西暦1939年

第2話「国王陛下のエジンコート号」

我らはもっとも強い人間の心を支配している――我等は専横な大勢であらゆる巨大な心を支配している


我らは無能ではない――我らの蒼白の石は。


我らの権力のすべては消えてはいない――すべての我らの名声は―――


我らの有名は魔法は――我らをとり巻くすべての不思議――


我らのなかにひそむすべての神秘は消えてはいない――


栄光にまさる外衣に身をつつみ、長袍のごと我らの上にかかり


我らの周囲にまとうすべての記憶は消えてはいない


エドガー・アラン・ポー 阿部保訳『円形闘技場』







―――二十世紀初頭、斜陽の帝国に一隻の鬼子が生まれた。


 鬼子は、第一次世界大戦間際に『世界最強の弩級戦艦』なるべくして生まれ、オスマン帝国を中央同盟国側へと追いやる騒動の中心となった戦艦である。

 超弩級戦艦の時代に生まれたその弩級戦艦は、後に巡洋戦艦『フッド』や戦艦『ネルソン』などを手掛けるテニソン・ダインコートが設計したものだった。

 彼がブラジルに新たな戦艦購入を持ちかけた際、数日間ホテルの部屋に引き篭もって書いた図面を元に建造された。

 全長二百四・七メートル。全幅二十七・一メートル。機関最大出力は三万四千馬力を発揮し、英国海軍最長の船体を、最大二十二ノットで押し進めた。

 接収当時は英国海軍で最長、かつ最大の排水量を誇る戦艦であり、二十一ノットが精々であった当時の戦艦としては十分に快速だった。その分、装甲防御力が犠牲となっていたため、戦艦と言うよりは巡洋戦艦に近い性能、そして異様に細長い艦形状をしている。

 戦艦を戦艦足らしめるために内包する搭乗員の数は、千百十五名。主砲は四十五口径三十・五センチメートル連装砲を、船体中央軸線上に七基、総計十四門備える。

 主砲数十四門という破格の搭載数は、人類史上この大戦艦のみである。



 副砲である十五・二センチメートル単装砲は二十基、七十六・二ミリメートル単装高角砲は、二基あった。

 艦尾近くには魚雷発射管が供えられており、一般的な性能の魚雷を発射可能となっていたが、発射し終え魚雷を再装填する際、この魚雷発射管の中に溜まった海水を魚雷発射室に排水するため、連発すると部屋が海水でずぶ濡れになると言う欠点があった。

 名は、この戦艦を中心とした国家間の諸問題により二転三転した。

 当初はブラジル海軍『リオデジャネイロ』として建造され、そう呼ばれていたが、ゴムの出荷価格が大幅に低落したためにブラジルの経済情勢が悪化、建造途中だった『リオデジャネイロ』は放棄され、まだ産声もあげないまま国際兵器市場に放り出された。売却金額は二七五万ポンド。工事は中断され、彼女は時折『女王陛下の赤錆号』などと嘲笑され、岸壁に繋がれたまま、しだいに錆びついていった。


 そんな彼女を救ったのは、欧州の病人と揶揄されるオスマン帝国だった。

 ギリシャに対抗するためにオスマン帝国はフランスの銀行から四○○万ポンドの融資を取り付け、彼女はオスマン帝国国民らが待ち望んだ海軍の主力艦として『スルタン・オスマン一世』と呼ばれるようになった。

 しかしオスマン帝国民の願いは親独傾向があったからということで、時の海軍大臣ウィンソン・チャーチルの命によって反故にされ、大戦争直前、この戦艦は『エジンコート』と名付けられ、栄えある英国海軍第四戦艦戦隊へ編入された。スルタン・オスマン一世の完成を心待ちにしていたトルコ人たちは英国兵によって客船に詰め込まれ、追い返された。オスマン帝国側が激昂したところで、チャーチルは金銭問題に関しては後日話し合われることだろうと、その決定を覆ようという気はない。ここに、イギリスはオスマン帝国に敵対感情を植え付けてしまったのである。


 そして戦艦『エジンコート』と名付けられた彼女は、第一次世界大戦最大の海戦であるユトランド沖海戦に、第一戦艦戦隊の戦列艦として参加し、その十四門の主砲をドイツ大洋艦隊に向け一斉射したことが、記録に残されている。

 一四四発の主砲弾と、一一一発の副砲弾を発射し、彼女の戦歴は終わった。




 世界最強の弩級戦艦『エジンコート』は、大戦争後に買い手がつかず解体される運命にあった。

 ワシントン海軍軍縮条約の結果廃艦が決定していた上、元々の発注主であるブラジルに売却を交渉したが、上手くいくわけがない。交渉はまとまらず、戦艦『エジンコート』の解体は決定された。

