ジャック・オー・ランタン

九戸政景

ジャック・オー・ランタン

 青白い月が空に浮かびながらぼんやりと光を放つある夜の事。まげを結った紺色の着流し姿の人物が提灯を片手に持ちながらゆっくりと夜道を歩いていた。


「……ふぅ、今日も一日疲れたな。けど、親分と出会えて仕事を貰えるから、私はこうして一人でも暮らしてけるんだ。それにはしっかりと感謝しないとだな」


 微笑みながら独り言ち、着流しの人物がそのままゆっくりと歩いていくと、道の真ん中に何やら薄ぼんやりと光る何かがあるのが見えた。


「おや……あれは何だ? 提灯の灯……にしては形が細いし、よく見ればあれの横に何か丸い物が見えるな。まあ、この道を通らずに帰ると遠回りになるし、あれを放っておくのもよくはない。よし、とりあえず調べにいくか」


 発光物に対して強い興味を抱くと、着流し姿の人物はゆっくりとそれに近づく。すると、近づくにつれてその形などがはっきりとし始め、蕪をくりぬいて作られたランタンを持ち、南瓜かぼちゃを頭に被った小さく光を放つ学ランを身につけた人物が目に入ると、着流し姿の人物は不思議そうに首を傾げた。


「……何なんだ、これは……? 頭……と思われるところにあるのは南瓜だろうが、着ている服はまったくわからないな……よし、とりあえず起こしてみるか。このまま寝ていては風邪をひくからな」


 独り言ちながら頷くと、着流し姿の人物は提灯を近くに置いてから南瓜頭の人物の体をゆっくりと揺さぶる。


「おい、起きるんだ。ここで寝ていると、風邪をひくぞ」

「……う、ううん……?」


 南瓜頭の人物は小さく声をあげると、ゆっくりと体を起こし、不思議そうに周囲を見回した。


「……ここ、は……?」

「ここは江戸だ。私の名前は神無かんな、君の名前は?」

「僕は……あれ?」

「ん……どうした?」

「僕の名前って……何だっけ? 僕がジャック・オー・ランタンなのはわかるんだけど……」

「ジャック・オー・ランタン……? 聞いた事が無い名前だが、それはいったい何なんだ?」

「えっと……簡単に言えば、鬼火的な物です」

「鬼火……という事は、君は妖の一種なのか?」


 神無からの問いかけにジャック・オー・ランタンは少し迷いながら首を縦に振る。


「……たぶんそうだと。と言っても、記憶が無いので何とも言えませんけど」

「記憶が無い……?」

「はい。自分がジャック・オー・ランタンである事とジャック・オー・ランタンについての知識、そして何かをやらないといけないという事しかわからなくて……」

「なるほどな……それで、行く宛はあるのか?」

「無いですね。何をやらないといけないかすらわからないので、どこに行ったら良いかもわかりませんし」

「そうだよな……」


 ジャック・オー・ランタンの言葉を聞き、神無は心配そうな表情を浮かべる。そして、程なくして何かを思いついた様子で頷くと、ジャック・オー・ランタンに声をかけた。


「なあ、良かったらしばらくウチに住まないか?」

「え……良いんですか? こんな得体の知れない奴を住まわせるなんて……」

「ああ。私は一人暮らしだから君を住まわせようとしたところで誰かに気兼ねをする必要がない。それに、このまま君を放っておくのも良い気はしないからな。ただ、君には私の仕事の手伝いをしてもらう事になるが、それでも良いか?」

「……ええ、良いですよ。ただで住まわせてもらえるとは思ってませんし、それくらいはして当然ですから」

「決まりだな。それじゃあ、せっかくだから君の名前も決めておこうか。いちいちジャック・オー・ランタンと呼ぶのも少し面倒だし、君も何か名前があった方がやりやすいだろう?」

