配を感じてみるが、嫌な予感はからっきしだ。

 むしろ、真逆の感じがする。


「単刀直入に申します。ゼルシオス様……窮地を救っていただき、ありがとうございました」

「おぉん? って、あー……あの時か」


 ヴァーチアのブリッジで、俺がヒルデを突き飛ばしたときだな。

 確かに、下手すりゃ殺されてたもんな、あれ。


「礼なんかいらねぇよ。当然のこったろ」

「そうはいきません。筋は通さなくては」

「だったら……」


 俺は一瞬下卑た笑みを浮かべてみるが、すぐにやめて真顔になる。


「と言いてぇが、借りを返すのは後にしてもらうことになりそうだな」

「どういうことでしょうか?」

「アドライアが来るぜ」


 そのままライラを襲っても良かったんだがな。それはそれで、面白れぇ反応が見られそうだったから。

 ほら、やっぱり来たぜ。


「探しましたわよ!」

「俺をか?」

「当然ですわ! お父様とのお話から逃げるなんて……!」


 いつものように飛び蹴りか。

 おせおせぇ、縞パンがじっくり見られるぜ。


「よっと」


 軽く首をひねるだけで、簡単にかわせらぁ。

 さて、あえてそのままにして体勢をどう立て直すかが見ものだ。


「……ッ!」


 こけそうになってんな。

 慣れねぇ飛び蹴りなんかしやがって。


「ほら」


 俺はサッと、アドライアを抱きかかえてやる。


「なっ!?」

「暴れんな。こけるぞ」


 抗議を無視して、俺はそのままアドライアを持ち上げる。

 恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてるが、なにやら別の気配を感じるぜ。


「俺になんか言いてぇことでもあるんだろ? なぁ」

「そうでしたけれど……今ので忘れてしまいましたわ!」


 嘘つけ。


「恥ずかしいのをごまかしたいんだろ?」

「そっ、それは……」

「ほら、言えよ」


 俺はじっと、アドライアの目を見つめる。

 こうして見てみっと、綺麗な目してんな。いや、目だけじゃねぇ。顔全体が、だ。


 体はちょいと不満が残るが、十分美人の部類じゃねーか? ヤベ、割と好きになってきたかもしんねぇぞ。ハーレムに加えてぇわ。


 と、俺の視線に耐えられなくなったのか、話し出しそうだな。

 さて、そろそろいいか。目線はそらしといてやる。


「助けてくださったこと……感謝致しますわ。ゼルシオス」

「ようやく本音が言えたじゃねぇか。いつもそうなら、俺も困らねぇんだがよ」

「なっ……いつも本音ですわ!」

「感謝は素直にしとくもんだぜ。用事も済んだみてぇだし、俺ぁ行くか」


 アドライアをそっと降ろしてやってから、俺は自室へと向かう。


「ちょ、ちょっとお待ちくださいませ! まだ話は……」

「自分自身でお礼がしたい、ってんならだ。テメェみてぇな乳くせぇガキを抱けるかよ、アドライア。まだまだはえぇわ」

「こ、この……!」


 飛んできた蹴りをかわして今度こそコケさせてから、俺は自室に戻った。


     ***


「はぁ……」


 一人になった今。

 俺は、今の状況を整理していた。


「アドレーアと契約して、ドミニアの遊撃隊隊長。しかも軍人でねぇ俺自身は、男爵……いや子爵ときちまった。まったく、当初のイメージたぁぜんぜん違うぜ」


 シュタルヴィント改を家に、自由気ままに旅をして、ときどき空獣ルフトティーアを狩って日銭を稼ぐのが俺の考えてた生き方だった。

 だが今は、自由なんて言葉とはだいぶかけ離れちまったもんに変わってやがる。


 俺の求める自由気ままって、何なんだろうな?


 つーて、アドレーアっていう絶世の美女で童貞卒業できたのは、今の生き方じゃなけりゃあり得ねぇ話だったワケだが。

 まったく、ワケわかんねぇな。どっちが楽しいかまでは分かってた俺の勘でも、選ばなかった側の結果までは見えねぇってか?


 だが、俺がこの道を選んだのは、楽しそうだからってだけじゃねぇ。

 俺が勘当された時点で、とっくに覚悟は決めてんだよ。俺は、俺が選べる中で一番のものを選ぶって自由を貫き通す、ってな。


 だから、俺は後悔しねぇ。しちゃあ、ならねぇ。

 後悔した瞬間、俺は俺の自由を裏切っちまうからな。


 ……っと。誰か来るな。

 この気配、アドライアでもライラでもねぇ。となると……シルフィアだろうな。


 ちょっと待って、開けさせっか。


「ゼル君」


 インターフォンみてぇな装置から声が聞こえる。やっぱりな。


「何だ?」

「ちょっと、話いいかな」

「あいよ。来い」


 内側からの操作で、シルフィアを入れてやる。

 俺の部屋は、俺とライラ、そしてアドレーア以外は開けられねぇからな。


「そんで、話だぁ?」

「うん」


 俺たちはベッドに腰かけて、話しだす。


 それにしても、シルフィア……寂しそうな気配だな。

 まるで、遠ざかっていく誰かを見るような……。


「やっぱり、ゼル君はすごいや。勘当されたと思ってたら、いつの間にか男爵になってて、しかも次は子爵で……」

「あのな。あれはおっさん……エーレンフリートが勝手に言ったことだっつの」

「陛下直々じきじきってことだよね? すごいなぁ……」

「おい、なんか変だぞシルフィア」


 こんなに沈んでたか?

 さっきまでとは大違いだ。


「立場なんてどうでもいい。俺はずっと、お前の幼馴染だ」

「幼馴染なの? ……恋人じゃ、なくて?」


 押し倒される気配を感じ取った俺は、一瞬迷い――そして、立ち上がった。

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