帝国暦733年 夏 居心地の悪い家庭/西暦20xx年 愚かさ

 全体的に無骨かつ質素な雰囲気が漂うものの、規模において辛うじて屋敷と形容することができる邸宅。


 帝都北方の貴族が住まう区画でも南寄り。長年の奉公によって市民権を得て一家を興した従僕家系の面々が、慎ましやかに館を連ねる街区にアルトヴァレト家も存在していた。


 カリスの生家たるアルトヴァレト家は、アルトリウス氏族の黎明期よりカエサルのお家――当時は家名などなかったが――に仕えた旧家であり、ともすれば下手な貴族家よりも長い歴史と正確な家系図を誇る。


 初代は北より捕獲されてきた“剣奴”、即ち娯楽のため闘技場にて戦わせ、必要とあらば補助兵として前線で酷使される戦奴隷であったが、その類い希なる殺しの腕を見出されて家長により買い上げられたという。


 後に家長の命に従順に従い、数多の敵を屠り、主人の命を守った剣奴は感謝と名誉の表明として新たな名と家名を市民権と共に授けられ一角の戦士として家を成す。


 その血が連綿と続くアルトヴァレト家の初姫様は、質素極まる食堂にて黙々と食事を掻き込んでいた。


 貴族としての礼節だの貞淑さだのを窓から放り捨て、淡々と、かつ素早く口に運んで食事を終えようという手付きは軍人家系特有のもの。故に卓に付く家人の手は素早く、大きな口に巨体を養うに足る山盛りの食事を“投げ込んで”いった。


 軍人にとって食事に時間を掛けるのは贅沢なこと。こと、有力家の護衛であり、軍団に籍も置く二足のわらじを履いた者達にとっては。


 故に兵士であることを第一とする彼等にとって、食事は最早“エサ”と呼ばれかねぬほど簡素で雑な物であり、量も相まって益々エサという形容が似合ってくる。


 例外といえば、半ば政治的折衝、半ば彼女の一目惚れによって嫁いできた霊猿人の母くらいの物であろう。


 他家の譜代家臣家系出身である母、クリスタリアは夫ルカスや息子のフィロタスとフォルミオン、そして娘カリスが自信の十倍は下るまい料理を勢いよく食べている姿を穏やかに眺めていた。


 荒削りな武人である男衆とは対照的に繊細な花のような女性は、楚々として食事を楽しみながら、元気に沢山食べる家族を見て喜んでいるようであった。深窓の令嬢と形容するのに似合うカリスとよく似た顔は、娘と違って線が細い体に乗っているため儚くも美しい印象そのままである。


 異種と交われば異種の子を高い確率で孕む霊猿人である彼女が、よく赤子の時点で巨大な低地巨人をよく無事に三人も産めたものだと思うほどに。


 カリスとしては、どうにも落ち着かない心地にさせられる。普段は兵営やカエサルの家にて使用人の食堂で食事を採っているため、家族が揃って食事をするなど年に何度もないことだ。たまたまの偶然が重なって生まれただけの機会であっても、カリスは座っている座席が尻の形に合っていない気がしてたまらなかった。


 アウルスは家族の愛に飢えていたため転生後の境遇に容易く順応し、ベリルはその脳天気さも相まって新しい家族とも上手くやっているが、カリスは二人のようにやっていくことができなかった。


 別に家族に欠点があり、馴染めていなのではなかった。父は無口で朴訥に過ぎるが武人として尊敬できる好人物であるし、二人の兄も己より軍役経験に豊富で、既に隊伍長の地位にある――しかも長兄は、栄えある第Ⅰ軍団第Ⅰ大隊の中隊長である――立派な人物だ。


 そしてカリスに清楚な美貌と艶やかな黒髪を受け継がせてくれた母は、上品な家系に生まれたにも拘わらず軍人家系に順応し、母としての愛情を正しく注ぐ良妻賢母の見本のような女性である。


 皆、初姫であり末の妹たるカリスを大事にしてくれていたが、それでもカリスにはどうしても馴染むことができなかった。


 元々、カリスの前世であるCが家族という概念に対し、本能的な忌避感を抱いていたからである。


 彼女の前世は、良くも悪くも良い家の出身であった。


 優れた教育を施され、礼儀作法を仕込まれ、そして欲しい物は大抵手に入った。大学も己で言うのは何だが、他人に自慢できるような格の大学であり、職歴も試験の難易度からして誇れる物でもある。


