第13話 知らぬが仏

「知らぬが仏」


 「知らぬが仏」とはよく言ったもので、世の中には知らないが故に安心して平穏無事に過ごしていけることって多々ありますよね。裏を返せば「知ってしまった」が故に、これまでと同じ状況でありながら、心配が押し寄せて一気に不安になってしまったことってありませんか。


 みなさま。お久しぶりです。すっかりご無沙汰しておりまして申し訳ありません。実は師走から働きに出ているのです。なしてかというと2022年度に車検が4台もあるからです。ワシは車検代とそれから5月に必ずやって来る自動車税の支払いのために、62歳にもなって節々が痛い身体に鞭打って働いています。コロナ禍の補助金なんか1円ももらえず毎日自転車操業を続けています。

 はっきり言いましょう。クルマから税金を取るのはやめろ!車検も自動車税もいらんことでしょう。ゴルフから税金を取れ。ゴルフクラブ税やゴルフクラブ車検を設けて金持ちから税金を取れ。メロン税や高級寿司税や松阪牛税ワイン税やいろいろあるだろう。ワシ、この国って何か間違っているように思うのですが気のせいでしょうか。


 ところでワシは1月から、ハスラーを車庫にしまってキューブに乗り始めていました。なしてかというと10月に点検に出してスタッドレスタイヤに交換して以来、一度も乗っていなかったからです。

 ワシのキューブは今年の10月で二度目の車検を迎えます。つまり5年落ちということです。タイヤもバッテリーも今はいているスタッドレスタイヤも5年落ちですので車検時に交換する予定です。ワシはだいたいこの5年目サイクルでタイヤとバッテリーを交換しています。あまり乗らずに車庫にしまってあることや経済的な事情もあって、このサイクルを守っていて、これまでバッテリー上がりとかタイヤトラブルなど深刻な状態になったことは一度もありません。

 もちろんバッテリーは、月一で充電するようにしているし、空気圧のチェックも怠りません。経年変化が気になるのでそれなりに気は遣っています。

 そいでもって、キューブのスタッドレスタイヤは今年で5年目の交換時期ですが、山はたっぷりあるしゴムはまだ柔らかそうです。この頃は雪なんか滅多に降らなくなりましたし道路の凍結の心配もあまりないところなので、今年の冬も大丈夫そうでしたのでいつものように乗っていました。自分なりに安心して。安心してですよ。BSのブリザックだし。


 そうこうしているうちに、この期に及んで寒気がやって来て、ワシはFFのキューブで雪道を走らざるを得ない状況になりました。

 具体的には国道9号線を山口から木戸山を抜けて帰っている途中のことでした。なんか知りませんけど寒波でうっすらと雪景色で道路も雪がうすく積もり始めていました。それから外気温時計がマイナスを示し始めていて、なんかやばいのうとなんとなく感じ始めていました。

 そのときです。ずるっときたのは。ずるっとです。

「あれっ」と思ったのですが、今日ぐらい低温で凍っていたら仕方がないのうと思い慎重に運転していました。

 信号で曲ががろうとしたらまた「ずるっ」ときました。正確にはハンドルを切ったままアクセルを踏んだら、アンダーが出るんです。つまりそのまま直進しようとする。

 なしてじゃろうかと思いつつ、ワシは少し慎重に運転することにしました。

 まだ夕方で明るいしあと1時間もあれば豪雪地帯の徳佐を抜けて津和野に降りることができるし、大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせていました。

 いちばん気になるのが5年目のスタッドレスタイヤでした。でもブリザックだし、今でも雪道をガンガン走っているし、さっき試しにブレーキ踏んでみたらきっちり止まったし。さすがBSのブリザックじゃのう、あのとき無理して買ってよかったのうと思いながら、その後は特に不安もなく走っておりました。

 そいで持って、途中でトイレ休憩とコーヒー買いに道に駅に寄りました。

「おお寒い寒い。」と震えながら暖かいコーヒーを握りしめてクルマに乗ろうとしたそのときでした。

 ワシは何気にフロントタイヤを見ました。それでそこの「4414」という文字を本当に何の気なしに確認しました。

「4414」って?