「そうですね。でも、どんな名前にしましょうか」

「そうだな……」


 神無は顎に手を当てながらしばらく考えた後、良い案を思いついた様子でポンと両手を打ち鳴らした。


「そうだ。灯士とうじというのはどうだろうか? 声の感じからするに君は男性で、私と同じように灯りを持っているようだし、その二つを合わせてみたのだが……」

「…………」

「……やはり、嫌かな?」

「……あ、いえ……嫌というわけじゃなく、その名前になんだか懐かしさを感じただけで、僕もその名前で良いと思います」

「そうか、良かった。それでは、これからしばらくの間よろしく頼むよ、灯士」

「はい、神無さん」


 神無と灯士が握手を交わしていると、灯士は不意に首を傾げた。


「ん……どうかしたかな?」

「いえ……神無さん、手が柔らかくて少し小さい方なんだなぁと」

「……ああ、なるほど。まあ、他の同性に比べたらそうかもしれないね。ところで、灯士のその頭の南瓜は取る事が出来るのかな?」

「いえ、南瓜自体が僕の頭なので出来ないですね。けど、結構視野は広いですし、暗い中でもハッキリと見えるので問題ないですよ」

「そうか。だが、そうなると銭湯に行きたい時には少し困りそうだな……」

「まあ、その時には濡れた布巾で身体を拭くので大丈夫ですよ」

「……致し方無いだろうな。実際、私もそうしているからね。あの銭湯という奴はどうにも好かないんだ」

「そうなんですね」

「ああ。さて、それではそろそろ行くとしようか」


 神無の言葉に灯士が頷いた後、二人は神無の家へ向かってゆっくりと歩き始めた。そしてそれから十数分後、一件の民家が見えてくると、灯士は民家を指差しながら神無に話しかける。


「あれが神無さんのお家なんですね」

「ああ、そうだよ。まあ、事情があってポツンとしているけれど、横には井戸もあるし、家自体も狭くはない。だから、不自由には感じないはずだ」

「わかりました──って、家の前に誰かいますよ?」

「え……あ、あれは……!」


 神無はとても驚いた様子で走りだし、それに続く形で灯士が走り出すと、二人は家の前に立つ人物へと駆け寄る。そして、二人が目の前で足を止めると、黒い上等な着物に身を包んだ短い白髪の老齢の男性は神無達を見ながら優しく微笑む。


「よう、神無。さっきぶりだな」

「……ええ、さっきぶりですね。けど、聖之介しょうのすけ親分はどうしてここに?」

「実は仕事の件でおめぇにちっと話があったんだが……そこの珍妙な奴は何者だ?」

「ああ、彼は灯士です。なんでもジャック・オー・ランタンとかいう鬼火の一種らしくて、一部を除いた記憶が無いとの事だったので、とりあえず私の仕事を手伝ってもらう事を条件にウチに連れてきたんです」

「なるほどなぁ……しかし、おめぇは本当に何かを連れてくんのが好きだな。この前も仕事を終えて屯所にけえって来た時に道で見っけた空腹の猫の親子を連れてたし、戻ってくるのがおせぇと思ったら、道に迷った旅人を連れてきた事もあったぞ」

「あ、あはは……どうにも放っておけなかった物で……」

「まあ、俺達の仕事には不必要だが、おめぇのその性質は嫌いじゃねぇ。だが、時には非情になる事も必要なのは覚えとけよ?」

「はい、もちろんです」


 聖之介の言葉に神無が真剣な表情で答えていると、灯士は二人を見ながら不思議そうに首を傾げる。


「そういえば、お二人のお仕事って何なんですか?」

「ん? 神無、まだ説明してなかったのか?」

「あ、はい。帰宅してから伝えようと思ってたので」

「なるほどなぁ。まあ、簡単に言うなら、秘密裏に依頼をこなす何でも屋見てぇなもんだな」

「秘密裏に依頼を……」

「ああ。土産物屋としての表の顔で正体を隠し、合言葉を知る相手からの依頼を受けたらそれについての諜報を行い、計画が定まり次第、依頼をこなしに行く。その依頼も基本的には世間には顔向け出来ねぇようなものばかりだけどな」

