1-4 正直しんどい! サクラの戦いの日々

「絶対負けない無敵の……って、いきなり突っ込んじゃ駄目だよ!?」

「どうしてだ!? 先手必勝、最大火力が絶対最強だろう?」


 ある日の星霊戦隊ブレイブレンジャー。

 突如として現れたノロイーゼと戦うために集結したのは、やはりレッドとピンクだけだった。

 やれやれと思いつつも名乗りを上げるサクラだったが、ヒナタは変身するや否や突撃をかましていた。

 慌てて引き止めたが、ヒナタは疑問に首を捻っている。

 サクラはお約束を説明するのもどうかと思ったが、なるべく納得しやすいように理屈もつけて話した。


「名乗り口上をあげないヒーローなんてヒーローじゃないよ。

 それに相手は集団で、こちらは二人。

 追い回して戦うよりは密集して戦ったほうが早くカタがつくでしょ」

「なるほど、そういうことか!」


 戦闘レベルに不安のあるヒナタを守りやすい、というのも一つの理由だったが、サクラはそこは伏せた。

 ヒナタは戦いのセンスは悪くないのだが、熱しやすく冷めにくい性格に難がある。

 不気味とはいえ人型のノロイーゼとの戦いに全力を出せるというのは、それだけで才能だ。

 攻撃する、というのは口では簡単だが、実践するには勇気と経験がいる。


「それじゃあ、名乗りから始めるよ」

「任しとけ!」

「すぅー……絶対負けない無敵のハート! ハートピンク!」

「熱血バンザイ真剣ソウル! ソウルレッド!」


『二人合わせて、星霊戦隊ブレイブレンジャー!!』


 ちゅどーん、と背後で爆炎の上がる効果音が聞こえたような気がした。やや弱火だが。

 それでも初めて戦隊同士の魂が同調したような感動にサクラは打ち震えた。


「これが……これが、五人でできればっ……!」

「言っても仕方ないさ、来るぞ!」


 二人の名乗り上げに反応したノロイーゼたちが一斉に襲いかかる。

 しかし、その攻撃のどれもがサクラには単調で、揃いのない一撃が順番に訪れるだけのように見えた。

 もっと数の利を活かした戦い方をすればいいのに、というのはこちらが言えた話ではないが。

 サクラが着実にノロイーゼを減らす一方で、ヒナタはさっそく窮地に陥っていた。


「し、しまった!」

「ハートシューター!」


 ある一体のノロイーゼに集中しすぎて、背後の敵に気付くのが遅れたヒナタ。

 そこを遠距離武器であるハートシューターで撃ち抜き、援護する。


「すまない、ありがとう!」

「いいよ、気をつけて!」


 ヒナタは目の前の敵に全力で集中できる一方、意図せぬ別方向からの攻撃に弱い。

 本人の資質であり、それが有利に働くこともあるので一概に悪いとは言えないが、改善したほうが身の安全にはつながる。

 メンバーが五人揃って、お互いにフォローし合える環境であれば、ヒナタはもっと輝けるし、サクラももっと自由に動けるのだが――


「あれが最後だな、とどめだ!」

「あ、ああっ、最後だからってやりすぎないで!」

「ソウルソード、クライマックスモードォォッ!!!」


 サクラの牽制も虚しく、ヒナタは全力でノロイーゼを打ち倒し、力尽きたのだった。




 こういった戦いを何度か繰り返していたが、シシリィの評価はサクラの思いとは裏腹に良好だった。


「二人でよくやっていると思いますが」

「その前提がおかしいんでしょ!?」


 やる気が空回りしがちで、電池の切れた子どものようになるまで全力で戦ってしまうヒナタ。

 それをフォローするサクラも戦闘中は常に周囲に気を張っており、経験値でカバーはしているが余計に体力を消費してしまう。

 魔法少女の活動と重ならなければマシだが、敵組織がそんなこと示し合わせているわけもなく、数回に一度は出動日が重なる。

 これが時間まで重なったら恐ろしいことであるが、幸いなことにまだその機会はなかった。


「限界だよぉ……やっぱり無理があるって」

