1-5 グリーン登場! 大人は正直、嘘つかない

 月曜日、出動一回。戦隊。

 火曜日、出動二回。魔法少女と戦隊。

 水曜日、出動なし。貴重なお休み。

 木曜日、出動二回。魔法少女と戦隊。

 金曜日、出動一回。戦隊。

 土曜日、出動一回。魔法少女。

 日曜日、出動二回。魔法少女と戦隊。




 先週のサクラの出動回数と内容を簡単にまとめたものである。

 これに私生活諸々が合わさるとなると、なかなかの負担となる。

 魔法少女側、つまりパラノイアの出現頻度や傾向はなんとなく把握している。

 平日の午後や休日が多く、午前中や平日に連続しての出現はあまりない。

 サクラはこれまで深く考えたことはなかったが、おそらくノワールが出られるように調整しているのだろう。

 ノワールの正体が同年代の少女だとすると、サクラと同じく学校生活に縛られるはずだ。


 それに比べて戦隊側、サイケシスの動向は分析できるほどの戦歴がない。

 無理やり見出すならば、平日も休日も関係なく、連日連戦があるところだろう。

 時間帯も朝や夕方などまちまちで、夕方の出現はパラノイアと被ることもあって困りものだ。

 いまだに出てくるのは戦闘員ノロイーゼばかりで、幹部の姿が見えないことも気にかかる。




「と、ゆーことで、現状を変えないとヤバいんだけど」

「……ふむ、まとめていただき感謝します。これはサクラが?」

「そうだよ、頭の良い友達に言われたんだ。どうして忙しいのか、それを考えることから始めることね、って」

「原因を探るには合理的な手段ですね」


 サクラとシシリィはある日のサイケシスとの戦闘後、ヒナタと解散した後で作戦会議を開いていた。

 議題はもちろん、サクラの二重ヒーロー生活を改善しよう、である。

 わりとマメに書かれた綺麗な文字で埋まったノートを覗きながら、シシリィが唸る。


「連戦が続くのは、ずばり幹部が不在だからでしょう。

 戦闘自体は対処しやすいですが、供給が止まらないので長引くというわけです」

「そもそもサイケシスにも幹部っているの?」

「ええ、前の戦いでも仮面をつけた子どもが確認されています」

「子ども?」

「外見は子どもですが、笑いながら星を破壊するような残虐性を持つ相手です」


 やはり雑魚戦闘員だけで終わるような組織ではなかったらしい。

 普段、サクラはパラノイアのような『世界を混乱に陥れる』なんて掲げておきながら、自分が混乱して自滅するような組織を相手にしている。

 心のエナジーを得るためなら星をも滅ぼし、それを楽しんですらいる敵との戦いは初めてだった。

 サクラは深刻になりすぎないように頭を振るい、「よしっ」と気合を入れた。


「とりあえず、幹部を倒していけばオーケーだよね」

「それが今できることですね」

「そうなると、やっぱり今のままでは不安だなぁ」


 どうしても問題はそこへ帰結し、サクラとシシリィは頭を悩ませる。

 しかし、解決法は最初から目に見えているわけで――


「戦隊が五人ちゃんと揃えばいいんだよね……」

「そうですね……」


 そもそも戦隊が二人しか戦っていないのが、サクラの負担増の要因だ。

 せめて、レッド一人なんて状況にさえならなければ、魔法少女活動に時間を割くこともできる。


「どうなの、他の三人は?」

「何度かコンタクトは取っているのですが、私生活が忙しいことを理由に避けられているように思います」

「わたしだって忙しいけど」

「本当に感謝しています。サクラは苦労性……いえ、良い人ですね」


 シシリィはサクラが顔をしかめるのを見て、言葉を選びなおした。

 良い人ならともかく、都合のいい人にされたくないサクラは、声を大にして言った。


「わたしに直接話させてよ!」

「えっ、他のメンバーとですか?」

「うん、ちゃんと話せばわかってくれるよ」

「わたしも丁寧に説明していますが」

「星霊として、でしょ。人間はそれだけで動くほど単純じゃないよ」


 シシリィはうーんと考え込み、サクラの言い分ももっともだと頷きながらも忠告を挟んだ。