 ご存じだと思いますが、これはタイヤの製造年週を表している表示ですよね。「4414」とは「44週目2014年製造」ということです。

「えっ」

 ワシはクルマに乗ってコーヒー飲みながら頭の中違和感を整理しました。


 このキューブは今年10月が2回目5年目の車検じゃから間違いなく「2017年製」よね。このスタッドレスタイヤもそのとき買ったから、しかもワシはタイヤ買うときに必ず製造年を確認するし、製造年を明示していないショップからは絶対に買わないようにしているし、タイヤが届いたらまず製造年を確認してから取り付けるようにしとるし・・・。

 じゃからこのタイヤが「2014年製」って絶対にあり得ないでしょう。

「なしてじゃろうか。」


 ワシは運転しながらものすごく考えました。

 なしてそうなったのかよりも今の現状の危機感についてです。

そいでもって「2014年製」ならもう「8年目」ちゅうことじゃあないですか。「8年目」ってもうスタッドレスとしての性能を維持できていないちゅうことですよね。

 そういうことに気が付いたワシは、急に今みたいに凍りかけた雪道を普通に走っていることが怖くなりました。

「そういえばなんか滑っているような気がするのう。」

「なんかさっきブレーキが効かんかったようなきがしたのう。」

「もうすぐ津和野の下り坂じゃけど止まらんようになったらどうしよう。」

とか不安が急に頭に浮かび始めて、悪い予感しかしません。ワシはものすごく慎重に運転することにしました。

 知らんかったら、さっきまではなんちゅうことはなかったのですが、知ってしまったので、小心者のワシにとって「知らぬが仏」とはまさにこのことでした。


 夕方の7時過ぎになんとか無事に、スリップしてぶつかることもなく家にたどり着きました。さすがブリザックじゃなあと改めて感心しました。8年落ちでもなんとかなった。さすがレボGZ。良かったよかった。

 ホッとすると同時にものすごく気を遣っていらん事まで考えてものすごく疲れていました。

 でも気にしいのワシは懐中電灯を手に、もう一度タイヤを4本とも確認しに行きました。

確かに「4414」です。「4414」

2014年の44週目製造で間違いありません。8年経過。


 ワシは再び頭の中が「?」でいっぱいになりました。あり得ないことでしょう。あり得ないでしょう。ワシは必死でこの不可思議な現象について考えました。


 2014年にこのタイヤを買ったということか。

 2014年ちゅうたら前のキューブを買った年じゃね。

 前のキューブは2回目の時に下取りに出して、妻のクルマを買ったんよね。たしか。

 今乗っているキューブは、ワシの乗っていたエアブルーのZ11キューブのCVTが壊れて仕方なく買い替えて、それが2017年じゃったよね。

 つまりZ12キューブが2台あったときが確かにあったといえばあったよね。

「2014年製のスタッドレスタイヤ?」

「本来なら2017年製のスタッドレスタイヤのはずよね・・・?」

 ワシはそのとき、はっとしました。

 たぶんですが、ワシは前のキューブを下取りに出すときに車庫にあったスタッドレスタイヤも一緒に積んで出したという記憶はあります。

年式の違うZ12が2台あって、当然車庫にはZ12用の年式の違うスタッドレスタイヤが二組あったちゅうことですよね。


「もしかしたら・・・。」

 ワシは新しい方の2017年式のスタッドレスを下取りに出してしまったんじゃあないじゃろうか。そんなばかな。でもそう考えるとぴったりくる。この2014問題もすっと解決する。

 ちゅうことは今はいているスタッドレスは2014年製の古い方のキューブのタイヤで、ワシはそんな古いタイヤをはいて威張ってこんな凍りかけた雪道を走っていたんか。ワシは本当に背筋がゾッとする思いでした。

 知らなかったら良かった。気づかんかったら良かった。そうしてあとひと月して4月の点検で夏タイヤに交換したらそれで何事もなく終わったことなのに。


「知らぬが仏」とは本当によく言ったもので、ワシは今回の件でそういうことってとても大事なんじゃないかと思いました。

 もう毎年人間ドッグに行くのはやめよう。嫌なことは知らんふりして過ごそう。緊急性がないことについてはじっくりと考えて行動しよう。それからもし思い通りにいかないことがあっても「それが運命」なのだと自分に言い聞かせて焦らず悲しまず残念がらず、残り少なくなった人生をのんびり生きていこう。

その方がきっと楽。絶対に損はしない。

 ワシは今回の件でそこまで悟って、身の安全には代えられないのでキューブをしまって、車庫から4WDで新しいスタッドレスタイヤのついたハスラーを出して、この冬が去っていくのをじっと待とうと心に決めたのでした。






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クルマについてのエトセトラⅡ 詩川貴彦 @zougekaigan

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