2-4 ハートピンク出陣 魔法少女は助けに来ない

「部活?」

「そう、イズミはどうしてるのかと思って」


 連休合間の月曜日。

 ゴールデンウィークに水を差すような平日の放課後に、サクラはさっさと帰ろうとしていたイズミをとっ捕まえて聞いていた。

 迷惑そうな顔をしているイズミだが、無視はせずに答えてくれるあたり親交が深まったのを感じる。


「演劇部だけど」

「へぇー……何するの?」

「……興味ないなら聞かないでくれる?」

「そ、そういうつもりじゃないよ。ただ、ほんとに何するのかわかんなくて!」


 意外なあまり軽く呆けた返事になってしまったため、イズミは気に障ったらしい。

 サクラが大きな身振り手振りで弁解すると、それがおかしかったのか、すぐに機嫌を取り直した。


「舞台でお芝居するだけ……といっても、そのために死ぬほど準備するのが活動内容」

「どういう準備があるの?」

「発声練習に体力づくり、演目と配役決め……ああ、衣装や小道具も用意したりね」

「すごい、なんかワクワクするね!」

「……まぁ、ほとんど雑談で終わることもあるけど」


 そうは言いつつも満更でもない表情のイズミ。

 サクラも何故か、そうしたイズミを見ると嬉しさを感じてしまうが、ふと疑問が湧いた。


「あれ? でも、部活なんて行ってなかったよね?」


 発言してすぐにイズミの眉が不愉快そうにつりあがるのを見て、サクラはしまったと後悔した。

 察しの通り、イズミは声のトーンを数段階は落として顔をそむけた。


「サクラには関係ないでしょ」


 スパッと話を一刀両断したイズミは、言葉が出ないサクラに目もくれず立ち去った。

 取り残されたサクラは、踏み込みがちな自身のコミュニケーションを反省して肩を落とした。


「……ん?」


 視線を感じて振り向くと、上級生らしき女子生徒と目が合った。

 サクラに気付かれたとわかった女子生徒は、迷いのない足取りでつかつかと歩み寄ってくる。


「魚住さんの知り合い?」

「えっ、はい……」


 いきなり語勢の強い問いかけをされ、サクラは少々面食らった。

 目鼻、顔立ちのはっきりした背の高い美人で、面と向かっているだけで圧が強い。


「あなた一年生よね? 魚住さんとはどういう関係なの?」

「え、いや、というか、どなたでしょうか……?」


 まさか、一緒に戦隊として悪と戦っていますなんて言えないので、とっさに質問で切り返す。

 相手は答えなかったことに不満そうな顔をしつつも、律儀に名乗った。


「二年、白鳥ヒカル。魚住さんとは部活が同じなの」

「演劇部の……?」

「そう」


 演劇部所属と言われると、なるほどと言わざるを得ないほどの容姿である。

 イズミを和風美人とするならば、ヒカルは洋風美人。

 理知的で自信たっぷりの大きな瞳が印象的な、目立つタイプの美女だ。


「サクラです。イズミ、さんとは……校外活動で一緒になって」

「校外活動? 何してるの?」

「ボランティア……みたいな」


 まさしく、金銭的な報酬のない平和維持活動である。嘘は言っていない。

 嘘ではないが、ヒカルはサクラの言葉を疑わしげな面持ちで捉えた。


「ボランティア? 彼女が?」


 本人にそのつもりはないのだろうが、一言の重みがプロボクサーのストレートなみに鋭い。

 サクラはまじまじと見つめられるプレッシャーから縮こまってしまうが、その様子が逆に信用させたらしい。

 ヒカルは「まぁいいわ」と話を切り上げた。


「彼女、部活に出れないほどボランティアに熱心なの?」

「えっ、まぁ、最近はよくやってくれていると思います」


 イズミが聞いたら何様だと言われかねない言い草で、サクラは冷や冷やしながら答える。

 ヒカルは納得しがたいといった表情で腕を組みながら、思い悩むように目を細めた。


「……そうなのね」


 その仕草はヒカルの強烈な印象とは程遠いものに感じられ、サクラは不思議に思った。

 ヒカルはすぐに気を取り直し、華麗なスマイルをサクラに送り、颯爽と礼をしていった。


「よければ彼女に伝えてちょうだい。

 部活に戻る気があるなら歓迎するって……わたしが言っていた、と」

「は、はい!」

「感謝するわ、じゃあまたね」


 だいぶ話し込んでいたらしく、サクラは一人ぽつんと生徒玄関に佇んでいた。

 失礼ながら、イズミは部員と揉めて部活から遠ざかったのだと思っていたので、ヒカルの歓迎するという言葉は意外だった。

 イズミも演劇部の活動自体は嫌っているようではなく、むしろ楽しそうですらあった。


(何かすれ違ってるのかなぁ……)