「確かにこのままわたしが説得を続けても効果はないかもしれません。

 サクラが直接話すのは成否に関わらず、なんらかのショックが期待できます。

 ただ、本末転倒ではありませんか?」

「えっと、何が?」

「本来、戦士たちのサポートはわたしの役目です。

 それをサクラが担うというのは、負担を減らすどころか増やすのでは……」

「減らすために、今頑張るんだよ!」

「サクラがそう言うのでしたら、お願いしましょう」


 今後、スケジュール的に空きがありそうな日に戦隊の他メンバーと会うことを決めた。

 問題は話し合いの日取りすらアポが取れないため、アポなしの直撃訪問になってしまうことだ。

 また、シシリィだけなら姿は黒猫だし、テレパシーが使えるので話すことに支障はない。

 しかし、サクラが行くとなると、本来は面識のないはずの人物に女子高生が会いに行くという不可思議な状況になる。


「ともかく、やってみないことには始まらないよ」

「サクラのそういうところがヒーローに向いていますね」

「かけ持ちするほどね……」



     + + +



 ある日の放課後、サクラは受付のお姉さんと向かい合っていた。

 両者、緊張と不安の面持ちで相対しているが、その心情はまったく異なる。


(どうしよう……めっちゃ怪しまれてる)

(野々原さんに娘さんがいるなんて初耳だけど……)


 サクラはグリーンに会うため、彼が働いている会社に突撃した。

 迷惑なことは承知の上だが、悠長な手段など選んでいられる状況ではない。

 面会の段取りさえつけば、休日に家に押しかけるよりは会わざるを得ないはずだ。


 サクラはグリーンの娘の友達で、頼まれて父親への用事を伝えに来たという設定だ。

 グリーンに娘がいることはシシリィからの情報で聞いている。

 嘘は嘘でも、真実を混ぜた嘘は信憑性があって見分けるのが難しいはずだ。

 しかし、難関と思われた受付は、やはり簡単にはいかなかった。


「失礼ですが、そういう話は伺ってないんですけど……?」

「急な話でして!」

「そ、そう……娘さんの友達だとわかるものはある?」

「が、学生証でいいですか!?」

「うーん、あなたの学生証を見せられても……」


 お姉さんを困らせてしまっているが、サクラのほうもかなりテンパっている。

 基本的に嘘などつかないタイプなので、演技とはいえ騙していることを心苦しく思ってしまう。

 身振り手振りが大きくなり、声の調子も上ずっている。

 それがまた怪しさを助長させる原因ではあるのだが、サクラは気付いていない。


「どんな用事か、教えてはくれないのかしら?」

「友達との秘密なので!」

「……電話とかじゃ駄目なの?」

「駄目だそうです!」

「……今じゃないと?」

「駄目なんです!」


 受付のお姉さんはつないでいいものか、判断に迷っている。

 だが、相手が高校生とはいえ子どもであることと、自分で考えてもラチがあかないと思ったのか、受話器を手に取った。


「あー、野々原さん。受付までお越し願えますか?

 娘さんのお友達という方がいらっしゃっていて……」


 やった、とサクラは胸の中でガッツポーズを決めた。

 会えば後はなんとかなるだろうと、山場を乗り越えた気分で一息つく。

 落ち着いてみると、オフィスの受付にいるという状況が不思議に思えた。

 妙にドキドキした気持ちで待っていると、奥のほうから背の高い男性が現れた。


「いやぁ、悪いね。うちのことで迷惑かけちゃって」


 グリーンと思われる男性が胸につけている社員証には、野々原ダイチと書かれていた。

 ダイチは背が高く細身で、どこかひょろっとした柳のような背格好をしている。

 顔つきはやる気のなさそうなおじさん、といった感じだったが、目つきが鋭く、三白眼気味だった。


「……野々原さん、娘さんがいたんですか?」

「まぁね、中一になる子が。まだケータイ持たせてないんだ」

「あっ、それで……」


 納得したように頷いた受付のお姉さんがサクラのほうを見て優しく微笑む。


(あ、これ中学生だと思われてない?)


