後日談:あなた

第α話

 イザークは困ったようにアデルナを見やった。


 イザークの前を楽しそうに歩くアデルナ。軽鎧にローブを羽織っているが美しい顔は晒している。眩い白銀の金髪も背中に流したままだ。それがとてつもなく人々の目を惹きつける。


 偽装駆け落ちののち、二人は南にある港街にたどり着いた。そこで小さな家を借りて二人で住んでいる。


 アデルナの宣言通り冒険者登録も済ませた。初日の依頼でグリュフォンを狩って一気に名を上げてしまった。

 イザークも強いのだがアデルナの火力が半端ない。グリュフォンはイザークが狩ったが、取り巻きは全部アデルナが業火の魔術一つで殲滅した。


 ギルドで討伐や細々とした依頼を危なげなく二人でこなし、食材を買って家に帰り食事をする毎日。

 料理はアデルナがした。イザークは身構えていたが味はとても美味しかった。どこまでハイスペックなんだとイザークは内心驚愕した。


「そこまですごくないでしょ?きちんと量って火加減と時間を守れば出来上がるのよ?」


 不思議顔でアデルナが言うが、それが簡単にできないものだ。そう伝えれば、変なの、と笑みをこぼす。

 公爵家にいた時には見られない笑顔がそこにあった。幸せそうな笑みにイザークも顔を綻ばせた。そうしてイザークの心が疼く。


 駆け落ちから二つの出来事があった。


 一つはブルーノが公爵家を継いだこと。アデルナの駆け落ちで父であるザイフェルド公爵が隠居を決めたのだ。騒動の鎮静を図ってなのだろうが、元々爵位を譲るのは決まっていたことだ、とアデルナは言う。


 もう一つはクリスタが王太子の新しい婚約者になったこと。詳しいことはわからないが、気持ちが通じ合っていたんだとイザークは安堵した。


 あの頃は毎日戦争だった、と公爵家での日々を思い出す。なんとも懐かしくしみじみしていれば、その様子をアデルナがそっと目を細めて見ていた。




 日々順調に見えたが、イザークの心中は穏やかではない。駆け落ちから二ヶ月が経ったが、未だに偽装駆け落ちのままだったからだ。


 部屋もきっちり別々で、共有スペースだけで顔を合わせる。とても清い関係。使用人がいないだけで今までと何も変わっていない。

 はたから見れば同棲か夫婦に見えるかもだが、実際はただの同居だ。


 イザークとしてはなんとか偽装をやめたいのだが、どうすればそうでなくなるのかが、アデルナが本当の駆け落ちだと言うのかがわからなかった。


 何度かアデルナに気持ちを伝えようと頑張るも、にこりと笑顔で済まされた。

 公爵家を出る時に、イザークは自分の好みだ、とアデルナに言われた。日々の生活でも細々と気を使われ面倒を見られる。

 嫌われてはいない、むしろ好かれていると感じられるだけあってイザークはただひたすら焦燥していた。


 そう、多分焦らされている。それはイザークにもわかるが、そうするアデルナの意図がわからなかった。



 アデルナの容姿は衆目を集めた。ことに異性からの視線がイザークの心をさらに乱す。

 所詮お嬢様だからなのだろうか、アデルナの無邪気な振る舞いがそれらにすごく無防備に感じられた。

 ローブを着せているが顔やローブから出る手足は晒される。そこに視線が注がれれば、そのことさえ許せない。彼女は自分のものだと威嚇したいがそれはできない。そうではないのだから。せめて殺気を相手に飛ばす程度だ。

 結果イザークは心労で疲弊していた。


 結局全てを解決するためには、アデルナの心を得なければならない。ならばきちんと向かい合ってアデルナにそう乞わなければならない。そう決心したイザークは食後にアデルナに声をかけた。


「ちょうど私も話があったのよ。」


 そう言われて先にアデルナの話を聞いたのだが。

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