隣の席の透明人間になれる彼女は、周りに見えないのをいいことに授業中いたずらを仕掛けてくる

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隣の席の透明人間になれる彼女は、周りに見えないのをいいことに授業中いたずらを仕掛けてくる

「内田ぁ~何だ、今日は休みか。欠席と」


 朝のHR。

 隣の席に座る内田うちだ 凛音りんねに欠席1がカウントされる。

 ちゃんと学校には来てるのになぁと、俺は左へ視線を向けた。

 そこでは机に座った凛音が、満面の笑みでこちらに向けてピースしている。


「中野ぉ~」


「あ、はい」


 ぼーっとしていると、俺の名前が呼ばれた。


「中野は出席と。内田はどうした」


「知らないすよ。何で俺に聞くんですか?」


「何でって…彼氏だろ?」


「それ普通にセクハ…」


「はい次、西川」


 おいぃぃぃぃと、俺は心の中で担任教師の今井にツッコんだ。

 そっちから振っておいて「はい次」とは何だ。

 あとこれからの時代、「彼氏いるの?彼女いるの?」はセクハラらしいですよ。怖いもんですね。教育委員会に訴えましょうか。


 冗談はさておき、俺が凛音の彼氏だというのは本当だ。

 そして俺たちカップルは、普通のカップルとちょっと違う。


 まず、凛音は透明人間になれる人間だ。

 ただの透明人間ではない。透明人間になれる人間。

 つまり、自由に透明化したり普通の人間に戻ったりできる。

 どうして透明になれるのかは、凛音にも分からない。


 そして、俺は透明人間が見える人間だ。

 普通の人間は普通に、透明人間は少し像が薄く見える。

 つまり、透明化した凛音を俺だけが見つけられる。

 どうして見えるのかは、俺にも分からない。


 ともかく今日の凛音は透明化モードであり、教室にいながら学校を欠席するという大変あほらしいことをしている。

 何でそんなことをしているかという理由もまた大変あほらしいもので…


「覚悟しててね風太ふうた。たくさんいたずら、しちゃうから」


 凛音が顔を近づけてきて耳元で囁いた。

 そう、今日の俺は授業中ずっと、見えないのをいいことに調子に乗った凛音のいたずらに振り回されなければいけないのである。




 1時間目、現代文。

 定年間近のおばちゃん先生が、走れメロスを朗読している。

 そんな中、凛音が何をしているかというと…


 俺の膝の上に座ってスマホゲームに熱中していた。


“あの、邪魔なんだが”


 そうノートに書いて凛音に見せる。

 先生の朗読を聞きながら、いや聞いてるふりをしながらほとんどの生徒が寝ている静かな教室で、声を出すわけにはいかない。

 ましてや周りから見れば俺は1人。

 何かぶつぶつ喋ろうものなら、完全にやばいやつ認定されてしまう。


“ゲームをするなとは言わないからせめて自分の机に座れ”


 すると凛音は、俺の筆箱からよりにもよって消せないボールペンを取りノートに返事を書いてきた。

 俺は一番後ろの席なので誰かに見られる心配は少ないが、もし見ている人がいたらボールペンが宙に浮いているように映るだろう。


“いいじゃん”


“よくない”


“どうせ授業なんて聞いてないでしょ?”


“そういう問題じゃない。雑念がだな”


“は?”


“お前、わざわざ普段とシャンプー変えただろ”


“うん。それで雑念とかキモ”


“お前…”