「それで、私は諜報を担当していて、聖之介親分は私達のまとめ役なんだよ」

「という事で、よろしく頼むぜ、灯士」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」


 灯士が丁寧に頭を下げ、それに対して聖之介が片手を挙げて応えていると、神無は真剣な表情で聖之介に話しかける。


「親分。仕事の件との事でしたが……」

「ああ。それなんだが……また例の奴についての依頼が入ったんだ」

「……奴ですか」

「奴……?」

「ああ。つい先日からこの辺りに現れるようになった男がいるんだけど、そいつがとても危ない奴なんだ」

「……変わった服装の人相の悪い男で、夜にふらっと現れては辻斬り行為を繰り返してるんだ。辻斬りと言っても、使ってるのは刀じゃなく、小刀のような物らしい。

それで、夜に現れる前に奴の居所を探ろうとしてるんだが、どうにもみつからない。だから、ソイツに関する依頼だけは増える一方でどれも未だに解決出来てないのだ」

「同心達もソイツには手を焼いているようで、このまま捕まらないようなら、懸賞金を掛けるという話もある。それくらいみんなが困らされている相手なんだよ」

「そんな相手が……」


 神無達の話を聞き、灯士が俯き始める中、聖之介は難しい顔で再び話し始める。


「それで、さっきも奴関連の依頼を受け、本当なら明朝にそれをおめぇ達に伝えるべきだったんだが、ソイツから話を聞いた限りでは、さっきもこの辺りで見かけたらしい。だから、神無に注意をするように言いに来たんだ。諜報役の中ではおめぇが一番強いが、アイツに関してはまだ謎が多いからな」

「……わかりました。親分、わざわざ来て頂きありがとうございます。私が親分に初めて会った時や諜報中に負傷した時もそうですが、親分にはお世話になってばかりですね」

「へっ、礼なんていらねぇさ。とりあえず外の物音には気をつけとけよ、お前達。何かあってからじゃ遅いからな」

「はい」

「わかりま──」


 灯士が何かに気づいた様子で言葉を切り、警戒するように辺りを見回すと、その姿に神無は不思議そうに尋ねる。


「灯士、どうした?」

「……いえ、誰かの気配を感じて……」

「それって……」

「……ああ。灯士、気配の主がどこにいるかはわかるか?」

「……恐らく、こっちだと思います。こっちの方に行けって誰かに言われてるみたいな感じがするので……」

「わかった。よし……俺は様子を見てくる。お前達は家で待ってろ」


 そう言いながら灯士が指した先へ聖之介が歩き出そうとした時、それを遮る形で神無が目の前に立つ。


「親分、それなら私もお供します。親分の強さはわかってますが、相手は得体の知れない奴ですから、一人で行くのは危険です」

「僕もついていきます、聖之介さん。僕がお役に立てる事があるかはわかりませんが、足手まといにはならないようにしますので」

「……わかった。だが、俺達がやるのはあくまでも様子見だ。出来るなら人相以外の情報も手に入れるが、危険そうならさっさと立ち去り、明日の朝一番にこの辺りの探索をする。それで良いな?」

「はい」

「わかりました」

「よし。それじゃあ行くぞ、おめぇら」


 その言葉に神無達が頷いた後、灯りを持つ神無と灯士の後を聖之介がついていく形で二人の灯りを頼りにゆっくりと歩き出した。そして歩く事数分、人影らしき物が見当たらず、灯士が不安から小さく息を吐いていたその時だった。


「……っ! すまねぇ!」


 その言葉と同時に聖之介は前を歩く神無の背中を突き飛ばすように押す。


「え──うわわっ!?」

「え──神無さん!」


 押された事で神無が前に倒れこみそうになり、それに気づいた灯士が神無が倒れるのを阻止するために急いで前へと出たが、その勢いのまま神無が灯士を押し倒すような形で二人は重なり合いながらその場に倒れこんだ。


「痛た……だ、大丈夫ですか?」

「え……あ、ああ、大丈夫だよ。あ、ありがとう……灯士」

「どういたしまして。けど、いったい何が……」


 二人が身体を起こしながら揃って視線を聖之介へと向けると、そこには腹部を抑えながら膝をつく聖之介とそれを見下ろす人物の姿があり、その手には聖之介の血を滴らせながら月明かりを反射して光る何かが握られていた。


「聖之介さん!」

「親分! 貴様、よくも親分を!」

「あ……? 相手を刺して何が悪いんだ?」

「何だと?」

「あくまでも俺は出会った奴を救ってるだけだぜ? この愛用のナイフで一突きして殺し、腐った現世から離れさせて天国とやらに送ってる。それのどこが悪いって言うんだ?」

「悪いに決まっているだろ! どんな理由があろうと、他者を殺すのは悪でしかない!」

「……そうかい。わかりあえないって言うなら、お前らも救ってやるしかないなぁ!」


 男はナイフを手に持ちながら神無達へ向かって走り出す。そして、神無達を殺すべくナイフを勢い突き出そうとしたが、神無は男の脛に手刀を入れ、その痛みと衝撃で男が怯んでいる内に立ち上がり、ナイフを持つ腕を捻り上げながら男のもう片方の腕を強く押さえ込んだ。


