第6話(最終話) 計画完遂
シオと婚姻届を書いてからはやくも7年の月日が経とうとしていた。
高校を無事に(?)卒業してから俺とシオは地元の大学、
高校3年生で進路を決めるときには、別の学部に進むために、シオには「シオがやりたいことができるところに進むべきだと思うよ」なんて嘯いてみたものの、当たり前のように「りっくんと一緒にいること以上にやりたいことなんてないよ」なんて返されて、それ以上言葉を紡げず、結局同じ学部に進学。
3回生から配属された研究室も同じだった。同じにさせられた。
大学に入ってからも周囲の人間のヤンデレ、というか狂気的な行動への理解の深さは変わらなかった。
いやむしろ悪化した。
なにせこの大学には、日本で唯一の学部、
なにを学問しているかと言うと、好きな相手を自分好みに染め上げるにはどうするのがよいか、という問いに答えようとしているらしい。
そのためには心身ともに攻めるノウハウや、薬なども含めて様々な研究テーマを取り扱っているらしい。やばいとしか、言えない。
そんなわけで、俺を今の境遇から救い出してくれる他者なんて、ことここに至っても現れることはなかった。
だけど、それは問題にはならない。
この7年間、逃走計画のため、いろいろ努力した。
まず、これから誰も頼れる者のいない土地でも生きていけるくらいの金銭を稼いだ。
未成年ではそれほど稼げる選択肢なんてそう多くなかった。
両親にお願いして、信用取引を始めさせてもらった。
7年で相当額の軍資金を稼ぐことができた。
シオにバレたら勘ぐられるんじゃないかって?
一応そこは両親に口止めしておいた。
両親には、「シオに内緒で自分で結婚資金を集めたいから」と尤もらしい理由を奏上しておいた。だからシオは気づいてないはず。
そして肝心の逃走計画。
俺は大学で応用生物学、バイオテクノロジーをちゃんと勉強した。
ここで学んだことは、高度な器具や機器がないとなかなか発揮することが難しいけど、卒論ではタンパク質を研究する傍ら、過酷な環境でも最低限生きていけるように栄養を摂取する方法をいろいろ学んでおいた。
俺が目的地にしようと思ってるのは、森しかないジャングルに囲まれた土地。もちろん海外。
そこを選んだのは、そういう未開の土地環境であれば、さしものシオたちや国の偉い人たちであっても、俺を見つけることはできないだろうから。
そして、そこで生きていくための体力やサバイバルの知識も身につけた。
涙ぐましい準備を経て、今日は大学の卒業式。逃走計画の決行日。
シオも式に出席するだろうし、シオの両親も、俺の両親も、流石にこの日は油断するだろう。
一瞬でもいいから、みんなが油断していて逃げ切れる可能性の高い日に決行するために、この日まで待った。
長かった。いろいろ耐えた。
気づいたら背後にぬっといるシオへの恐怖に。
子どもを作らされそうになる圧力に。
その他もろもろに耐えてきた。
あれから、どんどんシオのことを愛しく思う時間が長くなって、今ではほぼ常にシオを抱きしめたい気持ちが心を占拠し続けている。
だけど、そんな精神状態も、毎日毎時、シオへの恐怖で心を塗り固めるように意識し続けることでなんとか今日まで正気(?)を保ってきた。
計画は万全。今俺は空港にいる。
飛行機に乗れさえすれば、俺の勝ちだ。向こうに着いてさえしまえば、姿をくらますなんて、今の俺なら造作もない。
ばれないように念には念を入れて、ためてきた軍資金もギリギリに、つまり今から引き出して換金する予定だ。
0円。
通帳に記帳された最終残高に疑問しかない。
何度見ても0円だ。
いや、どういうこと?
よくみたら、記帳されているこの最終取引履歴、全額引き出されている......。
昨日の夕方ごろ。
俺じゃない、はずだ。
昨日は銀行には行ってない。ATMも利用していない。
というかこの額、ATMで1度に引き出せる金額の限度を超えている。
嫌な、冷たい汗が背中を伝うのを感じる。
まさかまさかまさかまさか。
いやいや、ははは?
よもやよもや。
え?これは、夢か?そうだよな?
