第13話:伝説の巨大甲虫

 タクミが取り出した小サイズのプラケースにいたのは全長10センチを越えるカブトムシ──ヘラクレスオオカブトであった。漆黒に輝く前翅。ギリシャ神話の英雄ヘラクレスの名を冠するにふさわしい強靭な体躯。そして緩やかな曲線を帯びた胸角きょうかく(胸から伸びている角) の先には黄金色の微毛が生えている。


「うわあ……ヘラクレスオオカブトだ……!」


「お、桑形さんヘラクレス知ってるんだ」


「うん、子供のときに図鑑で見たことがあるよ。確か世界で一番大きなカブトムシなんだよね?」


「その通り。生息してるのは主に中南米だな」


「さすが世界最大のカブト……!」


 ハルとレイは目を輝かせながらヘラクレスを見つめている。するとハルはあることに気付いた。


「あれ?この子の翅、黄色くなってない?」


「ホントだ。さっきは真っ黒だったのにどうして?」


 さっきまで黒かったヘラクレスの翅が少し黄色く色づいていたのだ。


「ああ~これね。ケースの蓋が開いて湿度が下がったから変わったんだよ。ヘラクレスの前翅って湿度によって色が変わるようになってるんだよ。湿度があると黒く、乾燥すると黄色くなるって具合にな。ああ、あと空腹度合いでも色が変わるな」


「確か保護色の役割もあるんだよね」


「お、ナツキよく知ってるな」


一説には雨によって濡れた樹皮に溶け込むため黒くなり、反対に晴れた日には乾いた樹皮に溶け込むために黄色くなると言われている。


「そういえばこれってヘラヘラ?」


ナツキはケースの中にいるヘラクレスをじっと眺めた。


「そ、ヘラヘラ」


「川西君ヘラヘラって?」


「ヘラクレス・ヘラクレスの略だな。一口にヘラクレスオオカブトと言ってもいろんな種類がいるんだ。目の前にいるのがヘラクレスの中で最大サイズになるヘラクレス・ヘラクレスっていう種類なんだよ。この他にもリッキーやエクアトリアヌス、レイディーといった種類があって、どれも大きさや色合いとかが違うんだ」


ヘラクレスオオカブトは南米や中米にかけて広く分布している。これほどまでに生息域が広ければ国や地域によって姿や色が違ってくる。生物学では亜種あしゅと言うが、ここでは詳しいことは省くことにしよう。


「小学校の頃は男子憧れの虫だったな~ ちょうどムシチャンプブームの時だったからみんなヘラクレスの名前言ってたの懐かしいわ」


ムシチャンプとはナツキ達が小学1年生の頃に一大ブームとなったアーケードゲームだ。バーコードが付いたカードを筐体のリーダーにスキャンすることでカードのクワガタやカブトが画面の中で戦ってくれるというものでジャンケンバトルというシンプルながらも奥深いシステムも相まって爆発的に人気になり、日本各地で公式大会が行われる程にもなった。


「ね、ヘラクレスってどうやって飼うの?」


ハルは興味津々な面持ちで質問をする。


「そんなに難しい種類じゃないけど温度はほんの少し気を付けた方がいいな。ヘラクレスって標高が高い所にいるから暑いのが苦手なんだ。ま、25~6℃を保てればいいから普通にエアコンが効いてる部屋に置いておけば大丈夫だ」


「私もいつかチャレンジしてみたいな~」


「いつでもウェルカムだぜ。俺でよければ何でも聞いていいぞ」


その後もナツキ達はタクミの部屋でクワカブの話に花を咲かしていた。マニアックな話題も飛び交っているにも関わらずハルはとても楽しそうに会話に参加している。


「あ、ヤバ。もうこんな時間か」


レイは左手首につけている腕時計を確認する。時計の針は午後5時半を指しており、気づけば窓からオレンジ色の光が差し込んでいた。


「私達もそろそろ帰らなくっちゃね。川西君今日はありがとう!」


「いいってことよ。またいつでも来なよ」


「能勢さん一緒に帰ろ!」


「うん。あ……そう言えばゼリーもうすぐ無くなるんだった。桑方さん悪いけど先帰ってて。私、タクミの店でゼリー買ってくからさ」


「うん!じゃあ明日また学校でね~」


「ナツキもタクミ君もじゃあね~」


レイとハルは挨拶を交わすと部屋をあとにした。残ったのはタクミとナツキのベテラン二人組だ。


「なあ、ナツキ」


「ん?」


タクミは落ち着いた声音でナツキに話しかける。


「良かったな。また一人クワカブ友達が増えて」


「……うん」


「俺、嬉しいんだ。お前があんなに楽しそうにしてるとこ見れてさ」


「何よ、急に」


タクミから視線を外すナツキ。その顔は少しだけ赤くなっていた。


「さーってそろそろ店に行くか。もう少しで閉店だからな」


「そうだった。今日はありがとう、タクミ」


ナツキとタクミは部屋を出て店へと向かう。外はすでに太陽が沈み薄暗くなっていた。


『確かに今日は色々話せて楽しかったな』


いつしかナツキの顔には笑みがこぼれていた。今日は彼女にとってとても印象に残る一日となったであろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スタッグガールズ 管理人 @Omothymus_schioedtei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