「ちっ……!」

「残念だったな。さあ、観念したらどうだ?」

「へっ、観念なんかしねぇよ。車に轢かれて死んだと思ったら、こうして過去に飛ばされたんだ。だったら、そのチャンスを逃すわけは無いだろ?」

「貴様、一体何を言って……?」


 男の言葉に疑問を抱いた神無の力が一瞬緩むと、男はその一瞬の隙をついて押さえ込まれている腕に力を入れながら神無の腹部に肘を打ち込んだ。


「ぐっ……!?」

「神無さん!」


 腹部に広がる痛みによって神無からの拘束が解け、男は勝ち誇ったような笑みを浮かべると、神無の胸部めがけてナイフを振り下ろすと、ナイフの刃は着流しごと神無の胸を切り裂き、切り裂かれた着流しの間からは血に染まる胸元とさらしが顔を覗かせる。


「へえ……お前、どこか女顔だと思ったが、まさか本当に女だったなんてな」

「くっ……!」

「ちょうど良い。しばらく女を味わって無かったからな。お前以外の奴を殺したら、お前で楽しませてもらうとするかな」

「……外道め!」

「何とでも言え。さて……そのためにもそろそろそこのジジイには死んでもらうとするか」


 男がニタニタと笑いながら聖之介に視線を向けると、そこには聖之介を庇うようにして立つ灯士の姿があった。


「あ? どけよ、南瓜頭」

「……どかない」

「逃げろ、灯士! 君だけじゃとても無理だ!」

「いいえ、逃げません。神無さん達を置いてなんて逃げられませんから」

「灯士……」

「それに、思い出したんですよ。僕──いや、俺がどうしてここにいて、こうしてジャック・オー・ランタンになったのか」

「え……?」


 神無が疑問の声を上げる中、灯士は静かに口を開く。


「……ジャック・オー・ランタンになる前、俺は一人の人間として生活をしていました。けれど、その生活は決して幸せな物では無かった。両親はとても粗暴で何かにつけて俺に暴力を振るったり暴言を浴びせてきたし、学校でも俺は周囲からの酷いイジメに遭っていた。

そんな人生に絶望し、もう死んでしまおうかと思った時、ソイツが道を歩く女の子を刺そうとしてるのを見かけて、それを阻止しようとして飛びかかったんです。

そして、二人とも車道に転がっていって、体を起こした時に目の前から車が迫ってきたのを見て、俺はすごく嬉しかったんです。最期に誰かの役に立ててよかったなと。

けれど、気付いたら知らない場所に来ていた上、そこにいた神様からあるゲームを持ちかけられたんです。過去に飛ばしたソイツを自分についての記憶や目的なんかがわからない状態で探しだし、冥府まで連れてこられたら俺を現世に戻した上で幸せな人生を約束すると」

「……だから、名前もわからない状態で倒れていたのか」

「はい。連れてこられなかったら俺の存在は完全に抹消されるみたいですが、このジャック・オー・ランタンの力のおかげで相手の位置はわかるようになっていたみたいです。さて……これ以上、神無さん達を傷つけさせないためにもお前には冥府まで行ってもらうぞ」

「ふん……誰がそんなとこに行くかよ。俺の事を道連れにしやがったお前とそこのジジイ達を殺して、俺はこの時代でも色んな奴を救ってやるんだ。邪魔をするんじゃねぇ」

「お前のやっている事は救済なんかじゃない。ただの身勝手な殺戮だ!」

「うるせぇ! そんな減らず口を叩けねぇようにしてやる!」


 男が激昂しながら灯士に向かってナイフを突きだし、神無が目の前で起こるであろう惨劇を想像して目を涙で潤ませる中、灯士の持っていた蕪のランタンから青白い火が次々と飛び出し、ゆらゆらと動きながら男を取り囲んだ。


