最終回

「なんでよ。使っていいわよね」

「だからダメだっつの。キスは度を越えてるから」


 キスしたくなる薬とかいう、突飛な代物を出してきた七条。

 当然、それに本当に効果があるのかと言われれば、答えはノー。


 確かめるまでもなく、七条の手に握られたそれは偽物だ。だがそれを使っていいかと聞かれれば、話は変わってくる。

 七条は半眼で俺を見つめると、プイとそっぽを向いた。


「なんでよ意気地なし」

「意気地の問題じゃない!」

「古川ってアレよね。長年付き合ってる恋人にいつまで経ってもプロポーズしないタイプ」

「グサッとくる例えやめろ。お、俺はそんな人間じゃないから。やる時はやる男だから!」

「はんっ。古川にしては面白いこと言うじゃない」

「おい。ナチュラルに普段つまらないみたいな言い方はなんだ」

「あ、ごめん。つい……」

「っ。ホント可愛げねぇ」


 コイツは本当に俺のこと好きなのだろうか……。 

 しょっちゅうこんな態度を取ってくるから不安になる。


 俺が肝心な時決めきれないのも、七条のこの性格が災いしている気がする。


「……しょ、しょうがないじゃない」

「え?」

「あたし、素直になれないの。こういう性格なんだからしょうがないじゃんっ」


 吐き捨てるように、七条が言う。

 俺の服の袖をつかんで、潤んだ瞳をそっと向けてきた。


「……あ、今ちょっと可愛いわ」

「は、はぁ? 意味わかんない」

「てか別に、それを卑下する必要はないだろ」

「え? だって、古川すぐあたしのこと可愛げないって」

「それが悪いなんて一言も言ってない」

「そうとしか聞き取れないわよっ」


 七条が語気を強めて文句を垂れてくる。

 ふん、と鼻を鳴らしながら、あさってに視線を向けた。


 沈黙が下りる。

 二人して押し黙り、目線を合わせない。


 そうして、静寂に支配されたリビング。

 これがもし七条以外の相手だったら、俺はこの沈黙に耐えられなくなっていた気がする。

 ただ不思議と七条となら、嫌な沈黙にはならなかった。


 俺たちはテレビ画面を見つめると、再びレースを開始する。特に何も言わないまま、一周目が終わったところで、俺は呟くように口を開いた。


「俺たち付き合うか?」

「うん。付き合う」

「…………」

「…………」


 再び沈黙が下りるリビング。

 今度は少し居た堪れない。


 ゲーム音だけが流れる時間を過ごす。

 そんな中、最初に切り込んだのは七条だった。


「……ったく。なんで今言うのよ。信じらんない。もっと他に言うタイミングあったでしょ」

「うっ……て、てかこの役目を俺に押し付けてる方も問題だろ」

「だ、だって振られたら立ち直れないじゃない」

「俺だって同じだわ」

「古川の場合は、散々確定演出出てたでしょ! 怖気付く要素なかった!」

「脈アリのことを確定演出って言うな!」


 付き合うことが決定した男女とは思えない会話だった。


 ワーワー言い合いつつも、俺たちはゲーム画面を見つめる。決して、お互いの顔は見ない。正確に言えば、恥ずかしくて目を合わせられなかった。


「……どうせ告るなら、もっとガツンと胸を打つ告白されたかった……」

「付き合って早々ダメ出しかよ……」

「将来子供に『パパとママってどうやって付き合い始めたのー?』って聞かれたときどうするのよ。『ゲームしてる時に、しれっと言われたわ』って答えなきゃならないのよ。最悪じゃない」

