第二章:Sirvivor

第四話

 ここはアデルナが通う魔術学園で開かれた夜会。

 そのホール中央ではアデルナと正面に立つ王太子ルートヴィヒが睨み合っていた。

 アデルナの傍には青ざめるイザーク、ルートヴィヒの傍には震える子爵令嬢のクリスタ・シュテール。


 はたから見れば、これは正しく修羅場であった。


 


 その日イザークはアデルナのエスコート役を仰せつかっていた。イザークは今回も部屋に届けられた服を着る。エスコートの際には毎回指定された服が届けられた。

 やけに今回のは仕立てがいい。光沢のある黒い滑らかな生地に青糸で刺繍があしらわれている。今回は何か特別な日だったか?


 社交の場である魔術学園でアデルナは特定の恋人もエスコート役を任せる男性友人も作らなかった。

 否、謂わゆる武術の友はいたのだが、そこに色ごとの気配もない。流石にイザークは心配になってきた。

 やや離れて控えてはいるがちっともいい雰囲気にならない。相手がすでに引いている。もっとぐいぐいいかないと婚約なんぞできないだろうに。この姫の前では皆草食動物になるのか?


 そもそも公爵家自体がアデルナの婚約者獲得に動こうとしない。来年にはこの学園を卒業してしまう。公爵家は一体この姫を今後どうするつもりなのか?



 イザークは指定された服を着てアデルナの部屋を訪れれば、いつものように侍女達に群がられる。

 クラバットや身だしなみを整えられる。長めの黒髪は梳かしつけられ白いリボンで束ねられた。香水をかけられラペルピンやカフス、ハンカチ、イヤーカフなどの小物を充てがわれる。

 ここまでは普通。だが今回は皆の熱気が違った。


「ちゃんとお嬢様をお守りするのよ!」

「負けちゃダメだからね!」

「何事も漢気おとこぎだ!ビビるなよ!!」

「色男!応援してるからな!!」

「今日は一体何事ですか?」


 男性陣女性陣から共にイザークへ喝と檄が飛ぶ。イザークは意味がわからない。励ましの拍手の中、続き間の応接室まで送り出された。


 応接室にはすでに準備を整えたアデルナが座っていた。手に何やら本のようなものを持っていてそれを読んでいる。イザークの気配に気がつき顔を上げた。


 アデルナは赤い光沢のある生地に黒いレース、そして金糸の刺繍が散りばめられたナイトドレスを身につけていた。

 白金の金髪はハーフアップで結い上げられて繊細な髪飾りで留められている。身につけているネックレスやイヤリングも豪奢だ。化粧も施されれば何もしなくても眩い美しさがさらに引き立った。

 免疫のないものが見れば見惚れて硬直してしまうだろう。十年越しで免疫を獲得したイザークでさえ目を見開いた。


 普段と違う。本気だ。特段おしゃれを積極的にしないアデルナが、そうとわかるくらい着飾っている。

 ここでもイザークは訝しく思った。今日は学園のただの夜会ではなかったのか。


 アデルナはイザークを頭から爪先までしげしげと見る。


「‥‥まあこんな感じかしらね?」

「今日はどういった趣向ですか?」

「趣向?ああ、趣向ね。」


 持っていた本をパタンを閉じてアデルナは立ち上がり左手を差し出した。


「道すがら説明するわ。まずは馬車までエスコートなさい。」


 馬車でまでエスコートすれば、アデルナに目で同乗するよう促される。

 アデルナは侍女を伴わない。邪魔だという理由だが、イザークと二人きりで馬車に乗るにはまずい。しかし魔術学園に通っている時も同乗しているので、仕方ない、と促されるままに乗り込んだ。


 見送りに出た使用人達の視線が熱い。歓声と激励の中で馬車の扉が閉じられた。


 イザークはもう後戻りできないところまで来ていた。




「今日私は婚約破棄される予定なのよ。」

「は?」


 しばらく馬車が進んだあたりでアデルナは外を見ながら頬杖をつきそうに言い放った。イザークは意味がわからず聞き返していた。

 破棄?婚約破棄?え?えええぇ?!


「婚約破棄?!婚約?!いつ婚約したんですか?相手誰?なんで俺全然知らないんですか?!」

「なんだあんた知らなかったの?婚約は私が魔導学校にいる間ね。」

「俺が騎士学校にいる間?姫の側にずっといたのになんで俺、相手を見たことないんですか?」

「そりゃ、滅多に会えないでしょ、王太子なんて。」

「王太子?!」


 イザークは絶叫した。この姫様、すでに婚約してた!しかも相手が王族!だから学園でも令息がアデルナを遠巻きにする訳だ。公爵家もがっつくわけがない。


 公爵令嬢だから王太子の婚約者でも家柄的におかしくない。婚約の心配をしていた俺が馬鹿みたいだ!









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