第27話 話に来ただけじゃねぇのは知ってたが、まさか……な

『もうすぐだよ!』


 レーダーの見えるシルフィアが、合流予測地点まで間もなくなのを告げてくる。

 俺も勘で予想時間を計算してたが、ほぼドンピシャっぽいな。


「そろそろか……おっと、よく見えるぜ」


 桜玖良さくらの手のひらの上に乗せてもらった俺は、普段は見れねぇ眺めを楽しむ。

 手のひらとはいえアドシアの上に乗ってはいるが、それでもこの高度を生身で飛ぶのは新鮮すぎる体験だった。ワガママ放題の騎士学校でもやっちゃいねぇぞ、こんなこと。


 ここにきて、さっき嫌というくれぇ見た真紅の竜が遠目に見える。

 加減してくれてる速度だが、これでもけっこうはえぇから、もうじきだろうな。


 と、赫竜エクスフランメ・ドラッヒェが俺に気づいて止まる。


「シルフィア、止まれ!」

『了解!』


 俺は桜玖良さくらが止まるのを待ってから、手を大きく振って目立つようにする。


「よぉ。さっきぶりだな、赫竜エクスフランメ・ドラッヒェ

「ふむ、お前が英雄の末裔か。生身を見るのは初めてだな」

「気まぐれでな。ところで、お前が近づいてきてんのにビビってる奴らがいてよ。話し合おうってワケだ」


 シルフィアには、桜玖良さくらの武器は背中にしまうよう伝えてるぜ。射撃武器も、格闘武器も、すぐにゃあ使えねぇ。


「話、か。そう時間はかけない」

「だったら今すぐ話せ」

「そうだな」


 一瞬の間をおいてから、赫竜エクスフランメ・ドラッヒェが話を切り出す。


「単刀直入に言おう。私を諸君に同行させてほしい」

『えっ!?』


 シルフィアが驚く。

 そりゃそうだよな。空獣ルフトティーアを同行させるなんて、前代未聞もいいとこだぜ。

 ましてや、人語を喋る空獣ルフトティーアなんてそうそう例がねぇ。これ、ヴェルセア王国で大騒ぎになるぞ……?


「テメェのでけぇ図体じゃ、大パニックが起きそうだな」

「無論、この姿のままではおらぬよ。お前たちの姿に“擬態”する」

「擬態だぁ?」


 俺の……俺とシルフィアの知ってる赫竜エクスフランメ・ドラッヒェの知識にゃ、無かったはずだ。


「少し待っていろ」


 その声に合わせ、赫竜エクスフランメ・ドラッヒェの全身が光に包まれる。

 そして――目の前には、俺より少し小せぇくらいの女が、いた。ウロコと同じ真紅の髪に、真紅の瞳。胸と尻は立派に出てるが、それだけじゃねぇ。普通の人間にゃあぇ、竜ならではのツノが生えてて、翼と尻尾まである。……正直、尻尾はちょっと撫でてぇ。


 とりあえず、「擬態」の意味を察したぜ。


「あー、確かに人の姿に溶け込めてんな。これでもだいぶ目立つけどよ」

「体を縮めただけだ」

「そうかい。それにしても、お前、性別は女だったのかよ」

「その通りだ」

空獣ルフトティーアに性別なんざ無かったはずだがな?」


 目の前に起きてるこたぁ、どれもこれも学会騒然レベルだ。いや、ホント、誇張抜きで。


「それも含めて擬態なのだよ。もっとも、私はなかなかこの姿も好きだぞ。私の子供を産めるし、産んだからな」

「しれっととんでもねぇこと言ったなオイ」


 人間と空獣ルフトティーアのハーフがいんのかよ。

 いやもう、目の前に起きてることがどれもこれも突拍子ねぇ話すぎて、こっちが大パニックだよまったく。


「お前の先祖――建国の英雄、ヴェルリートとの子供だぞ? それはそれは、可愛いものだ」

「そんな話は聞きたくなかったぜチクショウ! まさか俺の超ご先祖様が、浮気だなんて――」

「落ち着け。妻であるグレーセア王妃の許しは得ている。私も表には出ない妻として夜を共にしたことがある。そして、何より――我ら空獣ルフトティーアと、人間の王であるヴェルリートたちとの和平が決裂したときに、親子そろって力となれるように盟約を交わしたのだから」

「話ぶっ飛びすぎだろオイ!」


 つまり、ハーレムってことかよ。んで、こいつはまさかのハーレムの一員だった、と。


 だが、悪かねぇな。何人もの伴侶をはべらすのは、実はけっこう好きだ。

 つーか日本が息苦しかったんだ、何だよ一夫一妻って! 何で恋愛に諦めるって概念があったんだよ! 過ぎたはずの前世に、怒りがこみ上げてくる。


 その鬱憤もあるが、俺は好きになった女とは全員結ばれてぇ。だからハーレムっつーのは最高だ。


 ――決めた。俺は俺なりのハーレムを作り上げてやるぜ。


「目が色欲に輝いているが、今の話を聞いていたか?」

「おう! ハーレムと盟約だろ!」


 ……ん? 盟約?


「ならば良し」

「待て! 盟約って何だ!」

「やはり聞いていなかったのか」

「聞いてたさ! 意味が分かんねぇだけだ!」


 つーか、和平って何なんだよ!


「知らんのか。ついこの間まで、どうして空獣ルフトティーアがある高度よりも下へと降りないのか」

「そういう習性だからじゃねぇのか? 極空の白塔エクスグレン・ルフトゥルムの根本より下には、普通降りねぇって……」


 それがたまたま高度1,000mだと、思ってたんだがな。


「半分は正解だ。だが、半分はいなだ」

「半分だぁ?」

極空の白塔エクスグレン・ルフトゥルムの根本より下。こちらは正解だ。だが、我らが根本より下へと向かわないのは、習性ではない」

「だったら何なんでぇ」


 赫竜エクスフランメ・ドラッヒェが、じっと俺の目を見つめながら話を進める。


「それは、協定だ。和平のな」

「何だと!?」


 俺はシルフィアともども、叫ばずにはいられなかった。


「協定だと!? 空獣ルフトティーアと、俺たち人間が……!?」

「その通りだ。空獣ルフトティーアが無差別に人間を襲わぬよう、共存のすべを我らは見出した。それが協定――『極空の白塔エクスグレン・ルフトゥルムの根本より下の空は、いかなる理由があろうとも害してはならない』だ」


 高度1,000mに、そんな事情があったのかよ……!


「シルフィア。今の会話、録音してたか?」

『えっ? あ、うん。バッチリ』

「後でアドレーアとアドライアに出すぞ。話を聞かれるだろうから、お前も一緒に来い」


 あり得ねぇと叫びたくなる気持ちを、俺は必死に押し殺していた。

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