「なっ……なんだ、これは!?」

「……このランタンの力だ。俺が念じる事でランタンの中の冥府の炎を自在に操る事が出来る。そして、お前を冥府まで送るための送り火でもあるんだ」

「何だと……!?」

「この火はお前を魂ごと焼きつくし、その身を冥府へと送る。そして、お前は冥府で自分の罪の重さを知る事になるんだ。冥府神のケルヌンノス様達の手によってな」

「ふざけるな!」

「ふざけてるのはお前だ。勝手な思想で色んな人を殺し、神無さん達まで傷つけた。その痛みと罪、冥府の炎の責め苦で存分に思い知れ!」


 その言葉と同時に、取り囲んでいた炎は一斉に男に衝突すると、男の体は青白く燃える業火に覆われた。


「ぐああっ!? あ、熱い! 熱いぃー!!」

「……当然だ。その炎はお前のこれまでの罪の重さに応じた熱さになる。だから、さぞかし熱いだろうな」

「あ、ああぁ……!」

「……けど、お前の罰はこれからだ。自分が背負っているその罪、しっかりと悔いるんだな」


 哀しそうに灯士が言う中、男を焼きつくす冥府の業火はごうごうと燃え盛り、やがて静かに消えていったが、その中に男の姿は無く、中心には灰の山だけが残された。

そして、一陣の風が吹き抜け、男だった灰が飛ばされていくと、灯士は蕪のランタンを足元に置いてから、自身を驚いた様子で見つめる神無と傷口を手で覆いながら辛そうな表情を浮かべる聖之介に手を向けた。

すると、灯士の手は白い光を放ち、ゆっくりと神無と聖之介の体を包んでいくと、徐々に二人の傷は塞がっていった。


「傷が……」

「独りでに治っていく……灯士、俺達に何をしたんだ?」

「……出発前に借りた力を使ったんです。流れた血までは戻せませんが、傷自体は完全に治るはずなので、あまり無理をしなければすぐにでも元気になりますよ」

「それはありがたいけど……灯士、あの男はどうなったんだ?」

「魂ごと焼かれる苦しみを味わいながら冥府に送られたはずです。お二人からすればその証拠を持ち帰れない事になりますが、これでこの辺りを騒がせる事件は解決です」

「……まあ、俺達に寄せられてる依頼はアイツの抹殺だから依頼自体も達成だが、おめぇはこれで良いのか?」

「はい。俺もアイツを冥府へと送る事が目的だったので、ゲーム自体には勝利しました。これもお二人と出会えたからです。本当にありがとうございます」


 灯士が丁寧に頭を下げる中、神無は心配そうな表情で灯士を見る。


「礼には及ばないけど……灯士はこれから大丈夫なのか? 私達は灯士の事を嫌うつもりもないし、どうにかここに残れるようにお願いしてみても……」

「……そうしても良いですけどたぶんそれは正解じゃないです。一応、幸せな人生を約束すると言われていますが、それはすぐには訪れないと思います。でも、俺は天国にも地獄にもいけないジャック・オー・ランタンですから、それも当然なんです」

「どういう事だ……?」

「……言い伝えのジャック・オー・ランタンは、その極悪さから天国に行けなくなり、生前に自身が犯してしまった過ちのせいで地獄にも行けなくなり、現世に戻る事すら出来ずに今も蕪のランタンを持ってさ迷っているといいます。

そして俺もゲームに乗った時点で天国にも地獄にも行けませんし、恐らく現世でも自分が望むような天国にも地獄にも行けません。幸せな人生を過ごせると言っても自分の望むような展開ばかりでも無いですし、ゲームに乗る前の地獄のような状況からも抜け出す事になりますから。言い伝えの彼のように俺も希望の灯を持ちながら暗く寒い道を進み続けるんです」

「灯士……」

「……けど、言い伝えのジャック・オー・ランタンの灯よりは俺の灯の方が明るく暖かいはずです。だから、その明るさを頼りにしながら俺は自分の進むべき道を進みます。それが俺にとっての正解だと思うので」