 だが、悪い意味で良家の出身である彼女は、冷徹過ぎる家族に嫌気が差して高校時代から下宿を選び、職場も親に格好が付く形で家から遠ざかれる選択をした。


 思い出すのも嫌なほど、冷たい家であったのだ。過去の記憶が魂にこびり付き、低地巨人の巨大な肉体に収まった後も小さな魂を苛んでいる。


 「カリスさん」


 「はい、母上」


 凄まじい速度で進む食事が一段落した頃、母親に語りかけられてカリスは口を拭う手を止めた。最初は堅かったやりとりも、流石に慣れて不自然ではない程度にこなせるようになった。


 「美味しかったですか?」


 「はい、勿論。玉菜の漬物が特に」


 「それはよかった。実家から届いた物を出したのですが、貴女も気に入ったのですね。兵営にも届くように差配致しましょう」


 「母上、流石にそれは……」


 このような家族として普通のやりとりも、心の何処かで疑ってしまう己がカリスには恥ずかしく、辛くもあった。むしろ、貴族の従僕家系としては牧歌的かつ平和で心温まるようなやりとりではないか。


 しかし、頭で分かっていても心が呑み込んでくれないのである。


 兄達の、俺達には送ってくれないのですか? という微笑ましい抗議に笑いを添えつつ、カリスは内心で感謝した。


 ベリルが電気を作らず、電話のような気軽に声が届くような技術を世に出す予定にしなかったことを…………。












 下準備が進んで異世界への理解が増すに連れて、三人は一つの問題に行き当たった。


 文明を何処まで進めてよいのか、である。


 最終的に惑星全土の迷宮を探し出し、核を破壊してしまうことが目的ではあるものの、あまり劇的にコトを進めすぎた際の副作用が怖くなったのである。


 迷宮は生中に踏破できる物ではない。内に蔓延る走狗は尽きることを知らず、屈強で死を恐れぬ怪物を近接兵器だけで相手をするには命が幾つあっても足りない。


 なので銃が欲しくなる。安全に距離を取り、大口径の一撃で屠ることができる武器は探索者の生存率を上げ、同時に探索を効率化させるために必須ともいえる。


 同時に暗い迷宮の内部を――例外もあるようだが――明るく照らすことのできるフラッシュライトや投光器も欲しかったが、それをやるには電気を作らねばならない。


 電気に電波、そして発動機。全て近代文明に必要な要素であるものの、三人はこれを作って良いものか悩んだ。


 無論、あるに越したことはない。三人とも文明のぬるま湯に浸かって生きてきた人間であるがため、夏場にクーラーがないことなど考えられず、冬場に温々暖房にあたりながらアイスを貪ってきた。


 それが便所は原則汲み取り式で、水洗便所でも下水に流れる水流に任せた原始的な構造。夏場に氷菓など手に入らず、移動は徒歩か腰に悪い馬車、ないしはとろくさい輿。都市一つ離れたら書簡のやりとりに数日かかり、書類の共有でさえ難儀するような所で何時までも不便をしたくないのが人間心理である。


 「でもなぁ、やり過ぎて気の早い世界大戦を起こされても困る……」


 「戦争の発端って、大抵は新しい技術の発見による文明の爆発的成長が起因ですものね」


 ボールペンでこめかみをガリガリやるB、そのぼやきに応えたCはモニターの向こうで賑やかに贅沢なことをする光景を眺めていた。


 書架での調べ物の中、些か根を詰めて疲れが来たため、PCで映画を流して休憩していたのだ。


 とある大予算を投じたハリウッドの戦争映画。その中でも特に有名な、海岸線に敵前にて強行上陸を敢行しようとしているシーンであった。


 大体どの文明にも言えることだが、技術の発展に伴って戦争は苛烈になっていき、技術が発展したら使いたくなるのが人間の性なのか、酷い死に方をする兵器でも臆面なく導入し戦火を広げていく。


 鉄器の発明から始まり、鐙、攻城兵器、銃砲に航空機。そして核兵器と文明が発展して行くにつれて戦争の規模は歯止めが止まらなくなり、最終的には人類が自身の意志によって自らを滅ぼす可能性を得るに至る。


 「機関銃コッワ……冷静になると、なんでこの人達、こんなの相手に生身で戦争してるんだ?」


 「それはね、何時だって防御に比べて火力が優越するのが科学だからよ」


 20年以上かけてやっとこ生産者として一人前になる人間が、一山幾らの勢いで詰め込まれた揚陸艇の蓋が開くと同時、機関銃座からの掃射を受けて1円の価値もないクソ袋に成り果てる姿を見てAが身震いした。