「う、うーん……しかし、誰かがやらなければサイケシスは野放しになります」

「なんでそれがわたしなのー!」

「あ、ああ、尻尾を引っ張らないでくださいっ! 敏感なんですっ!」


 シシリィは逃げるように跳ね回り、サクラの手の届かないところまで離れる。


「まったく……文句があるなら口で言ってくれれば聞きますから」

「戦隊辞めたい」

「なるほど」

「……はい、聞きましたー。じゃないんだよ、切実なんだよ」

「あ、あああ、尻尾、尻尾!」


 追いすがって尻尾に手を出すサクラから逃げ回るシシリィの構図は、ヒナタが目を覚ますまで続いた。

 ヒナタも復活して本日は解散となり、シシリィは溜息まじりでサクラに言った。


「はぁ……わたしも鬼じゃありません。

 サクラが戦隊を続けられるように対策を考えておきます」

「お願いね。そうじゃないとわたし、シシリィの尻尾を効率的に掴む作戦を考えることになっちゃう」

「そんな暇があるなら休んでください」



     + + +



 また、とある日のサクラも戦っていた。

 ヒーロースーツではなく魔法少女の衣装で対峙するのは、郵便ポストヤングレーだった。


「ピンキーハート! よくもわたくしの計画を邪魔してくれたざます!」

「うるさい! 春期試験の合否結果をめちゃくちゃにして世間を混乱させようなんて、させないんだからっ!」

「くぅー、安くない受験費用を無駄にした学生たちや、合格を前提とされている新入社員の泣き顔を楽しむチャンスだったのにざます!」

「やることがせこいくせに結構あくどいんだよっ!」


 いつものようにアンダス婦人が繰り出す雑魚ヤングレーをとっちめて、郵便ポストを取り込んだヤングレーと戦うサクラ。

 白とピンクを基調としたひらひらスカートの衣装は、着慣れているだけあってしっくりきていた。

 構えているハートスタイラーも手に馴染み、一種の安堵感すら覚える。


「さあ、ヤングレー! 今度こそ憎きピンキーハートを地獄へ郵送してやるざます!」

「パラノイアなんかに負けないんだからっ!」


 郵便ポストヤングレーは口から紙を吐き出して攻撃してきた。

 つい先日の通学かばんと大差ない攻撃に、なんとなくがっかりしたサクラだったが、今日は一味違った。


「なっ!? はがき用紙だから、このあいだのテストの答案より硬いっ!?」

「オーッホッホッホ! その勢いでピンキーハート宛てに大量に送りつけてやるざます!」

「うわーっ、迷惑行為!」


 執拗なまでの大量郵便に埋もれつつ、反撃の機会をうかがうサクラ。

 しかし、はがきの一枚一枚をよく見ると、あることに気付いた。


「これ……途中から切手なくない?」

「な、なんざますと!? ヤングレー、ちゃんと料金は払うざます!」


 アンダス婦人が怒りながら指示すると、郵便ポストヤングレーはお金がないというように身体を横に振った。

 動揺するパラノイアの隙を見逃さず、サクラが郵便物の山から抜け出す。


「反撃だね、すべて返送してあげる!」


 一枚残らずはがきを郵便ポストヤングレーへと差し戻し、サクラはハートスタイラーに魔力を集め始めた。

 必殺技の気配を察したアンダス婦人は慌てて切手を準備しだしたが、もう遅い。


「サクラメントシュート!」


 吹っ飛んでいく郵便ポストヤングレー。

 散らばる切手をかき集めながら、アンダス婦人が慌てて逃亡の姿勢をとった。


「きょ、今日はここまでにしてやるざます!」

「させるもんか! もう一発、サクラメント――」

『サクラ! サイケシスが現れました!』

「とどめキャンセル! ちょっとタイム!」

「えっ!?」


 唖然とするアンダス婦人を放置し、サクラはテレパシーを飛ばしてきたシシリィと話し出す。

 「取り込み中なの、すぐ行くから、ちょっとだけレッドに頑張ってもらって」と口早に伝えると、汗を拭って気を取り直した。


「お待たせ、さぁ、とどめの……あれ」