 もともとそれは英国海軍のものではなく、大戦争で疲弊した英国にこのような『新型に生まれ既に旧型』である巨艦を、生き永らえさせる意味がそもそも存在しなかった。

 一九二一年十二月十九日、生まれながらにして最強を冠された巨艦は、売却先が見つからず、解体処分された。

 海軍軍縮条約を受けスクラップとなった多くの旧式艦のなかに、この奇異な大戦艦がいたということを知る人は、決して多くはない。彼女に与えられたものすべてが『紛い物』であり、その名も、その擬装すらも、その建造理由すらも、英国海軍への編入理由すらもが、帝国主義と単なる戦艦ビジネスのためであったということなどは、特に知られていない点の一つである。

 そうして、海軍国家に産み落とされた鬼子は、その母親に育てられることなく、育ち親を知らず、愛されることもないままにその冴えない人生を終え、鉄屑となった。



 少なくとも、我々の世界では。




―――――



 ある一九一八年、大戦争がまだ完全に終結を迎えていない頃、日露戦争と今戦争で疲弊したロシア帝国に革命が起きた。

 長く続いた強国、帝政ロシアは崩壊し、新たに社会主義を掲げるボリシェヴィキが政権を握り、ロシア貴族たちはその死体を雪の大地に横たえ、歴史の闇へと消えていった。多くの高級将校が兵たちの反乱によって命を落とし、帝政ロシアを信じて戦った白軍もまた、じわじわとその首を赤く強靭な手によって締め付けられていった。

 同時期に、世界各地で社会主義の風が吹いた。大戦争による疲弊と厭戦気分の蔓延が引き起こした停滞を嫌った者たちや、悲惨な戦場から帰ってきた元兵士たちが、より良き政治を、より良い暮らしを目指し、社会主義に傾倒していったのだ。


 貴族たちのみが利権を握り、労働階級のみが身を粉にして働くのは間違っている。国家という構成員であるならば、皆等しく労働しなければならないのだと、各地で会合が開かれては取締りの対象になった。

 これらの運動の一部には、帝政ロシアを崩壊させ樹立した〝ソヴィエト連邦〟のボリシェヴィキ政権が裏で関わっており、それらは〝コミンテルン〟もしく〝第三インターナショナル〟と呼ばれた。原語は〝共産主義インターナショナル〟であり、コミンテルンというのは、その略称である。

 彼等は世界中に拡散しており、ドイツで実際に蜂起が起きている。スパルタクス団蜂起がその一例だ。陰謀説を論ずれば終わりはないが、この当時社会主義というのは戦いに憑かれた人々からしてみれば、救いのようにも見えたのである。持つものが持たざる者を搾取する世界を終わらせる、すばらしい思想であると信じていたのだ。


 そして、かつてない近代総力戦に疲弊し、その栄華にやや陰りが見えてきた斜陽の帝国イギリスは、ボリシェヴィキの情報戦に一部では打ち勝ち、一部では敗北した。


 翌年、一九一九年八月十一日。

 ドイツ革命により皇帝ヴィルヘルム二世を追いやり、カイザーを廃位し帝政を終えたドイツ、ワイマール共和国で新たな憲法が制定された。

 初代大統領となったフリードリヒ・エーベルトが調印し制定されたこの憲法の起草文は、ドイツ民主党の政治家で弁護士であったユダヤ系商人の息子、フーゴー・プロイスによって作成された。この憲法は後に〝現代憲法への転換〟のシンボルとして世界中に知られることとなり、さらにはこの後に制定された諸外国の憲法の模範となった。

 何ものにも囚われぬ権利である自由権に比重を置いた以前の憲法と比べ、ワイマール憲法では社会権を保証し、世界でもっとも民主的な憲法とも評された。

 またこの憲法には、二十歳以上の男女の参政権が明記されており、戦勝国ではあるが戦争で多大な出血を強いられ、未だ完全に女性参政権が認められていないイギリスで混乱が起こった。イギリスでは女性の選挙権はあるにせよ、制限されたものであったために、その制限を取り払うべく、フェミニストたちの活動が始まったのだ。

 しかしフェミニストたちの目指した行動とは別に、社会主義思想の集会や政党が中心となり、この不平等に対する正義の修正を求めるデモが何度か置た。この運動はさらに加熱化していき、ついには女性の権利拡大、女性の職業選択の自由が叫ばれることになった。



 だがそれは婦人たちの賛同を得、ついには議会の議題にも上がり、支持者たちを徐々に、だが確実に増やしていった。



 この段階に至るまで、女性運動家は各地を駆け回り賛同者を一人でも増やすべく奮闘し、そして時には警察機構に拘束された。

 時には地方紙に女性の権利拡大を狙う過激派であるとか、女性中心主義者などというデマも流され、その人権を侵害された運動家すらもいたが、彼女たちはそれらの障害に打ち勝ち、その目的を成し遂げようとする一心で女性たちに、そして時には男性たちに呼びかけ続け、決して挫けなかった。

