君のためなら

ハンくん

君のためなら

「さっむ!」


 塾の外へ出た途端、肌を刺すような冷気が僕の身体を包む。


「どうしようかなぁ……」


 先ほど返された模試の結果を見ながら呟く。受験本番1ヶ月前に迫った今、志望校判定がDに近いCというかなり危ない状況下にある。やはり志望校を変えるしかないのだろうか。そんな僕の焦りから出た独り言は真冬の暗い虚空へと消えていった。


 人影のない、森の近くの道路を悩みながら歩いていると、前に二つの小さな影が見えた。それは、きつねとたぬきだった。2匹の間に昆虫が落ちており、どうやら餌を巡って喧嘩をしているようだ。お互い興奮しているのか、僕の存在に全然気づいていない。


「こいつらも生きるために頑張ってるんだよな……」


 受験で勝ち抜くために必死に勉強を頑張っている僕の境遇と似た2匹を見て何かしてあげたい、そう思った。だけど2匹が食べれるものがあるだろうか。


 鞄の中を漁っていると、運の良いことにドングリの入った小さな袋が出てきた。確か妹が、


「これにぃににあげる!」


 と言って誕生日にくれた物で、取っておくと虫が湧くから何処かで捨て……自然に返そうと思ってたやつだ。


「ほら、お食べ」


 僕がこの場にいるのは邪魔だなと思い、2匹の前に何粒かドングリを置いて立ち去った。


           *


「ん〜! 疲れた……」


 時計を見ると時刻は23時半を回っていた。一旦休憩を入れようと台所へ向かう。すると、そこには母がいた。


「あらたき、休憩?」


「うん。キリがいいからね」


「お疲れ様。そうそう、お腹は空いてる?」


「少しだけ空いてるかな」


「ならおにぎりでも……って思ったけど流石に飽きたわよね。じゃあちょっと座って待ってて頂戴」


 僕は言われた通りダイニングに向かい座る。そして机の上に置いておいたスマホを手に取る。電源を入れると何件か通知が来ていた。メッセージアプリを開くとある人からメッセージがきていたので、トーク画面を開く。


 りん:今勉強中かな? 私は模試が返ってきてA評価だったよ! 瀧くんはどうだった? お互い同じ高校いけるように頑張ろうね!


 ある女子からのメッセージだった。他の人から見たらこれは彼女からのメッセージだと勘違いする人もいるだろう。でも違う。"同じ高校に行く"これが僕と彼女が交わした約束だった。


          *


 これは遡ること2年程前の話。僕は当時の担任から学級委員を任された。その時一緒に学級委員をやる事になった女子が、真継まつぐりんさんだった。


 話の波長が合うし、家族構成や家が近いことも判明し、僕と彼女はすぐに仲良くなった。そして一年間、一緒に学校生活を送るうちに次第に彼女に惹かれていった。真継さんは誰にでも優しいし、勉強も運動も何でも出来る、それだけでなく、容姿も美しい。くっきり二重にスラリと高い鼻筋、そして背中半分くらいまで伸びているサラサラとした黒髪、皆の理想を具現化したような女子だ。だから惹かれたのは僕だけではなかった。彼氏がいると噂を聞いたが、真相は分からず、時間だけが過ぎていく。


 そして、中学三年生になって間もない頃、僕は真継さんに告白することを決意した。

成功するかどうかは分からないが、もうすぐ受験生、本格的に勉強が始まる前に勝負をしておきたかったから。


 放課後。僕は彼女を屋上に呼び出す。僕が屋上に着いた後すぐに彼女はやって来た。


「話って……何かな?」


「急に呼び出してごめん。真継さんに伝えたいことがあって……」


 緊張から声も少し上擦り、鼓動が速くなっているのが自分で分かる。


「ま、真継さんの事がずっと好きでした! 僕と付き合ってくれませんか?」


 遂に言ってしまった……告白された真継さんは一瞬驚きと嬉しさと不安が入り混じったような表情を浮かべた。もしかしたらイケるかもと期待していたが、彼女から放たれた言葉は、