 人間関係とはままならないものだと、ひと気のない玄関で物思いに耽っていると――


『サクラ、サイケシスが現れました!』


 ――シシリィからの交信が思考を中断させた。


「どこ!?」

『商業地区の西側です。

 急いでください、いつもよりノロイーゼの数が段違いです!』


 普段より焦るシシリィの声が緊急事態であることを告げ、サクラの脳を刺激する。

 サクラは靴箱に鞄を押し込み、魔法による脚力強化ですぐさま駆け出した。

 シシリィからの情報とビートリングの発信を頼りに、サイケシスの出現場所へと急ぐ。


「変身ッ!!」


 名乗り口上も省略し、ハートピンクへと変身したサクラは屋根伝いで飛ぶように現場へと向かった。

 考えたいことは山ほどあるが、今はとにかくサイケシスの撃退が最優先である。

 戦闘モードにスイッチしたサクラは、遠目にノロイーゼに囲まれるレッドを視認した。


(ヒナタさん来るの早いっ……囲まれてるけど)


 参戦能力だけならサクラよりも上かもしれないヒナタは、多数のノロイーゼに苦戦しているようだった。

 ヒナタは多勢に無勢で全力を出し切れておらず、それが幸いしてか突っ込みすぎることもなく、なんとか耐えている状況だ。


(まだ遠い……撃ったほうが早い!)


 最前線まで数百メートル以上の距離がある。ヒナタの抗戦はいつ崩壊してもおかしくない。

 サクラは即座にハートシューターを構えて、砲撃の体勢をとった。


(間に合って……!)


 ヒナタの四方、どこか一つだけでも風穴を開ければ退路ができる。

 ――しかし、背後から迫る凄まじい殺気に、サクラは回避行動をとらざるを得なかった。


「――っ!?」

「よォ、いい反応するじゃねェか」


 振り返った先には汚れた白衣の大男、オーバードがいた。

 巨体に似合わないスピードで繰り出される拳は、人間の筋力を明らかに凌駕している。

 リーチを活かした大振りな攻撃をかわすには、集中してかからなければいけない。


(これじゃヒナタさんの援護ができない!)


 魔法少女としてパラノイアと戦っているときは個人戦で、仲間という存在はいなかった。

 攻め手としては数がいることは利点だが、守り手としては同数の攻撃される対象が増えることになる。

 サクラがここで捨て身の援護をすれば、オーバードの攻撃をまともな防御もできずに喰らうことになる。

 ヒナタは危機を脱するかもしれないが、サクラは致命傷を負うだろう。

 刹那、様々な判断材料が頭の中を駆け巡り、サクラは決断を下した。


「――それでもやるっ」

「正気か? ヤツを助けるメリットに対して、テメェが負うリスクがでかすぎるだろ」


 呆れながらもオーバードは振りかぶってサクラを狙う。

 サクラは回避も防御もせずに、ヒナタの突破口を作るためにハートシューターを構えた。


「サクラ!」


 とっさの声に対応できたのは奇跡かもしれない。

 サクラが武装解除してオーバードの攻撃をなんとか受け止めたと同時に、水流がノロイーゼたちを綺麗に洗い流していった。

 目線で追うとイズミがヒナタをフォローする体勢に入っており、苦しい二者択一の状況からは抜け出せたようだった。


「あんたはそいつに集中して! 相手できるのあんたくらいなんだから!」

「ありがとう、ブルー!」

「カラーで呼ぶのやめて、ハズい!」

(えっ、恥ずかしいんだ……)


 変身後は名前で呼ばないものと思っていたサクラは、若干の衝撃を受けながらもオーバードと対峙する。

 思惑を崩されたであろうオーバードを見ると、余裕――というより興味を示すように口元を歪ませていた。


「いい手応えだ。テメェにはノロイーゼたちが世話になってるぜ」

(何をそんな初めて会うみたいに……あっ)


 サクラはすっかり勘違いしていたが、オーバードと前回会ったときは魔法少女の姿だった。

 戦隊ハートピンクとして遭遇するのは今回が初めてで、初対面というのは間違いではない。

 ややこしいと思いつつも正体バレは魔法少女のタブー、敵ならなおさら教える義理はない。


「ピンキーハートから聞いてるんだから!

