第30話 デートに行こうよ、新妻くん
三日間の
僕はというと、試験を終えてすっかりとヘコんでいた。
「ごめんなさい、たぶん無理ですー」
生徒会室の大きな来客用テーブルに突っ伏して、夢月さんに謝罪の言葉を繰り返していた。
天稜高校の試験を甘く見ているつもりはなかった。それでも想像以上の難度だったし、何より三日間も夢月さんに会わないでいたのが辛かった。試験中も顔がチラついて集中できなかったなんて本人に言えるはずもない。
「別にいいの。私には晶くんがいるから。でも会長じゃなくなったら、校則で恋愛禁止だから晶くんとは別れないといけないわね」
「えっ!?」
「冗談。そんなこの世の終わりみたいな顔しなくていいじゃない。こっそりとだから、今まで通りとはいかないかもしれないけど」
それは安心したけど、逆に言えば夢月さんとこうして校内で一緒にいられるのもあと数日ってことだ。来週の月曜日には昇降口に成績上位者が五〇位まで張り出される。そこに名前がなければおしまいだ。
「だったらまだ生徒会のうちにどこかに行きませんか?」
「どこかってどこ?」
「夢月さんと一緒ならどこでも。今なら脱獄しても大丈夫です」
生徒会役員でなくなったら、以前の中山さんのように学外に出ただけで退学の危険に晒される。僕も夢月さんも寮生だから休みの日だって自由に外に出ることはできない。
だったらせめて一度くらいデートがしたい。
「いいけど、私そういうのはよくわからないんだけど」
「僕もです。だから気軽にいきましょう」
別に場所はどこだっていい。駅前をぶらつくでも、図書館で並んで本を読むでも。休日に一緒にいたという事実だけで幸せになれる気がした。
「それならプランは晶くんに任せるわ」
夢月さんは笑顔でそんなことを言ってくれる。初デートのプラン考えるの、結構プレッシャーなんですけど。
「あ、そういえばパソコンありましたよね。ネットで調べれば」
「無理よ。あれはネットには繋がってないから」
「じゃああのパソコン何のためにあるんですか?」
「歴代生徒会長が集めたエッチな画像が入ってるの」
それは盲点だった。今度確認しておこう。それはそれとしてどうしようか。出かけるのは明後日の土曜日ということだけが決まって、プランは僕が考えることになった。試験前は夢月さんに迷惑もかけたし、喜んでもらえるプランを考えなくちゃ。
翌日の金曜日。僕は朝のホームルーム前の貴重な自習時間をデートコースを練ることに使っていた。とはいえ僕にできることは少ない。そもそも友達とすら出かけたことがない僕に、いったい何を考えることができるだろう。もしかすると中間考査よりも難題かもしれない。
なんて言ったってこの天稜高校は監獄に近いと言われている。外の世界と情報が分断された勉強のためだけの学校だ。おしゃれなデートコースを考えるのに必要な情報はどこにもない。
ネットはもちろん雑誌も持ち込み禁止。恋愛禁止の校内でデートの話なんてできるわけがない。夢月さんとも内緒にするって話をしたし。
図書室にも恋愛小説みたいなのはないはずだ。生徒会館にあったマンガはいくつかデートのシーンがあったけど、たいてい途中で事に至ってしまうから参考にならない。あんなの現実でやったら本当に通報されてしまう。
とはいえ他に手がかりもなくて、僕はマンガのデートシーンを思い出しながら行っていた場所をノートの隅に書いてみる。
カラオケ、映画館、図書館、夜の公園、ショッピングモール。それから書き出さないけどラブホテル。知識の出どころのせいで全部同じくらい淫らな場所に思えてくる。
「なーにやってんの?」
「な、中山さん?」
慌てて書いていた文字を隠す。でもとっさに全部は隠し切れない。
「ふーん、なるほど。テストも終わったもんねー」
「うん。実は」
と言いかけて、僕は言葉を止めた。答えなくていいとは言われたけど、僕は中山さんの告白を断ったんだ。それなのに夢月さんという彼女を作って、さらに初デートの相談なんて考えただけでもひどい仕打ちでしかない。
「やっぱりなんでもないよ」
「ふーん、そっか。ま、アタシは関係ないからいいけど」