 「だとしても命が安すぎる。人間が成人するまでにどれだけのコストと時間がかかるか。街の中心でボタンを押せばポンと出てくる訳じゃねぇんだぞ」


 「まー、空気からパンを作り出せるようにしちまった双子神のせいで人口が膨らんで、相対的に人命が安価になっちまったからなぁ」


 「ハーバーさんとボッシュさんは兄弟じゃない定期」


 元から世界を滅ぼす要素があるファンタジーな世界で、更に要らん物を持ち込むのに忌避感を抱いてなんら不思議はあるまい。三人は一応“世界を救う”というお題目を与えられているのだから、その後のことも考えておく必要があろう。


 迷宮を踏破する武器を作るのはよいが、それが行きすぎて彼等の帰属する国家が勢い余った結果、世界征服なんぞに乗り出されると後味が大変によろしくない。


 死の灰と瓦礫まみれの中で最後に死ぬことを勝利と呼ぶ、なんて皮肉を地で行かれては堪ったものではない。


 「これ、どっちもチャカ持ってるし戦車も航空機もあるからいいが……片っぽだけが持ってたら酷いことになるな」


 「おお、なんたる築地めいた光景か! ってか?」


 「築地じゃすまないと思うわよ……50口径なんて浴びたら、防備があっても挽肉になるんだから」


 植民地を作って世界に冠たる大帝国になるくらいならば我慢できるが、三人によってもたらされた技術的アドバンテージによって、数百万の死体を積み重ねて暗黒メガエンパイアなんぞを樹立されては寝覚めも悪い。


 なので作る物の策定には慎重を期する必要があった。


 小銃は良くても機関銃は拙く、同時に火砲の類いも火薬の発明によって誰かが作るにしても、重砲を率先して開発するのは危険すぎる。戦争の方法がガラッと変わることによって、他の国家が追随できず、実に容易く併呑されてしまうからだ。


 なので銃を作るにしても自動装填が可能な後装式連発銃の開発は躊躇われた。50BMGという全てを挽肉にする人類の叡智をばらまける重機関銃を造り、それに車輪を付けて掃射しつつ前進することでゲームバランスそのものを崩壊させる案は大変に魅力的ではあったが、やはり“殺しすぎる”武器は外に持ち出されるのが困りものだ。


 小銃ならば、殺しの効率は上がっても限界がある。所詮、最大効率でも個人が携行できる弾薬の数しか殺せないのだから、まだまだ奥ゆかしい方だ。100人が担いで陣地を作れば、一万人を押し返すことができても征服までは難しい。


 一方で重機関銃は一挺持ち込めば、少数の歩兵が護衛に当たると旧式の歩兵が1,000人突撃したところでネギトロの山が生産されるだけの戦略兵器じみた戦果を上げられる。ここに後装式火砲や迫撃砲などが加わったなら、最早戦場は戦場ではなく屠殺場に成り果ててしまう。


 これに異を唱えられるのは、生きた災害とも呼ばれる“竜”や、彼等に並ぶ巨大な存在のみとなろう。


 「単に作りゃいいって訳じゃないのが厄介だな。全てを政治でコントロールすることもできんし。クーデーターとなれば、私は無力だ」


 「軍隊同士でドツキ合うのもね……転生後のあたしは小口径なら耐えられそうだけど、不死身でもないし。いやよ? ロケランぶち込まれて四散するの」


 「スラッシャー映画の怪物か、ホラゲのラスボスみてーなヤツだな、おめー……。まぁ、世界征服に欲出すような武器作っちまったり、征服地を効率的に統治できるような技術は止めといた方が良いか。となると、欲しくて堪らんが電気はお預けかねぇ……」


 「えぇ!? エアコンは!? 真夏の部屋でチゲ鍋は!? 真冬のこたつでアイスは!?」


 贅沢抜かすんじゃねぇ! とBはAにヘッドロックを見舞い、Cは反抗のため振り回される手足に殴られぬよう円卓から離れた。


 人生を豊かにする技術も、逆を返せば誰かの人生を台無しにすることもできる。遠くに繋がる便利な技術も、被征服地を統治することに使われ、物を冷やす技術はより遠くに征服軍を送り込むことになる。


 最低限の度合いを測ることほど難しいことはない。こればかりは失敗と戦争に塗れた地球人類史というお手本があろうとも、どんな愚かなことでも可能であるならしでかしてしまう生物蔓延る地に赴く以上、絶対はない。


 この便利さを全て手放すことが喜ばしく思う日など来ないのだろうなと思いつつ、Cはモニターの向こうで演じられる人類の愚行を冷めた目で眺めるのであった…………。 

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