 ノロイーゼたちを使って心のエナジーを人々から奪うなんて、絶対許さない!」


 しれっと魔法少女とは別人だとアピールをするサクラ。

 ゴーグル越しに値踏みするような視線を浴びせるオーバードは、乱暴な口調で嘲笑った。


「ピンキー? アァ、あの女はそういうのか。ピンク同士、知り合いってわけか?」

「そうだよ。お互いに助け合ってるんだから」


 お互い、というより自助努力である。

 オーバードは興味深そうに低い唸り声を響かせ、間合いをはかるように睨みをきかせた。


「つまりテメェをヤレば、ヤツは助けにくるってことだな?」


 どうやらオーバードはピンキーハートに興味があるらしい。

 サクラは不気味な疑念を感じたが、そのことを問うたところで意味はない。

 どうせ、やられたところでピンキーハートが助けに来ることはないのだから、答えは簡単だ。


「負けるつもりはないから、助けには来ないよ」

「――ハッ、ほざけっ!」



     + + +



 イズミはいい加減にうんざりしていた。

 ノロイーゼの軍勢は押し流しても押し流しても、何度も這い上がってくる。そのしぶとさは称賛に値するほどで、雑魚戦闘員にしてはタフすぎる。

 そして、そのたびに追い討ちをかけようと突撃していくヒナタ。そのしつこさは熱血レッドではなく陰湿ダークレッドである。


「待った! あんた、前に出すぎ!」

「しかし、これではいつまで経ってもトドメがさせないぞ!」


 ヒナタの言うとおり、倒してもキリがない膠着状態に陥ってしまっている。

 オーバードの実力を肌で感じたことのあるイズミは、一刻も早くサクラを助けに行くべきだと焦った。

 サクラが自分たちより強いとはいえ、一人で戦っていい相手ではない。


「わかってる。いいとこ切り上げてサクラに加勢してやんないと……」

「切り上げる? 何を言っているんだ。ノロイーゼを倒さないと被害が出るんだぞ!」


 ノロイーゼたちは人々から心のエナジーを奪う。

 戦いが終われば壊れたものは元に戻るが、エナジーは奪ったノロイーゼを倒さなければ戻らない。

 ヒナタの言葉は正論だが、イズミは納得がいかなかった。


「だからって、戦隊仲間を放っとくわけにはいかないでしょ!」

「オレたちはヒーローだ! 襲われる人々を見過ごすわけにはいかない!」

「っ、このままジリ貧でやってる間にサクラがやられちゃったらどうするわけ!?」

「大丈夫。ピンクなら絶対に負けないさ!」


 無駄に爽やかな声が癇に障り、イズミは反論する気概が失せる。


「……ほんっと、根拠のないヒーローの理想論って嫌い」


 イズミはヒナタを放置していこうかとさえ思ったが、さすがに理性で踏み止まった。

 結局、こちらをなんとかしないとサクラが集中して戦えないことに変わりはないのだ。

 必死に冷静さを保ちながら、切り抜ける方策を探し続ける。

 そのとき、ヒナタが横でソウルシューターを構え、力を溜め始めた。


「うおおおおっ! ソウルシューター、ボルカノンモード!」

「熱っ!? ちょっと、そんな危ないの至近距離で撃たないで!」

「こ、広範囲かつ高威力なんだが……」


 火砕流を噴出する火力抜群の攻撃だが、制御が甘く、イズミにまで被害が及んだ。

 先日もメイカを巻き込んでいたことを思い出し、イズミは苛立ちを覚えた。


「いくら強くても味方に被害が出たら意味ないでしょ、わかる?」

「ヒーロースーツは自身の攻撃に耐性があるみたいなんだ。

 オレなら炎に強いし、イズミちゃんなら水に……」

「そんなこと聞いてないし、自分以外が危ないことに変わりないじゃん。

 あんた、一人で戦ってんじゃないことわかってんの?」

「あ、あぁ……もちろんだ」

「なら勝手なことしないで」

「だが、このままではジリ貧だと言ったのはイズミちゃんだぞ」

「――だから!」


 反論する姿勢を見せたヒナタに、一度は耐えたイズミの理性が沸騰しかけた。

 それが吹き零れずに済んだのは、まだ馴染みのない親しげな男性の声が聞こえてきたからだった。


「どっちも正しい、正論だ。でも正論は正義の言葉じゃない」


 声のした方向から戦隊のグリーン、ダイチが現れ、仮面越しでも伝わる軽薄さで歩み寄ってきた。

 ぽかんとするイズミとヒナタの雰囲気を感じたのか、ダイチはやや照れくさそうに頭をかいた。


「あー、年取ると説教臭くなっていかんな……ともかく、正しさってのは人によって変わるが、真実は一つだ。小学生の名探偵も言ってたしな」

「……冗談言ってる場合?」

「まぁ、そうだな。ただケンカしてる場合でもない」


 スッとダイチが示した先では、ヒナタの攻撃から逃れたノロイーゼがのっそりと動きだしていた。

 イズミは納得せざるを得ない意見に矛先を収め、不服ながらもダイチの参戦に感謝した。


「来てくれて、ありがと」

「なーに、騒ぎが大きくなって仕事どころじゃなくなっただけだ。

 でも、こいつら倒したら何もなかったことになるんだろ? 抜け出した言い訳が必要で困ってるところさ」


 仕事優先で参戦が少ないダイチだが、言い分が理解できるだけヒナタよりマシだとイズミは思った。


「そうだ! 三人もいるなら合体技とかでなんとかなるんじゃないか!?」


 少なくとも子供みたいなことを言い出すレッドよりはマシだと、イズミは心底思った。


「そうだ! じゃない。ほんとなんなの」

「いいんじゃないか?」

「えっ」


 嘘でしょ、と酷いものでも見るような顔をヒナタからダイチにスライドさせるイズミ。

 そんな様子にダイチは苦笑しながら、なだめるような口調で説明をする。


「現状、物量に押されてるんだから、こっちも物量でぶつかるしかない。

 それなら手数を増やすのが手っ取り早いから合体技というのは言い得て妙だと思ってな」

「そんな単純なことでうまくいく……?」

「まぁ、試したわけでもないから失敗するかもしれん。

 ――水蒸気爆発って知ってるか?」


 イズミはなんとなく残念な結果になるフラグを感じた。

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