第18話 何かおかしい……異常だ

「な、何で気づいたの? ゼル君」

「言ったろ。勘だっつの」


 高度を下げて接近してくる、空獣ルフトティーアの群れ。

 あのままブリーフィングルームにいたら、戦艦だけで相手してたぜ。正規軍の招集もまだっぽいから、下手すりゃ作戦以前に大問題が起こってたとこだ。


 あー、あいつらをぶちのめす前に……連絡しとくか。


「こちらヴェルリート・グレーセア、進路上に空獣ルフトティーアの群れを確認。俺とシルフィアの桜玖良さくらで排除を試みるぜ」


 返事は待たず、すぐにブツ切って殲滅せんめつに移る。

 と、その前に。


「そいつが専用銃かよ」

『うん。300mmミリロケットグレネードに、連射・狙撃モード可変バレルの100mmマシンガンだよ』


 やけになげぇ銃の上半分には、どこかバルカン砲を思わせるような2連の銃身が取り付けられてやがった。

 可変バレルっつーからには、回転して切り替わるんだろう。


「射程ギリギリまででいい。俺が切り込むから、支援頼むぜ」

『もちろん! それにしても、学生時代を思い出すね』

「そういや、そうだったな」


 シルフィアとはよくバディになってたが、一番上手くハマったのは、俺が前衛でシルフィアが後衛――火力支援担当だったときだ。

 ただでさえ全戦全勝だった俺が、このバディだとかなり調子よく感じられたんだよな。


 もっとも、それは騎士学校での話だ。俺ぁ一度三首竜サーベロイ・ドラッヒェに敗北してっからな。機体性能のせいにしてもいいが、ありゃあ隙を見せた俺のミスだ。


 さて、思い出に浸るのもここまでだ。

 俺はヴェルリート・グレーセアの推力を最大にして、空獣ルフトティーアの群れに突っ込む。速度がマッハを叩き出せるアドシアじゃあ、距離が詰まるのも一瞬だな。


 俺が斬り込むより先に、空獣ルフトティーアの頭が破裂する。端的に言って“バケモノ”な空獣ルフトティーアといえど、頭を持つ個体は大抵そこが弱点だ。


「いい腕してっぜ、シルフィア!」


 その援護を受けて、俺は迫る空獣ルフトティーアの体を一刀両断する。陽影はるかげ月影つきかげ、それぞれがアドシアと同等以上の長さを誇る刀身じゃあ、軽く振っただけでも真っ二つに断ち切るのはたやすかった。


「数は多いが、所詮低高度の個体じゃあな!」


 ゼロにどんだけ数字を掛けてもゼロなように、今いる空獣ルフトティーアじゃ俺の脅威になりえねぇ。

 双天一真流のほんの初歩の動きだけで、半分以上がチリと化した。


 と、形勢不利と見たか、空獣ルフトティーアどもが逃げる。

 逃げる……何かおかしい。空獣ルフトティーアの行動としちゃ、控えめに言っても異常だ。


『ゼル君、追わないの?』

「ああ。妙だ」


 本能のみで生きるとされていた、空獣ルフトティーア

 そいつらが“撤退”という行動を取ったことなんて、俺の知識の範囲じゃ知らねーぞ?

 下手に追ったら、嫌な予感がする。


「あいつらが射程外に出るまで狙撃を続けろ。少しでも数を減らせ」

『了解!』


 1発ごとに空獣ルフトティーアの血しぶきが上がるのが、遠目に見える。

 それも距離が離れるごとに、頻度が落ちていくが。


『ゼル君、もう射程外に逃げられちゃった』

「上出来だ。帰還するぞ」


 俺はシルフィアに着艦を促してから、自身もドミニアに着艦する。


「しっかしよぉ……」


 今までには有り得ない。だが、今見たのは間違いなく――アレだ。

 俺はアドレーアに話すべく、ヴェルリート・グレーセアから降りた。


     ***


「邪魔するぜ」


 アドレーアとライラ、あとアドライアもいるドミニアの艦長室。

 入るや否や、アドライアから飛び蹴りが来る。


「どういう了見ですの……!? いくらお姉様から自由行動を許されているとはいえ、無断出撃なんて……!」

「相変わらず縞パンかよ。あとな、その報告のために来たんだよ。あ、言っとくが詫びるつもりはねーぞ。つーか、人の命守るのに詫びる必要なんてあっかよ」


 軽くかわしてから、俺はアドライアの蹴り上げた左脚を掴む。

 別にパンツはどうでもいいんだが、しばらく恥ずかしがらせて序列を分からせておこうと思ったんだ。


「話を聞かせてもらいますわね」


 と、アドレーアが「報告のために来た」という言葉に食いついた。

 俺はアドライアの脚を掴んだまま、話し始める。


「妙な気配を感じたんで、アドライアからシルフィア中尉を借り受けて出撃したぜ。レーダー見てみたら、空獣ルフトティーアの群れが来てたってこった。つーか、艦のレーダーの出力はたけぇはずなのに、この調子だと俺が連絡入れるまで気づかなかったろ?」


 俺の疑問を受けて、アドレーアがコクリと頷く。


「まさにおっしゃる通りですわ。高度1,000m未満では、レーダーは1,000m以上の存在を察知しないようになっておりますから」

「何だそのバカげた仕組みは?」


 軍隊のシロウトでもおかしいと思う謎システムだ。


「一般的に、高度1,000m未満には襲ってこない。ご存じですわね、ゼルシオス様?」

「そういうことかよ」


 襲ってこない敵を探知しても意味がねぇ、ってことか。


「理屈は分かったぜ。だがよ、もうそんなもんは通じねぇだろ」

「なぜでしょうか?」

「まずな、俺が男爵なんてもんに据え付けられる三首竜サーベロイ・ドラッヒェの事件。既に空獣ルフトティーアどもが高度1,000m未満にまで降りてきてたのは、知ってるよな? そんだけじゃねぇ。今回の出撃も同様だったんだ」


 高度1,000m未満での戦闘。

 滅多にあり得ねぇとはいっても、無いワケじゃねぇ。つーか、立て続けに二回もだぞ? この世界の常識を疑いたくなってきたぜ。


「高度1,000未満は安全圏――なんて考え方は、もう古くなってきたのかもしれねぇな」


 二回の戦闘で導き出した結論は、これだった。

 俺はダメ押しとばかりに、空獣ルフトティーアの行動を突きつける。


「そして、もう一つある。さっき襲ってきた空獣ルフトティーア。ありゃあ、明らかに偵察、しかも撤退までかましてたぜ。今までに例のねぇ戦術的行動、ってやつだ」


 その言葉を聞いたアドレーアは、しばし黙り込んで。


「……どのような、行動でしょうか」


 信じられないといった様子を隠すように、普段よりも低い声で言ってきた。

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