 その灯士の言葉を聞き、神無と聖之介は顔を見合わせた後、どちらともなく静かに笑う。


「……そういう事なら止めるわけにはいかないか」

「そうだな。灯士、そう言ったからには簡単に諦めんじゃねぇぞ?」

「はい、もちろんです。お二人にはもう会えないかもしれませんけど、お二人に笑われないように頑張るつもりですし、お二人の子孫に会う事があるかもしれませんから」

「……そうだね。その時は子孫達とも仲良くしてあげてくれ」

「わかりました」


 灯士が頷いていると、その体は白い光に包まれ始める。


「……そろそろお別れみたいですね。神無さん、聖之介さん、どうかお元気で」

「ああ、君もね」

「本当はその南瓜頭じゃねぇ顔を見たかったが仕方ねぇ。それは俺達の子孫に任せるとするか。灯士、おめぇの生きるべきところに戻っても元気でやれよ?」

「はい」


 その返事を最後に灯士の姿が静かに消えると、神無は月が昇る夜空を見上げながら小さく息をついた。


「……行ってしまった、か……」

「そうだな。神無──いや、名月なづき、おめぇの婚約者がアイツみたいな男だったら、おめぇも家を捨てて逃げたりしなかったかもしれねぇな」

「……はい、恐らく。私は両親が勝手に婚約者を決めてきた事や私の人生を自分達の好きにしようとした事に怒って家を出て、かつてのなづきからかんなになりました。この決断を後悔はしていませんし、あの家に戻るつもりはありません。

ですが、そろそろ男として生きるのは止めて、今度こそ私自身が共に歩みたいと思える相手を見つける時なのかもしれません」

「……違いねえな。だが、見つかるまではウチでもう少し頑張ってもらうぜ? なんだかんだでおめぇが拾ってきた奴らはどいつも後に幸せを運んできたし、おめぇは男臭さしかないウチに咲く花として野郎達の心の癒しになってるからな」

「わかってます。親分、これからもよろしくお願いします」

「おう、こちらこそな」


 青白い月が見守る中、神無と聖之介は笑いあった後、神無が聖之介に肩を貸す形でその場からゆっくりと去っていった。





「……ん」


 静寂に包まれた病室。その病室に置かれたベットに横たわった病院着の少年は目を覚ますと、そのままの体勢で軽く周囲を見回した。


「ここは……そっか、俺はあの後、病院に運ばれたのか。まあ、さっきまで江戸時代でジャック・オー・ランタンの灯士だったのを考えると、なんだか不思議な感じだけど……」


 少年が独り言ちながら苦笑いを浮かべていた時、目の端に誰かがいるのに気付き、少年はゆっくりと体を起こした。すると、横に置かれた椅子に座りながらベットに頭を伏せるように眠るセーラー服姿の短い黒髪の少女がいるのが見え、少年は目を丸くした。


「え……だ、誰だ……? 少なくとも知り合いではないけど、知らない人が病室にいるわけないし……?」


 少女がいる事に少年が困惑していると、少女は眠そうに声を上げながら目を覚まし、ゆっくりと顔を上げた。そして、少年が自分を見ている事に気付くと、少女はとても驚いた様子を見せる。


「え……目を覚まされたんですか!?」

「そ、そうだけど……」

「よかったぁ……! えっと、自分の名前って言えますか?」

「え、上梨かみなし灯夜とうやだけど……?」

「名前も言えてる……うん、完全復活みたいですね、灯夜さん!」

「そうみたいだけど……君は?」


 灯夜が不思議そうに問いかけると、少女はしまったといった様子を見せた。


「そういえば自己紹介がまだでしたね。私は神名かんな月美つきみ、先日灯夜さんに命を救われた者です」

「命を……そっか、あの時の……」

「はい。灯夜さんがあの男を止めてくれなかったら、私は今頃この世にはいませんでした。だから、命の恩人である灯夜さんの看病を自分から買って出たんです」

「そうだったんだ……そういえば、あれから時間ってどれくらい経ってる?」

「大体一ヶ月くらいです。その間、灯夜さんの周りでは色々な事がありましたよ」

「例えば?」


 灯夜の問いかけに月美は顎に手を当てながら答える。


「えーと……まず、灯夜さんのご両親が傷害罪で逮捕されたんです。いつもストレスの捌け口にしていた灯夜さんがいなくなった事で鬱憤うっぷんを中々晴らせなくなり、苛立ちが募っていたところに偶然帰宅途中の高校生と肩がぶつかり、それに激昂しながら相手を骨折するまで暴行した事で逮捕されたようです。

そして、その相手というのが偶然にも学校で灯夜さんにイジメを行っていた人達みたいで、その事件の聞き取りをしていた際にうっかり灯夜さんを虐めていた事を言ってしまい、ご両親が灯夜さんに暴行を加えていた事が明らかになったのと合わせてニュースになったんです」