自分の顔面を全力で殴り飛ばす。
うん、痛すぎる。現実のようだ。
待て待て待て待て。
待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って。
はっ。まさか。
嫌な予感に掻き立てられるようにふと思い至る。
急いでチェックインカウンターに向かいパスポートを提示して搭乗手続きをしようと......したけど、だめだった。チケットがキャンセルされていた。
今から新しいチケットが取れないか聞いてみるも、残念ながら今日の便はすべて駄目らしい。
というか、いろいろ調べてもらってる間に、俺のパスポートが失効扱いになっているらしいことがわかった。意味がわからない。いや意味はわかるけどわかりたくない。
力が抜けていく。チケットだって、昨日の夜に確認したときには確かに取れてたはずなんだ。
立っていられない。膝をついてうなだれた姿勢になってしまった。
カツカツカツ。妙に響く足音が聞こえる。近づいてきてる気がする。
いや、そんなことより、今の状況だ。
貯めたはずの金がない。飛ぶためのチケットがない。パスポートが使えない。
つまり......ここから、逃げられない。
カツンッ。
これまで無性に響いて聞こえていた小気味よい下駄の音が、自分の背後で止まる。
わかってた、俺が大好きで愛しまくってる幼馴染の足音。聞き間違えるはずもない。じゃなくて!!!!
違う、そうじゃない。けどもうだめだ、いやまだなにかできることがあるはずだ。
ここまで頑張ったんだ、こんなところで終わるわけにはいかない。
そう自分を奮い立たせようとするも、身体は動いてくれない。
背後からふわりと、愛してやまない香りが漂ってきた。
それとほぼ同時。何物にも代えがたい、命より大事な、俺のすべて、その人の美しい鈴のような声が鼓膜を揺らす。
「りっくん、卒業おめでとう♫それから、長〜い間、ご苦労さま♫」
その声に俺はビクリと肩を震わせるも、振り返ることはできない。
膝をつく俺の背中に、首のところから手を回すように、覆いかぶさるように抱きしめられる。
触れられてしまった。尋常じゃない愛しさに心が支配される。
もう、この気持に反抗するのも疲れてしまった。止められる気がしない。
視界に入ってきた腕を見れば、振り袖。
きっと、卒業式のために準備したんだろうな。素敵だな。俺だけのものにしたいな。
強く抱きしめて、剥いて、激しく襲ってしまいたいな。
もう意味のあることを考える気力もでない俺の耳元で、俺の愛しの優しい声が囁かれる。
「ね、りっくん。何年も頑張って今日のために準備してたみたいだけど、だめだよ?シオから逃げようだなんて、無理だからね?」
やっぱり、気づかれていたみたいだ。
「ずぅ〜っと、気づいてたんだぁ。りっくんがシオのこと怖がってるのも、シオのもとから逃げようとしてるのも、そのためにお金を貯めたり、体力や知識をつけたり、飛行機の席をとったりしてるのもね」
やっぱり、計画の全部、シオに潰されてたんだ。
俺のお嫁さんは凄いなぁ。
「それに、もうそろそろ、限界だってことも、わかってるからね♫」
限界?なんのだろうか。
「りっくんのおつむの中、ちょっといじって、シオのこと大好きになるようにしちゃってるから、そろそろ、シオを襲わないと狂っちゃうよ?ね?今からおうち帰って、子作りしよ?」
魅力的なお誘いじゃないか。
うん、自分の心に素直になろう。ってかなんでいままでこんなに無理してたんだ。
こんなに素敵な女性と一緒になれるのに、逃げるなんてバカすぎる。
「シオも、この日、りっくんの反抗しちゃう心を完全に折るために、何年も我慢したよ?だからもういろいろ限界なの。ね?シオのこと、好き?」
そんなの、聞くまでもないだろ?
「シオ、愛してるよ、永遠に、一緒に居させてくれないか?」
「もちろんだよっ。ちゃんと7年分のお仕置きを済ませたら、その後はもうずーっと一緒だからね、
早くこのヤンデレ幼馴染の前から姿を消さないといつか命を盗られるわまじで 赤茄子橄 @olivie_pomodoro
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