 サクラとしては遺憾であり訂正すべき案件なのだが、それをすると苦労が水の泡になる。

 己のプライドを必至に押しとどめていると、ダイチが渋い声でサクラに声をかけた。


「やあ、君がうちの娘の友達?」

「は、はいっ! ちょっとお話があります……グリーンのことで」


 詳しいことはここでは話せないが、それだけで伝わるはずだった。

 実際、ダイチの視線がサクラの腕につけたリングへと移り、口もとをニッと歪ませた。


「外で話そうか」

「ありがとうございます。お仕事は大丈夫ですか?」

「ああ、午後の休憩にちょうどいい」


 そう言ってダイチがサクラを連れ出したのは、すぐそこにある自動販売機だった。

 千円札を入れて、サクラに「何か飲む?」とたずねてきたので、とっさにミルクココアを選んだ。

 ダイチも缶コーヒーを買い、二人でささやかな休憩タイムとなった。


「はぁー……お話、ちょっと長くなるかもしれませんけど、ここでよかったんですか?」

「三十過ぎた男が制服の女子を連れて、どこへ行けってのよ」

「カフェとか……座って話せるならどこでもいいですけど」

「……そういうことじゃないんだなぁ」


 ピンときていないサクラの様子に苦笑しつつ、ダイチはぐいっと缶コーヒーを空けた。


「それでオレになんの用事? 娘とは関係ないんだろ」

「嘘をついてごめんなさい。わたしは桃瀬サクラ、十五歳で、戦隊のピンクです」

「……高校生?」

「そうですけど」

「娘の中学じゃないことはわかってたけど、高校生かぁ」


 サクラの年齢に少し眉をつり上げて驚いたダイチだったが、すぐに落ち着きを取り戻して唸るように言葉を反芻する。

 その態度にカチンときたサクラは、ちょっとキツめに声を張り上げた。


「中学生だと思いました?」

「……いや、子どもでも戦わされんのか、って思ってさ」


 可哀想なもののように見られていると感じて、サクラはキュッと胸が締めつけられる思いがした


「そんなんじゃありません! ……あ、いや、強制されてるわけじゃないんです」


 声を荒げたサクラだったが、これから話し合うというのに熱くなりすぎたとクールダウンする。

 ダイチもそんなサクラの様子を見て、反省したように視線を落とす。


「悪いね。そうだよな、じゃなけりゃ、オレみたいなのが許されてるはずないもんな」

「いえ……その、とりあえずお話を聞いてもらっていいですか?」

「いいよ。好きに話してくれ」


 サクラは地球がおかれている状況の危険度や戦隊活動の必要性を必至に説明した。

 今、誰かがやらなければいけないことで、その誰かは自分たちしかいない。

 ただの熱血や精神論ではなく、必要だからという正論で話すように気をつけた。

 ダイチはいくつか現代の常識にそぐわない事象について質問したが、それ以外は静かに話を聞いていた。


「……巻き戻しねぇ、それで頻繁にお呼びがかかるほど襲撃されてるわりに、騒ぎにもならなきゃ被害もないってわけね」


 星の記憶による巻き戻しの説明をした際、首裏に手をやりながらダイチがぼやいた。


「信じられませんか?」

「今更そこを論じたって仕方ないさ。

 だがまぁ、そこがオレが行かなくても平和じゃんか、っていう言い訳にはなってたな」

「言い訳?」

「星の侵略危機って脅かしたわりに、世間は平和だろ?