「中野くん…?」


 凛音との筆談に夢中になっていると、目の前に先生が立っていた。


「今は朗読を聞く時間で、ノートを取る時間じゃないんですが?何を書いていたんですか?」


「あ、えと…すいません。何でもないです」


 そう言いながら、俺は慌ててノートを閉じた。


「見せなさい」


「本当に何でもないんです。以後気を付けますので」


 もしここでノートを見られたらと思うと、背中を冷たい汗が伝う。

 ちなみに凛音はといえば、必死に笑いをこらえているのがプルプルという体の振動で分かった。


「気を付けてくださいね」


 そう言うと、先生は黒板の方へ戻っていく。

 何とかノートの内容を見られることは避けられた。


 ――まだ1時間目かよ…。


 俺はすでに、8時間授業を受けたくらいの疲労を感じていた。

 とうの凛音は、俺の膝の上でのんきにゲームを再開している。


「覚えてろよ」


 俺がそおっと耳元で囁くと、凛音は振り返っていたずらっぽく笑った。

 このいたずらっぽい笑みが、凛音の表情の中でもトップクラスかわいい。


「そんなこと言っちゃっていいのかなぁ~」


 表情を変えず、耳元で煽り返してくる凛音。

 前言撤回。トップクラスにむかつく。いや、やっぱりかわいい。




 2、3時間目を何とか乗り切り、迎えた4時間目。

 教科は体育、種目は持久走だ。

 運動はさほど苦手じゃないものの、体力がない俺にとっては最も憂鬱な競技の1つだ。

 ましてや、走っている途中にどんないたずらが待っているのか分からない。

 例によって、体操服に着替えた凛音が俺の背後に立っている。


「お前、ホント俺のこと好きだな」


「そうだよ。大好き」


 からかい返してみたつもりが、飛び切りの笑顔で肯定されてしまう。

 なぜか俺の方が恥ずかしくなり赤面してしまった。

 少しは凛音も恥じらえっての。


「よ~い」


 体育教師がストップウォッチを持った手を掲げた。


「スタート!!」


 一斉に男子の一団が駆けだす。

 そこへ女子から「頑張れ~」という声援が飛んだ。


「が~んばれっ」


 一緒に走りながら凛音が応援してくれる。

 ちなみに凛音は俺より運動が得意で、特に持久走が得意。

 男子に混じって走っていても、全く息が上がっていない。


「はぁ…お前…何で…はぁ…わざわざ走ってんの…」


 先頭集団がはるか前方へ走っていき、周りに人がいなくなったところで凛音に聞いてみる。

 すると、相変わらずすました顔の凛音がウィンクした。


「決まってんじゃん。風太を応援するため」


「よく…疲れないな…」


「こんくらい余裕っしょ」


「くそ…」


「ほら、喋ってると余計疲れるよ。頑張れ頑張れ」


 凛音に背中を叩かれ尻を叩かれ、まるで競走馬のように俺は加速する。

 …が、やはり限界があるようですぐにペースが落ちた。


「もう、しょうがないなぁ」


 凛音はため息をつくと、俺の右手を取った。


「…何のつもりだ?」


「物語最終盤のメロスのつもりでついてきなさい」


 そう言うなり、凛音はどこにそんな体力があるんだという加速を見せた。

 引きずられるようにして俺の速度も上がる。


「待て!!死ぬ!!」


「頑張れ!!根性!!」


「無理だって!!」


「走り切ったらハグさせてあげる!!」


「…頑張ります!!」


 結局、人間は動物なのである。

 目の前に美味しそうなエサをぶら下げられれば、必然的にやる気が出る。

 しかし、やる気があるからといって限界を超えられるわけではないらしい。


「やっぱ無理かもぉぉぉ!!」


 さんざんに足をもつれさせながら、俺は凛音に引きづられていった。




 結果、転んだ。

 足をすりむいて血が出た。

 さらには酸欠で頭が痛くなった。


「はい、処置はオーケーだよ。頭が痛いなら、ベッドで休んでいきな」


「すいません。ありがとうございます」


 保健室の先生にけがを診てもらい、消毒と絆創膏をもらった。

 そしてベッドに腰掛け、仕切りのカーテンを閉めた。


「先生、職員室で弁当食べてくるね。すぐ戻ってくるから」


「分かりました」


 俺は汗をかいた体操服を脱ぎ、汗拭きシートで体を拭いて部活の練習着に着替える。

 さっぱりしてベッドに横たわると、カーテンが開いて凛音が入ってきた。

 ずいぶんとシュンとした顔をして、胸の前で手を合わせうにょうにょ動かしている。


「…んだよ」


「ごめん。やり過ぎた。調子乗った」


「いいよ。大した怪我じゃないし。これで5時間目がさぼれるならラッキーだし」


「お弁当、持ってこようか?」


「お前が持ってきたら怪現象だって騒ぎになるだろうが。それに今は食える気がしない…」


「うぅ…。何かお詫びを…」


 ここまで凛音が落ち込むとは珍しい。

 普段はどんないたずらをしてもあのいたずらっぽい笑顔を浮かべているというのに。


「じゃあさ」


 ここまでからかわれた仕返しに、俺は勝負を仕掛けてみることにした。


「ハグしようぜ」


「ひぇっ?」


「走り切ったらハグって言ってただろ?それは出来なかったけど、お詫びがハグってことで」


「えっと…ここで?」


「今誰もいないだろ?」


「あ~でもさ、やっぱりハグは走り切ったご褒美じゃないかなぁ~?」


 不意打ちに顔を赤くしてきょどる凛音。

 ここがチャンスと見た俺は、攻撃の手を緩めずたたみかける。