「そっか……」

「それがニュースになったのもあの事件があったからで、ご両親やイジメを行っていた生徒達はもちろん、その事実を公にしなかったクラスメート達や教師も世間からだいぶ非難されて、そのストレスがきっかけで不登校や自主退学をした生徒もいたみたいです」

「だいぶ大事になってるんだな……そういえば、入院費ってどうしたんだろ。親が出すわけはないと思うんだけど……」

「入院費はご親戚が出していますよ。灯夜さんのご両親は入院費を出さないどころかお見舞いにすら来ませんでしたし、ご親戚がお見舞いに来るように連絡をしても平気で突っぱねたようです」

「……まあ、そうだよな。けど、君がどうしてそこまで知ってるんだ?」


 灯夜が不思議そうに首を傾げると、月美は微笑みながらその問いかけに答える。


「実は……そのご親戚のお家がウチの近所で、私も小さい頃から何かとお世話になっていた方なんです。だから、この病室でばったり会った時はあちらもそうですけど、私もすごくビックリしちゃいました」

「そうだろうな。そういえば、どうしてあの日はあそこにいたんだ?」

「あの日は家族で久しぶりに出掛けた日で、それぞれ見てみたい物があったので、後で合流する事にして別行動をしてたんです。それで、そろそろ合流しようとしていた時にあの事件に遭ってしまって、私は事情聴取で警察署に来てたんですが、駆けつけてきた両親は私が無事な事を知ると、涙を流して喜んでくれました」

「……そっか。それにしても、これからの生活が大変そうだな。学校で変に注目されそうだし……」

「ああ、その事なんですが……灯夜さんはそのご親戚のお家に引っ越す事になっていますよ」

「え……そうなのか?」

「はい。本人の意思も聞かずに決めるのは心苦しいとは言っていましたが、家庭内の状況やこれからの生活の事を色々な人と相談した結果、ご親戚が灯夜さんのお世話をする事に決めたみたいで、引っ越しに伴って学校も転校するようでした」

「……つまり、退院後は新天地での再出発ってわけか」

「でも、私もついてるので安心してください。まあ、私なんかが一緒だと言ってもあまり頼りにはならないかもしれませんけど……」

「そんな事はないよ。きっかけはどうであれ、こうして仲良く話せる相手がいてくれるのは嬉しいし、俺的には大助かりだよ」

「そ、そうですか? えへへ、そう言ってもらえて嬉しいです」


 月美が照れたように笑う姿に灯夜は愛おしさを感じていた時、ふとその笑みに懐かしさのような物を感じていると、月美は頬を少し赤らめながら灯夜に視線を向ける。


「それにしても……ご先祖様といい私といい、ウチの家系は『灯』の字を持つ人に助けてもらってばかりだなぁ」

「ご先祖様?」

「はい。私のご先祖様、灯士さんというジャック・オー・ランタンに命を救われたらしくて、その人を描いた絵もウチに残ってるんです。ただ、不思議な事にそのジャック・オー・ランタンは学ラン姿だった上にその頃はハロウィンの習慣なんて無かった頃なので、ウチでは本当に不思議な出来事だって言われているんです」

「……そっか」

「まあ、そのご先祖様も当時お世話になっていた人のお孫さんと夫婦になったようなんですけど、その頃に書いたと言われている日記には、そのジャック・オー・ランタンに恋心を抱いていたみたいな記述もあるようです。でも、辛さを感じていた時にそうやって助けてもらったら、好きになるのも当然かもしれませんね」

「辛さを感じていた……?」

「はい。ご先祖様、元々は名のあるお家の出だったみたいなんですが、夫婦になる相手を勝手に決められたり自分の人生を親に強制させられる生活に嫌気がさし、家と名前を捨てて逃げた後、当時お世話になっていた人に拾われて一人の町人として生活を始めたようなんです。

それで、ご先祖様は女性だったんですが、女性だと知られて侮られたり噂がたって家族に連れ戻されたりしないようにその生活を始める際に男性として生きるようにしたようです。もっとも、そのジャック・オー・ランタンと出会った後は、また女性として生きる覚悟を決めたみたいですけどね」