「そういうわけじゃないんだけど」
「べっつにー。でもどうしても、って言うなら聞いてあげるよ」
自分のことをズルい女だって言っていたけど、こういうところはズルいどころか貧乏くじを引いてしまっているように見える。
「じゃあ正直に言うけど」
こう言われてしまったら黙っている方が不誠実な気がする。僕は明日、夢月さんと初デートだという話まで洗いざらい話してしまった。当たり前だけど、あの官能小説を読んでいる中山さんは僕たちが付き合っていることなんて知っていて、全然驚いていなかった。
僕の小声の話を聞いた後、中山さんはあっさりと一言。
「新妻って友達いなさそうだもんね」
「そうだけど、ひどくない?」
「友達いないけど彼女はいます、の方がひどい人間に見えるし」
言われてみると確かに。まるで同性の友達なんていらないように聞こえる。本来愛情と友情は天秤にかけるものじゃないはずだ。
「ま、無難に映画とかがいいんじゃない? どうせ会長と二人だと生徒会の仕事の話とかしそうだし」
「うーん、確かにそうかも」
夢月さんとの共通の話題って生徒会か勉強しかない。さすがに生徒会長相伝の参考書の話をするわけにもいかないし。天稜高校にいてそれ以外の話題を提供できる人も少数だと思うけど。
映画を一緒に見ることで共通の話題を作り、そこから移動中や食事中の話を引き出していく。作品は無難に流行りの恋愛モノ。食事は高校生であることを考えて高級すぎるところにはいかないこと。後は流れでカラオケとかでも行けば大丈夫。
中山さんの的確なアドバイスをもとに、後半は行き当たりばったりのプランが完成していた。場所は高校から離れることと電車でまっすぐ行けることを考えて新宿にした。
「これで大丈夫?」
「別に失敗しても死なないでしょ。ダメだったらアタシが会長の代わりに行ってあげようか?」
そういうのはちょっと心にずしりとくる。せっかくアドバイスまでもらったんだから何とか成功させないと。どうやって話せばいいんだろうなんて考えていると、その日の授業は何だか手につかなかった。
放課後の生徒会室で、デートプランについて話してみる。夢月さんはうんうんと頷いてくれて明日の日程はすんなりと決まった。
「じゃあ明日は一緒にここを出るってことにしましょう」
「わかったわ。それで予算はどのくらいかかるの?」
そう言われてハッとした。天稜高校では自動販売機も学食も購買も無料だからすっかり忘れていた。映画を見てご飯を食べたらお金がかかる。そんなこと社会の常識だって言うのに。
この学校に入れられることが決まったときにお金がいらないことは母も知っていた。そこで僕に持たされたのは参考書を買うための資金として二万円。それも少し使ってしまって残りは一万円強になっている。
割り勘として考えれば映画と食事とカラオケでも十分足りるけど、最後に静かな場所に行きたいなんて言われたら足りなくなってしまう。そういうところは男が出すものだって書いてあったし。
「えっと、後半の部分によるところが」
「じゃあ多めに渡しておくわ」
当然のように僕の手元に五枚の紙が渡される。偽造防止のホログラムがついたそれは日本銀行券。本物の一万円札が五枚。
「でも夢月さんに出してもらうわけには」
「私じゃないわ。生徒会費。生徒会特権で私たちが使う資金は学校から出るの」
なんてことだ。そんなにすごいのか、生徒会特権。よくよく考えると、キッチンの冷蔵庫にある食材たちがいつも補充されているのは夢月さんが買っていたからだった。あのお金も生徒会費として学校から出ていたのだ。
「だから気にしないで。お土産も買ってパーっと使っちゃいましょ」
どうせ来週にはここから出ていかなきゃいけないんだから。そう言って、夢月さんは少しだけ寂しそうに微笑んだ。
僕がもっとしっかりしていれば、こんな顔をさせずに済んだのに。せめて明日はこれから先のことを全部忘れられるくらいに楽しもう。それが一番の恩返しにもなるんだから。
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