「ごめん……」


 それだけだった。その瞬間、目の前が真っ暗になる感覚に陥った。


「そう……だよな……」


 倒れそうになったがなんとか踏ん張る。そしてその場を去ろうとしたのだが、彼女の言葉はまだ終わっていなかった。


「━━━でも、私も赤井あかいくんのことが好き。でも今は付き合えない。ごめんね……」


「因みに、何でか聞いてもいいかな?」


「うん。実は私、将来のために丸水高校にいきたいの」


 彼女の口から出て来たのは、俺が中学入学当初、行きたいと思っていたが成績的に諦めた高校だった。


「だから勉強に集中したい。だから今は付き合えない」


「そこ、俺も行きたかった所だ……」


「え!? 本当に!? そう言えば私達高校とか将来の話とかはしてなかったね」


 彼女はニンマリと笑顔を浮かべる。そして驚く提案をしてきた。


「ならさ、一緒に同じとこ受験しない!?」


「え!? でも僕なんかが行けるとは思えないし……」


「大丈夫だよ! 赤井くんなら出来る! ずっと隣で見てきた私が保証する!」


「ありがとう真継さん。 真継さんと一緒に行けるように頑張る!」


「やったぁ! それよりさ、私たち……そろそろ名前で呼び合わない?」


「確かに。逆に何で今まで名前呼びじゃなかったんだろうね」


「だね。 じゃあ、一緒に受かって一緒に高校生活を送ろ! 頑張ろうね、!」


「うん。頑張ろうな、凛


 こうして俺たちは同じ高校を目指すことになったのだ。


           *


「できたわよー」


 ボーッと昔のことを回想してた僕の元にそう言って母が持ってきたのは、


「赤いきつねと緑のたぬき?」


「そうよ。今夜は寒いしね。瀧はどっち食べたい?」


「どっちも食べたいな。というか夜遅くにこんな食うの?」


「たまにはいいじゃない! じゃあ半分個ずつにしようか! ほら、あったかいうちに食べな」


「うん」


「「いただきます」」


 まずはスープを一口飲む。醤油ベースで魚介だろうか、良い出汁が出ていて、冷え切った身体と憔悴した心の奥深くまで染み渡る。

続いて麺を啜る。細い麺にスープがよく絡み、とても美味しい。


「ね? 美味しいでしょう?」


「美味しいのは勿論知ってたけど、今日は特に美味しく感じる」


「疲れてるからかね。あんまり張り詰めすぎないようにしなさいよ」


「うん」


 その後は特に会話もせず、黙々と食べ続ける。多分、母は今日模試の結果が返ってきた事を知っているが、あえて触れないでくれてるのだろう。些細な配慮がスープと共に心に染みる。そして、揚げを持った時に今日のある事を思い出した。


「そういえばさ、さっききつねとたぬきが食べ物を巡って喧嘩してた」


「あら。偶然ねぇ。赤いきつねと緑のたぬきかしらね?」


「そんな訳ないだろ」


 母と2人でクスリと笑い合う。今夜はいつもより少し温かい気がした。



 その夜、夢をみた。

 僕は、少しばかり日が差し込んでいる森の奥深くに立っているらしい。近くには小さい湖があり、太陽の光が反射している。ポカポカとして気持ちがいい。少しばかりこの心地良さに身体を委ねていると、ドングリをあげたきつねとたぬきにそっくりな動物が二足歩行でこっちへやってきた。そして僕の前に立ち、一言言い放った。


「「努力は必ず実る。最後まで諦めずに頑張りなさい」」


 努力は必ず実る……

 この言葉に僕の心は打たれた。


「後もう少し……頑張らないと!」


 そこで俺は夢から覚醒した。


           *


 あの晩、夢を見た後から僕の成績は少しずつではあるが上がり出した。


 そしてすぐに受験当日を迎えた。


「緊張……するね」


 隣には制服に身を包んだガチガチの凛が僕に話しかけてきた。


「そうだね」


 僕は当たり障りのない返事をする。正直な所、凛は余裕で受かるくらいの実力はあると思うが、それに比べて僕はギリギリの実力だと思う。だが、不安がっている凛を僕のせいで更に不安がらせる訳にはいかない。


「あ、そうだ!」


 急に凛が声をあげて鞄を漁り、僕にあるものを渡してきた。それは、小さなたぬきのキャラクターストラップだった。


「お正月に友達と一緒に買いに行ったんだけど渡す時間が全然なくて……合格祈願ってことで! 私もお揃いできつねのストラップ買ったんだ!」


 凛はきつねのストラップを俺の方に向けて、笑顔を浮かべてくる。


「絶対一緒に受かろうね!」


「勿論だ」


 笑顔で僕たちは拳と拳を合わせる。絶対にこの笑顔を守りたい、そう思った。


           *


 ついに迎えた合格発表の日、僕と凛はガチガチに緊張しながら、合格発表の掲示板が出てくるを待っていた。


「いよいよ……だな」


「いよいよ……だね」


「凛は何番だっけ?」


「私は1026番だよ! 瀧くんは?」


「僕は2473番だな」


「番号まぁまぁ離れてるね……あ! きたよ!」


 横を向くと、大きな掲示板を高校の先生らしき人が転がしてこちらに向かってきて、僕と凛の前で止まる。そして、自分の番号を探し始める。すると……


「あれ? 凛って1026番だよな?」


「う、うん」


「番号、あったぞ」


「本当だ! やったぁ!」


「良かったな!」


「瀧くんは……自分の番号、見つけた?」


「いや、まだ……」


「実はね━━━瀧くんの番号、見つけたよぉ!」


「え?」


 凛が指差した所を見ると、そこには2473番があった。


「よっしゃぁぁぁ!」


 僕は周りの目も気にせず、大きな声を出し、凛と抱き合う。


 僕と凛の二人で泣き合い、落ち着いた所で、僕はあの日の約束を達成するため、凛を見つめる。


「凛」


「は、はい」


「それじゃあ改めて━━━凛の事が……好きでした。僕と……付き合ってくれませんか」


「わ、私も! 瀧くんの事ずっと好きでした! こんな私でよければよろしくお願いします!」


 こうして、俺と彼女は遂に付き合うことになった。そして、二人で帰路へつく。


「そういえばさ、ちょっと前に久しぶりに赤いきつねと緑のたぬき食べたんだけど、マジで美味しかったから一緒に食べない?」


「食べたい!」


「じゃあ……さ、ウチ……来ない?」


 凛は一瞬驚いたが、すぐに満面の笑みを浮かべ、


「行く行く!」


 と言ってくれた。僕たちの青春はこれから始まる。


 僕らの後ろで仲良くドングリを食べているきつねとたぬきがいたことに瀧は気づかなかった。

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君のためなら ハンくん @Hankun_Ikirido

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