 一部のマチズモによってその活動が不当に妨害されたことも、一度ならずともありはしたが、時代の流れと言うのはなかなか変わらぬものである。熱は沈静化すればそのまま引いていくが、一度燃え上がってしまうと消すにも時間が掛かる。そしてこの熱はイギリス全土を侵食し、マチズモたちをじりじりと熱していた。

 とはいえ、それらの運動も表舞台の一側面に過ぎない。

 ボリシェヴィキ―――というよりは、ソヴィエトの樹立に呼応して現れた共産主義、社会主義者は、彼女らを精一杯利用し、英国の赤色化を目論んでいた。スポンサーとして気前よく資金提供をする代わりに、社会主義的な要素を彼女たちの女性の権利拡大という目標に織り交ぜ、長く搾取されてきた労働者たちの解放を意図していたのだ。

 奇しくもその願いは、女性の権利拡大という一点のみを達成し、崩れ去ったしまったのだが。


 そしてついに、一九一九年も終わりに近づいたころ、イギリスで新たな法が設けられた。



『性別による不自由の除去に関する法律』



 と名付けられたこの法は、女性参政権に加え職業選択の自由が明記されていた。

 もちろん、その職業に適性があればという、条件付きではあったが、少なくとも活動家たちにとって、これは大きな前進であった。


 翌々年、一九二一年。

 女性という新たな労働力の支えはほんの小さなものでしかなかったが、英国は経済的な復興に向け歩みを進めていく。

 そんな中で英国は『王室海軍』と『英国陸軍』を補助する『臣民海軍』と『臣民陸軍』を設立し、これを整備するために旧式艦艇や旧式装備を当ることになった。

 海軍に至っては、一部は軍艦ではなく、武装を施したトロール船までもが、その編成に組み込まれているほどである。


 しかし彼女らは歓喜した。

 家と言う拠点を守り、子供を育てると言う慣習を打ち破るのだと言う意気込みは、男には到底理解できないであろう。

 長く無知で感情的であると罵られた女性が、何千年と戦いの主力であった男性を打ち破ろうと、ここに近代軍の運営に着手したのである。


 それが『裏庭軍隊バックヤード・フォース』と嘲られても、彼女らは気にも留めなかった。

 設立された『臣民軍』は、英国軍の予備兵力として第二線級の扱いを受ける。

 が、これは名目上のものでしかなく、実質的に臣民軍は退役間際の老軍人の隠居と、能力的に劣りはするものの、予備兵力として期待ができる、女性兵士たちの掃き溜めであった。

 英国軍の出向士官なしには、軍隊活動そのものの停止すらありえるその有様は、まさに『張子の虎』としか言いようがない。


 けれども、ともかく彼女らは盛んに努力した。

 まるで熱病にかかったかのように、今までの鬱憤を晴らすかのように知識を吸収し、感情を二の次にして考えることに徹する。

 感情的になることを抑え、軍人になれなかった女性たちのために、女性の地位向上のために、文字通り身心を削って軍隊を作り上げることに注力した。


 結果、臣民軍は補助軍としての地位を維持し続ける事が出来た。


 そして話は、戦艦『エジンコート』に移る。

 臣民海軍初代旗艦という名誉な肩書は、スクラップとして運命を終える筈だった『エジンコート』に託された。

 他にも艦艇はあったものの、旗艦として見栄えの良い、そして航行性能に優れた艦で、英国海軍に不要とされている艦は、『エジンコート』を他に置いて皆無である。

 補助海軍として設立された臣民海軍とエジンコートは、戦間期に締結された二つの海軍軍縮条約により、その役割を大きく損ねることにはなったが、概ねすべきことは決まっていた。

 練習戦艦として改装された『エジンコート』は、旗艦の任を解かれ、より旧式で同じく練習戦艦と化していた超弩級戦艦『アイアン・デューク』にその名誉を引き継ぐ。

 


 補助――という名目にしては、大がかりな『エジンコート』と『アイアン・デューク』という二隻の戦艦は、この間、多くの水兵たちを育成する。

 彼もしくは彼女らは、この二隻の老朽艦で培われた技術を後の大戦争で発揮し、あるいは発揮することもなく、どちらにせよ大量に、海に飲まれ死ぬか、もしくは生き延び余生を送った。

 しかし、この二隻の練習戦艦が後の大戦争において、クイーン・エリザベス級戦艦『ウォー・スパイト』やリヴェンジ級戦艦『ラミリーズ』といった武勲艦の影に隠れつつも、その老体を酷使し奮闘したのだ。

 冬の北海を突き抜け、デンマーク海峡の飛沫を浴びながら、千名以上の生命をその鋼鉄の腹の中に蓄えて、鉄火場を潜り抜ける。

 彼女と、その乗組員である娘、あるいは息子たちの物語が始まった。


 始まりの地は、戦艦『エジンコート』と『アイアン・デューク』の再武装化及び近代化改装が完了し、南太平洋における慣熟訓練が終了した後――

 一九三九年十一月二十一日、英国海軍軍港、スカパフローである。

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