「……なるほど」


 神無の顔を思い出しながら納得顔で灯夜が頷いていると、月美は何かを思い出した様子でポンと両手を打ち鳴らした。


「そうだ……自分達がいない時に灯夜さんの目が覚めたら報せて欲しいって言われてたので、今から連絡してきますね」

「うん、わかった。えっと……神名さん、看病をしてくれて本当にありがとう」

「どういたしまして。それと、私の事は月美って呼んで大丈夫ですよ。それじゃあ連絡をしてきますね」

「うん」


 嬉しそうに月美が病室を出ていった後、それと入れ替わる形でカジュアルな服装のブロンドの青年が入ってくると、灯夜は残念そうにため息をついた。


「……貴方にはもう会わないと思ってたんですけどね、ロキさん」

「そんなつれない事を言わないでくれ、灯夜。こつしてゲームに勝った事を祝いに来てやったんだから」

「……まあ、生き返るチャンスをくれた事はありがたいと思ってますけどね。ただ、アイツは日本人なんですから、どちらかと言うなら日本の神様が担当するべきじゃないんですか?」

「先月は日本の神々が一ヶ所に集まっていた神無月だからね。それなのに、そのためだけにわざわざ呼び戻すよりは別の国の神に頼った方が楽だろう? それに、あの日はハロウィンだったから、ケルトの神々に頼むのがちょうど良いと思ったしね」

「……ケルヌンノス様やベレヌス様にはしっかりと感謝をしてくださいね。出発をする前に同じ神が迷惑をかけてすまないって申し訳無さそうに言われましたから」

「はっはっは! 神から謝られる人間なんて中々いないんだからそれは誇ったら良い。因みに、彼らから受け取った力はそのまま使えるようにしておくから、何かあったら使うと良い。この件については、彼らからも許可を貰っているから、心配はいらないよ」

「……使わなくて済む事を祈るばかりですね。けど、どうして俺にゲームを挑んだんですか? 貴方からすれば、俺みたいな人間なんて別にどうでも良いはずなのに……」


 灯夜の言葉にロキはクスリと笑う。


「そんなの決まってるだろう? 私も人間達のようにハロウィンを楽しみたいと思って、ちょっとした悪戯をしただけさ」

「悪戯って……まさか、あの事故や両親の事件は貴方が?」

「その通り。兄上達と一緒にいるのにも少し飽きて、日本にぶらっと来てみたらちょうど良いところにゲームの駒に相応しい人間達がいたから、君達を使ったゲームをしたくなってね。

因みに、あの時代にしたのは南瓜が知られていて、ハロウィン自体が知られていない時代を探していたら、偶然にもあの少女の先祖を発見したからに過ぎないし、時間神のクロノスが使ってる力の残滓ざんしから一時的に時を操る力を手に入れてなかったらこんな事はしていない。

つまり、全ては偶然の一致というわけさ。まあその結果、あの男は永遠に魂を冥府に縛られる事になったし、君はどうしようもない人間達から逃れて自分を好いてくれる相手と出会えた。君だって文句はないだろ?」

「……たしかに貴方のお陰でこれからは幸せな人生を過ごせると思う。けれど、誰かを犠牲にした幸せなんて俺は望んでない」

「望んでなくてもそれが真実なのだから、君達人間はそれを受け止めて生きていけば良いんだよ。君達の人生など神の気まぐれ一つでどうにでもなるのだから。まあ、『かみなし』の名を持つ君はその限りじゃないかもしれないけどね」

「…………」

「そう睨まないでくれ。君はそう思わないだろうが、私は君と友人になれると思ってるんだ。もっとも、君から友人だと思われるにはもう少し時間が必要そうだけどね」


 クスリと笑いながら言った後、ロキは笑みを浮かべながら灯夜に右手を差し出した。


「今回の件が兄上達にバレた事でしばらくは下界に来れないが、謹慎期間が終わったら度々君に会いに来させてもらうよ。そして、その時にはまた楽しくゲームでもしようじゃないか」

「……俺の命を賭けた、ですか?」

「さあ、それはどうだろうね。それはそれで面白そうだが、君には幸せな人生を約束しているからね。人間にでも化けて平和的なゲームに興じるのがベストだろう。という事で、これからよろしく頼むよ、灯夜」

「……わかりました。けど、貴方が何か良からぬ事をしようとした時は止めますからね。」

「ああ、期待しているよ」


 嬉しそうに笑うロキの右手と握手を交わし、灯夜は少し呆れたようにため息をついていたが、その口許は新たな友人達の存在や人生への期待で綻んでいた。

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ジャック・オー・ランタン 九戸政景 @2012712

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