 気付くとアンダス婦人の姿はなく、どこを見回してもパラノイアの気配はなかった。


「ど、どこにいっちゃったの……あ、痛っ」


 背中にこつんと小石をぶつけられたような痛みを感じて振り向くと、呆れたバッドノワールがそこにいた。

 腕を組んで怪訝そうに眉をひそめているが、普段よりも刺々しい感じはなく、まとう雰囲気は疑念が占めている。


「ノワール! あなたが逃がしたのね!?」

「違うわよ、バカ。自分で逃げたの。あなたが独り言呟いてるあいだにね」

「……うそ」

「……ほんと」


 パラノイアを取り逃がすことは情けないがいつものことだ。

 しかし、ノワールの邪魔もなしにまんまと逃げられたのは初めてだった。


「……わたしったら、なんてお粗末!」


 とんでもない始末にサクラが自らを責めている様子を、ノワールはジトーっとした瞳で観察していた。


「あなた、わたしに隠してこそこそと何か始めたの……?」

「べ、べつにノワールには関係ないよっ」

「関係あるわよ。どこの世界にとどめキャンセルする魔法少女がいるのよ」


 サクラは口を閉ざして、絶対に理由を言うまいというポーズをとった。

 ノワールは依然としてだるそうな瞳のまま、見抜くような視線を貫いていたが、やがて呟くようにこぼした。


「あなたが不甲斐ないと、わたしのストレス解消にならないじゃない」

「なんて言い方!」

「サンドバッグの砂が抜けたなら、詰め直さなくちゃ」

「まだ言った!」


 ふふ、と妖艶な笑みを浮かべて迫るノワール。

 サクラは身構えたが、ノワールはするりと横を抜けていった。


「ヒーローバカでお人よしのあなたが、魔法少女よりも優先することって……興味あるわ」


 サクラが振り返ると、すでにノワールの姿はなかった。

 風に乗って、消えるような小さな声だけが耳に響いた。


『……教えてくれないでしょうから、聞かないけど……』

「か、かっこつけちゃって……」


 グッと拳に力が入るサクラだったが、そのしれっとした対応が今はありがたい。

 ノワールに戦隊加入のことを明かせば、それがサクラの弱点となることは明白である。

 二重生活の上に、両陣営にまともに事情も話せない。

 サクラは重い頭を抱えながら、お呼ばれしてしまった戦隊の現場へと急いで舵を切るのであった。



     + + +



 また一方で、サクラは十五歳の女の子である。

 春からの新生活、高校生となったサクラは一気に増えた宿題と教科書の厚みに苦しめられていた。

 中学の頃から通う近所の図書館に併設されているカフェで、サクラは友人たちに愚痴をこぼしながら、ミルクティーをすする。


「シオンちゃん……わたしはもう駄目かもしれない……」

「いいよー、駄目になったらわたしが養ってあげるー」

「それこそ駄目よ、紫波さん」


 紫波(しば)シオンは、小学校の頃から付き合いのあるサクラの友人である。

 ゆるふわの天然ロングパーマで、性格もゆるくてふわふわした大らかな印象がある。


「黒咲さんは有名私立校で大変じゃないの?」

「大変、というのは一般生徒から見た評判でしょう。

 皆の大変が、わたしにとっての普通なのよ」

「わぁー、リンネちゃんかっこいいー」


 黒咲(くろさき)リンネもサクラの友人で、こちらは中学からの付き合いだ。

 真ん中で分けられたきちっとした黒髪のロングヘアに、理知的な鋭い目元が印象的な美人である。


 サクラの二人の友人は、魔法少女ピンキーハートの正体がサクラであることを知っている。

 親友ともいえるシオンには三年間も隠しとおせるはずがなかったし、リンネは鋭い直感でサクラの正体を見抜いた。

 そんなわけでリンネだけが進学校で別の進路となった今でも、放課後には自然とここに集まるのだった。


「あぁ、魔法少女が留年なんてしたら、ちびっ子たちに顔向けできないよ……」

「四月から悩むことじゃないわね」