 オレがいなくてもなんとかなるなら、給料の出ない危険なボランティアなんて嫌だよ」


 ダイチの言い分は身も蓋もないものだったが、心情はサクラにも理解できた。

 画面の中の戦いの音が、窓の外から聞こえ出さない限りは、人は本気になれない。

 サクラだって人よりもちょっと大きな正義感を刺激されたから、戦隊になると決めたのである。

 自身の領分を侵されないのに戦おうとする人なんて、そうそういるはずもない。


「戦隊が揃わないと、近いうちになんとかならなくなります。

 一緒に戦ってくれませんか?」


 それでもダイチは理解してくれたはずだと、サクラは真摯に頼み込んだ。

 とりあえず頷いたダイチだったが、口を開いて飛び出したのは曖昧なニュアンスの否定だった。


「うん、まぁ、難しいよな。

 君のような子が戦っていて、オレがいないとヤバイってんなら、それを断るのは大人としてできない。

 だが、命を張れるほど無茶もできない。日々の生活をかけてまで、他人は救えない」

「でもそうしなきゃ、生活自体が危ないんですよ!?」

「今だって危ないさ、上辺を維持するので精一杯だ。

 根っこから覆るって言われたところで、なんとかする余裕なんてない」


 真っ向から否定するでもなく、理解を示した拒否にサクラは何も言えなかった。

 ダイチはどこか覇気のない口調を崩さずに、慰めるように言った。


「まぁ、絶対やらないというわけじゃない。

 こんな話を聞いちまった以上、オレにも罪悪感ってやつはあるからな」

「来て、くれるってことですか?」


 罪悪感で戦われるのはなんともやるせない気がしてならなかったが、サクラはそこを正せるほどのパワーはなくなっていた。

 正直な意見に気力ゲージを減らされており、ただ不安を確認したいだけの質問をした。


「約束はできないからな。

 君が戦っていることを判断材料の一つにするだけだ」

「……それでも、ありがとうございます」


 言質というほど確かではないが、絶対に来ないというわけではない。

 それだけでも一歩前進だと自分を励ましたサクラは、そそくさと立ち去ろうとした。


「待った。あー、これでいいか、名刺」

「名刺……? あ、どうも。受け取り方合ってます?」

「マジメだなぁ……損するよ?

 とにかく、次から連絡はそこの番号によろしく」

「ビートリングの装着者同士は、これで連絡できるそうですけど」

「いやいや、最先端か古代か知らんけど、そんなファンタジーな通話手段は人前じゃ使えないから」


 それもそうだとサクラは素直に名刺をポケットにしまった。

 別れ際、ダイチが言いづらそうなことを話すときのように、目を細めて言った。


「せっかく来てくれたのに、なんだか悪かったね」

「いいえ、きっぱり断られなかっただけマシなんだと、思います」

「あんな緊張して嘘ついてまで、穏便に会おうとするやり方は嫌いじゃないよ。

 無理を通せるほど、オレも若くないから」

「ありがとう、ございます?」

「嘘をつく才能はないから、他のやつらにも話をするなら、手段を考えたほうがいいな」

「……肝に銘じておきます」


 ダイチは手を上げて軽く挨拶し、会社の方向へと戻っていった。

 サクラが今日は帰ろうと歩いていると、ふらりとシシリィが姿を現した。


「様子を見てましたが、好感触でしたね」

「そう見えたの? やっぱりシシリィはちょっとズレてるよ」


 首を傾げるシシリィを横目に、サクラは溜息をついた。


「わたしって、まだまだ子どもだなぁ」


 ちょっとだけ愚痴をこぼし、サクラは前を向いた。


「ねえ、イエローのこと詳しく教えてよ!」

「急にどうしたんですか……?」

「次の作戦を練らなくちゃ!」


 ダイチに最後に言われた言葉は、大人の優しさだったのかもしれない。

 それでもサクラは純粋なアドバイスだと信じて、諦めずにやり抜こうと誓った。

 なかなかへこたれないサクラに触発され、シシリィも嬉しそうに声を弾ませる。


「やる気ですね……! もちろんですとも!

 イエローは名家のお嬢さまで、後ろ髪がもっさもっさの縦ロールで……」

「あ、もういい……明日にする……」


 ガツン、ゴツンと放たれるワードの圧力に、サクラの気力ゲージは底をついたのだった。

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