Day5 秋灯

「ふぅ」


 ベッド脇のテーブルの灯火ランプに火を灯し、私は椅子に腰を下ろした。

 家の椅子よりもずっと柔らかく、座り心地がいいため、ほんのりと眠くなってしまった。

 だめだめ、ちゃんと、ベッドで寝ないと。


 今日は一日中、森を探索したので足腰が少し筋肉痛になっているようだった。あまり出歩くタイプじゃないのにね。


 救兵城に集められたヒトたちはインドアな方々が多いようで、この私がフィールドワークに出るのも致し方無しといったところだ。


 元勇者のキズナさんが集められたメンバーには一切共通項がなかった。テイマー、家具職人、鍛冶職人に料理人、仕立屋、医術士、神官に楽士と、養蚕家、だったか。


 魔王討伐のための防具作りに必要な英知の集結、らしいけれど、どちらかというと設計よりも実際に作る側のヒトたちが集められているような気もする。

 テイマーのルスグレロケベロスさんは獣製品に詳しいし、家具職人のエンバーさんは材木の加工に詳しい。

 鍛冶職人のアニールさんは鉱石の加工が専門だし、仕立屋のボビンさんは皮、生地に精通しているだとか。


 養蚕家のマシラムさんは昆虫属に詳しい……と思っていたけれど、薬草作りにも明るいらしいとのこと。部屋を訪ねたときに希少草のマッドラドラの香りがしたから、もしかしてって聞いてみたらビンゴ。マッドラドラはイアマト地方の珍しい土にしか生えない癖のある味の毒草。ある特定の病気にのみ薬草となる。とても珍しい薬草だった。


 それは、昔々私が苦しめられていた『空腹病』の特効薬だった。

 私はマッドラドラとは違う処方『薬』でなんとか事なきを得たわけだけど、もう少し早く、違った形でマシラムさんと出会っていたら、私も今は料理人なんてやっていないかもしれないな、なんてことを考えた。


『空腹病』。何を食べても消化してしまい、栄養が水溶性のものに変えられ尿と一緒に出てしまって身に残らず、そのまま死に至る原因不明の病。食べても食べても空腹がやまない。最高クラスの医術士ですらさじを投げた難病だった。


 マッドラドラに含まれる成分には、体内で水溶性になった栄養を一時的にとどめておく効果があり、毎食ごとに食べる必要はあるけれど、多少生きながらえることができる。しかし、野生でしか生えていなくて、栽培も難しい。せっかく手に入れても、その日に食さないと腐ってしまう。

 あの頃の私からすれば喉から手が出る程欲しかった薬草だった。


「ほんと、あのときばかりは死ぬかと思ったよね……」


 窓の外を見る。

 テーブルのランプに照らされて、うっすらと自分の顔が映る。

 病気が発症し、二週間で痩せこけ、死ぬまで一ヶ月ともたない死の病気。そこからなんとか這い上がって今に至る。あの頃の姿はきっと見る影も無いだろう。


 私は『不死の胃袋』を手に入れたことによって、その病気に打ち勝つことができた。今の私には、マッドラドラは必要ない。


 生きるための食事をする生活は、今の私には必要ない。

 楽しむための食事をする。そのために料理人になったのだから。


「ま、副業の『不死の料理人』の方が稼げちゃうってのは、なんだかなぁって思うけれどね」


 城の外の鬱蒼とした森に生えていた数々の毒草。

 薬草は、毒草の面も持つ。

 薬も過ぎれば毒となる。逆もまたしかり。

 未知の毒草は、未知の薬草なのだ。


 この地域周辺の土壌は、魔王城の魔養分をたくわえているため、通常よりも過剰に進化した野菜や植物などが多数見受けられた。

 進化ということは、種の枠を超えた、何かしらの『良い成分』、もしくは『悪い成分』が含有している可能性が高い。


『良い成分』は『薬』、『悪い成分』は『毒』。

 だけれど、それは表裏一体。

 おいしいかどうかはまた別だけれど、私のような病人を少しでも減らすことができる毒草が、薬草が見つかるかもしれない。


 私のこの『不死の胃袋』はそのために使おうと決めたのだから。


 明日にはテイマーのルスグレロケベロスさんがこの城にやってくるらしい。

 彼に力を借りよう。私の細腕では、採取できる数に限りがある。


 この地域周辺の、未知の毒草だけでも百種類はあるかもしれない。

 まだヒトの手が、開拓が進んでいない地域こそ、宝の山だ。

 どんな苦い毒草でも、私がおいしく調理してみせる。その自信が自分にはあった。


 ランプを消すと、自分の顔が一瞬消えてなくなる。

 目が慣れてくると、自分の顔の色が透明になって浮き出てきた。


 私は、まだ、生きている。だからこそ、がんばらないと。


 灯火ランプがくれたあたたかさをそのままベッドに持ち寄り、瞳を閉じた。



 完

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