「そうだよー。二学期の期末テストくらいから悩むことだよー」

「あぁっ、具体的な日にちを決めないで!」


 悩みの解像度を無駄に上げられて苦しむサクラ。

 勉強が辛い、なんて問題は誰しもが抱える悩みではあるが、魔法少女の活動があるサクラにはより重い課題となっている。

 更に、戦隊活動までのしかかってくるのだから、正義の刃が群れを成して襲いかかってくるようだった。


「魔法少女がそんなに忙しいの?」

「うん、それもあるんだけどねー……」


 シオンの問いかけに、戦隊のことを明かすか考えるサクラ。

 すでに魔法少女のことを知られているのだから、話したって構わないようにも思う。

 しかし、解決の見込みのない相談をしたところで心配させるだけだし、余計な不安を背負わせることになる。

 まさか二人を名前からとってパープルとブラックに勧誘するわけにもいかない。


(……シシリィなら検討しそうだし、話すのはやめよう)


 「ちょうどいいじゃないですか」とか言い出すシシリィの幻聴が聞こえて、サクラは冷や汗をかきながら戦隊の話を隠すことにした。

 いずれバレてしまうかもしれないが、話すのは今ではなくともよい。


「とりあえず、取り組む前から駄目だとか言ってられないよね。わたし頑張るよ」

「うんー、ふぁいと、おー」


 ゆるっとしたシオンの応援を受けてはしゃぐサクラ。

 リンネは鋭い視線を溜息とともに伏せながら、呆れるように呟いた。


「……頑張りすぎないといいんだけど」



     + + +



 白衣の大男が路地裏の暗がりに立っていた。

 薄汚れて、ところどころを薬品で染めたような白衣は、二メートルは超そうかという大柄の男が羽織ってもなおオーバーサイズだった。

 黒いマスクとゴーグルで顔の印象は判然としない。

 男はポケットに手を突っ込み、苛立ちながら何かを待っている。


「やぁ、オーバード。待ったかい」

「ちっ……無駄口はいい、なんの話だ」


 どこから現れたのか気配もなく唐突に、無機質な仮面をつけた子どもが男の前にいた。

 灰色の質素な服に、真っ白で目も鼻も口もない仮面をつけた子どもは、からかうような態度を見せた。


「いい話じゃないよ? メンタル様が早く心のエナジーを寄越せってさ」

「……この頃、やけに回収率が悪い。原因は調査中だが、じきに片付く」

「噂の星霊戦隊が本格始動したって話だけど」

「……くそガキが。知ってんなら聞くんじゃねェ」


 けらけらと笑う仮面の子どもは重量を感じさせない所作でふわりと壁に――真横に――座り込んだ。


「二人しか出てこない戦隊だってね? しかも、赤とピンク! バランス悪くない?」

「だから、調査中っつってんだろ。仕掛けて、後から戦力温存してたとなってもマズイ」

「まっ、図体に似合わず知性派なキミのことだ。うまくやれると信じてるよ。

 だって失敗なんてしたらメンタル様、失望しちゃうよ?」

「黙れ。てめぇは帰ってメンタル様のご機嫌でもとってろ」

「そうだね、誰かが失敗したときのためにも――」


 オーバードと呼ばれた大男が腕を振るうと、そこには子どもの姿は綺麗さっぱりなくなっていた。

 舌打ちをして、怒りを静めながら、オーバードは淡々と呟いた。


「データが足りねぇ。あと数回……三か四だな、このまま二人しか出てこねぇなら、そンときは――」


 カランカラン、と空虚な音を響かせて、空き缶がオーバードの足元へと転がってきた。

 オーバードは目線を下に向けたまま軽い舌打ちを繰り返し、唐突に空き缶を踏み潰した。

 バキンと強引な音を立てて、空き缶が薄っぺらな紙切れのようになる。

 己の行為に満足も不満も見せることなく、オーバードはその場を無感情に立ち去った。

 路地裏には、単位を一個から一枚にされた空き缶だけが、ひらり隙間風に舞っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る