スタッグガールズ

管理人

ピッカピカのクワカブ1年生

第1話 (ある意味)運命の出会い

 5月上旬。心地よい新緑の風が、ブレザー姿で歩いている一人の女子高生─能勢のせナツキの黒い髪をなびかせる。


「また暖かくなってきたな」


 そんなことを呟きながら、彼女は自分が通う高校──木黒きくろ高校へと向かう。

 8時15分。学校に着いたナツキが教室に入ると、ある違和感を感じた。


──なんかやけに盛り上がってるな…


 ナツキのクラス──2-3が賑やかなのはいつものことである。しかし、今日に限ってはいつもとは違う。明らかに盛り上がりのレベルが違うのだ。


 席に座るとすぐに隣の席の女子がやって来た。


「能勢さんおはよー」


「おはよう、斉藤さん。ねえ、今日なんだか騒がしいんだけど…」


「あれ?もしかして知らない?今日このクラスに転校生がくるんだよ」


「転校生?」


「そうそう。だからみんな盛り上がってるんだよ~」


「なるほど…」


 確かに高校で転校してくるのは結構珍しいことだ。クラス全員が盛り上がるのも頷ける。そしてよく見るとナツキの後ろの席に新しい席が用意されていた。


──私の後ろに座るんだな。


 しかし、実のところナツキは転校生のことについてあまり興味を持っていない。なぜ今朝はこんなにも教室が盛り上がっていたのかが分かれば、それで十分なのである。なのでナツキはこれ以上、転校生のことについては聞かなかった。


 しばらくすると教室内にチャイムが鳴り響き、朝のHRの時間になった。その数十秒後、教室の前側ドアをガラリと開けて担任の先生が入ってきた。そしてその後ろには見慣れない女子生徒もいた。


 ──あの子が例の転校生か……


「みんなおはよう! 今日からこのクラスに新しい仲間が入ります!では桑方くわがたさん、自己紹介を」


「はいっ!三重県からやって来ました桑方ハルといいます!このクラスで皆さんと色んな思い出いっぱい作っていきたいと思います!よろしくお願いします!!」


 教室中に彼女の元気な声が響き渡り、そして拍手が鳴り響いた。クラスのみんなは笑顔で彼女を迎え入れた。


「では、桑方さんはあそこの能勢さんの後ろにある席に座ってください」


「はい!わかりました!!」


 そう言うとハルは鞄を持って席に向かい着席した。


「能勢さん、これからよろしくね!」


「こちらこそよろしく、桑方さん。何か分からないことがあったらいつでも聞いて」


「わあ~ ありがとう!」


 ハルは嬉しそうに返事をすると早速1時間目の授業の準備をする。彼女は机の上に国語の教科書とノートを出した。


「桑方さん。1時間目は数学だよ」


「あれ?そうだった?えへへ…」


 *


 放課後、帰りの支度をしているナツキにハルが話しかけてきた。


「能勢さん!今日はいろいろありがとうね!!」


「ううん。別に大丈夫だよ。また何か困ったことがあったら言ってね。それじゃあ、帰り道気をつけてね。」


「うん、ありがとう!じゃあまた明日ね!!」


 ハルはナツキに笑顔で手を振りながら教室を出ていった。しばらくして帰り支度を終えたナツキも教室を出て家路についた。

 校門前のT字路を渡り、いつもの通学路を歩く。家まであと半分の距離に差しかかったころ、ナツキはあることを思い出した。


 ──あ、そうだった。ゼリー買っていかなくっちゃ。


 ナツキが言ったゼリーとは人間が食べるためのゼリーではない。このゼリーとは人間用ではなく動物用──それもクワガタムシやカブトムシのエサ──のゼリーである。


 ナツキは今まで歩いてきた道を戻っていった。そして校門前のT字路を左に曲がり、道なりに進んでいくと一軒の店が見えてきた。


 高校から徒歩7分くらいの場所にあり、広さは普通のコンビニより少し狭い感じの店だ。そして店の看板には「川西かわにしクワガタセンター」と書いてある。


 川西クワガタセンターはナツキが住む町──木黒きくろ町唯一の昆虫ショップである。日本国内はもちろん、中国、インドネシア、マレーシア、タイ、ブラジル、ペルーなどの外国から輸入されたクワガタやカブト、そして飼育に必要な用品を中心に販売している。

 他のショップには滅多に入ってこない珍しいクワガタやカブトも入荷してくるので、マニアの間では有名なショップの一つとして知られている。


 ナツキが店のドアを開けるとまず目に入ったのが昨日入荷してきた新着生体が並べられているコーナーだ。インドネシアや中国など、主にアジアから輸入された虫が並べられている。このコーナーを眺めていると、ここの店主である川西 勝かわにし まさるが声をかけてきた。


「お、ナツキちゃん!いらっしゃい!!今日は何の御用?」


「おじさん、こんにちは。いつものゼリーってまだある?」


「Dゼリーの16グラム100個入りね。もちろんあるよ!いつものゼリーコーナーにあるから」


「ありがとう、おじさん」


 挨拶が済むとナツキは店を入って右側の奥にあるゼリーコーナーへと向かった。1メートル程の高さのメタルラックには様々な会社から発売している昆虫ゼリーが売られている。


 目的のゼリーを手に取ったナツキはふと、隣のコーナーへと目を移した。主に東南アジアに生息しているクワガタやカブトが売られているコーナーである。

 そのコーナーの前に、見たことがある少女が立っていた。今日初めて教室で会い、さっきまで一緒にいた姿──そう、桑方ハルがそこにいたのだ。

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