「ってことは、ハグ以外ならいいのか?」


「う、うん」


「じゃあ、はい」


 俺は掛け布団を持ち上げ、自分の横にスペースを作った。


「…は?」


「ほれほれ。来なさい」


「マジで言ってる?」


「どうせ誰も見てないって。というか見えないって」


「うぅ…昼休みの間だけだかんね」


 思ったより長いな。

 俺的には5分添い寝してくれたら万々歳だと思っていたけど。


「っていうか、これハグも含んでない?」


 横たわった凛音が口をとんがらせる。

 ちなみに不満げな表情は、いたずら笑顔の次にかわいい。

 それも至近距離で。添い寝を頼んでおきながら俺は目を逸らしてしまった。

 そんな隙を、ここまでいいようにされてきた凛音が見逃すはずがない。


「おっとぉ~?照れちゃったんですかぁ~?」


「…」


「ほらほら、彼女と保健室のベッドで2人きりです。何もしないんですか?」


「…」


「ハグだってし放題なんだよぉ~?」


 凛音が隙を見逃すはずがない。はずがないのだが…


「お前さ」


「ん?」


「顔真っ赤だぞ」


「…っ!!」


 もちろん俺の顔も赤らんでいるだろうが、凛音のそれは熱でもあるんじゃないかというレベルだ。


「風太だって赤いしっ!!」


 むきになった凛音が大きな声を出した瞬間。


「中野くん弁当は?って今、女の子の声がしなかった?」


 最悪のタイミングで保健室の先生が入ってきた。

 カーテンがシャッと開けられる。


「誰かいるの?」


「あ、いえ、いないですよ」


 しらを切ると同時に、不自然なスペースを隠すためかけ布団をガバっと抱き込む。

 すると当然ながら、凛音をガバっといくことになるわけで。


「…んっ!!」


 急に熱烈なハグをかまされた凛音が変な声を出した。


「やっぱり誰か…。いや、誰もいないわね」


 保健室の先生は不思議そうに周りを見回し、首を傾げた。

 俺は何としてもバレまいと、凛音をぎゅうぎゅう抱きかかえる。


「…」


 視線を向けてみると、凛音はこれ以上ないくらい赤面して押し黙っていた。


「中野くん、お弁当は?」


「今はいいです」


「そう。5時間目も寝とく?」


「はい」


「分かった。お大事にね」


 先生が再び出ていく。

 ドアの閉まる音を確認してから、凛音が一気にまくし立てた。


「どういうつもり!?死にそうだったんだけど!?」


「わ、悪かったって。てか凛音真っ赤」


「風太も一緒だぁぁ」


 凛音がベッドの中で暴れ出す。


「おまっ、危ないって」


 どたばたと動き回った末、2人ともベッドから落っこちた。

 俺が上、凛音が下になり、偶然ながら床ドン体勢になる。


「「…っ!!」」


 目が合って黙り込む2人。

 何だかもう、あそこまでハグした上にここで進まなければ男じゃない気がした。


「何よ」


 俺の雰囲気が変わったことを察知したのか、凛音が不審な表情をした。


「ちょっと早くそこどいて。ベッドに戻…!?」


 すっと頭を下げ、軽く凛音にキスする。

 保健室で彼女にキスとかいう行為に謎の罪悪感を感じながら、それでも凛音が目を閉じて受け入れてくれたことに安堵した。


 凛音は顔を動かせない。

 このキスの時間を決められるのは俺だ。

 もう少ししていたいような、あまり長いとダサいような。

 ファーストキスという特別感が、俺の頭を混乱させる。


「ふぅ」


 結局、10秒を数えて顔を離した。


「…やるじゃん」


 凛音がぼそりと呟く。


「あそこでキスは点数高い。珍しく風太にしてやられた」


「あのさ」


「ん?」


「透明化、解除されてる」


 キスの途中から、凛音がやけにはっきり見えるなと思っていた。

 今の彼女は他の人間と変わらない。


「ホントだ。風太がいきなりキスとかするからだからね」


「それは悪かった」


「全く本当に…!?」


 俺はもうビンタされる覚悟で、凛音にもう一度キスした。

 今度は時間なんか数えない。

 したいだけ。したいだけ。


「ぷはっ」


 唇を離すと、凛音はもう何がなんだか分からないという顔をしている。


「ごめん。ファーストとか考えてたら集中できなかったから」


「私は2回とも不意打ちで集中できてないんですが?」


「ごめんって…っ!!」


 今度は凛音が俺の頭に手をまわし、3度目のキスをしてきた。


「ふはっ」


 短めのキスの後、顔を離した凛音が笑う。


「これ、クセになるかも。私、透明人間で登校する頻度増やそうかな」


「勘弁してくれ」


「ふふ」


「ふっ」


 俺たちは体を起こし、ベッドに戻る。

 それから5時間目まで、あれこれ喋りながらいちゃいちゃし続けていた。




 そして翌日。


「おはよ。風太」


「ああ。おはよ…っ」


 またしても透明人間で登校した凛音は、朝一番に軽くキスしてきた。

 1時間目も。2時間目も。持久走の途中にも。


 隣の席の透明人間になれる彼女は、周りに見えないのをいいことに授業中キスをしてくる。

 どうやらこの日常、卒業まで続くようだ。

 でも欠席日数は進学とか就職に関わるんだから、普通の人間としても登校してくださいね?

 そう言ってみると。


「へっ?私は風太のお嫁さんに永久就職だから大丈夫だよ?」


 あっ、そうですか。

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