「そう答えればいいだろ別に。てかお前どこまで想定してんの……」

「は? 一度付き合ったら墓場まで一緒でしょ」

「重すぎだろ! はぁ……マジか俺、七条と結婚して子供まで作って、しまいには一緒の墓で眠らないとダメなのかよ……」

「嫌なわけ?」

「いやまぁ、それも悪くはないかもな。七条と居る時間は退屈しないし」

「……っ。そんな事言われると、あたし本気にする……」


 ぽしょりと消え入りそうな声で呟く。


「ほ、本気にされるのは困るんだけど……」

「な、なによ! 期待させるコト言うだけ言うのさいてー」


 そうは言うが、まだ高校生の身。

 先のことなど考えられない。妄想するのが限界だ。本気で結婚やその先まで、人生プランに組み込まれるのは荷が重い……。


「そういやさっきのアレさ」

「アレ?」

「キスしたくなる薬とか言う、頭の弱いやつだよ」

「なに。それ暗にあたしのことバカって言ってる?」

「どストレートに言ってるんだよ」

「……っ。ほんとムカつく。古川とか、絶対あたし以外付き合ってくれる女の子居ないんだからね」

「へいへい。七条さんが居てくれて助かります」

「むう。で、これがどうかしたわけ?」


 七条がちゃぶ台の上に放置されてある『キスしたくなる薬』を一瞥する。


「いや、使わねぇの?」

「は? 古川が使わないって言ったんじゃない」

「それは付き合う前だろ。今は違うじゃん」

「で、でも……そういうのは普通、ある程度恋人の期間を培ってたからするものでしょ。急ぎすぎ」

「恋人になる前にしようとしてた奴がよく言うわ」

「……っ。な、なによ。てか、モノに頼ってキスしようとか最低」

「お前が言うんかい」


 柄にもなく関西弁を出す俺。

 本当にこの彼女は、どの口で物を言っているのだろう。


 とはいえ、七条の言い分も一理ある。

 何かに言い訳を求めて行動するのは、違うか。


 気がつけば、レースも終盤。

 俺が二位で、七条が一位だ。アイテムの力に助けられて、かなり距離を詰めることができている。


 しかし結局のところ、七条に粘られてそのまま勝ち逃げされてしまう。俺は二位だった。


「またあたしの一位ね。古川じゃ、あたしの相手にならないなー」

「今回のはだいぶ惜しかっただろ」

「あたしが手を抜いてあげてたんだけど?」

「ほざきやがって」

「じゃ、次古川が一位取れたら……き、きす、してあげてもいいわよ」

「……っ。言ったな。あとで撤回とかナシだからな」

「い、いいわよ。絶対負けないんだから」


 俺はコントローラーを持つ手を強める。

 七条も身体に緊張を走らせているのが感じ取れた。




 〜五分後〜


「いや負けてどうするのよ! 二位どころか、六位ってもう、論外じゃない!」


 激昂する七条の姿があった。

 ソファから立ち上がる。赤い顔をしているが、羞恥から憤怒へと意味合いが変わっている。


「いや……なんか調子悪いわ今日」

「むぅ。古川ほんと信じらんない」


 嘆息しながら、ソファに腰を下ろす。

 頬杖をついて眉間にシワを寄せていた。


 俺はコントローラーを手放すと、仏頂面の七条へと向き直る。


「七条」

「なによ」

「負けたけど、俺、七条とキスしたい」

「っ。ぷ、プライドないわけ?」

「欲には忠実であるべきだろ。それにさ、何か理由つけなきゃしちゃダメなの?」

「……か、勝手にすれば」


 七条も俺へと向き直る。

 ツンケンした態度だが、抵抗の意思は見せてこない。まぶたをそっと落として、無防備な顔を晒してきた。


 俺はそっと彼女の肩に手を乗せると、顔を近づけていき──そして。



「ただいまー。玄関に靴あったけど、結衣ちゃん来──失礼しました」



 ──硬直した。

 まるで打ち合わせしたかのようなタイミングで、妹の瑠璃が帰宅してきたのだ。地獄である。


 なまじ気を利かせて、リビングに入らずにそのまま扉を閉めたあたり、居た堪れない。


 これはもうキスどころではないな。

 視線を落として、深く嘆息した。その矢先だった。


「……ッ」

「んっ」


 唇に柔いものを押しつけられる感覚があった。

 時間感覚が崩壊して、俺の意識が持ってかれる。


 七条はプイとそっぽを向くと、赤かった顔に更に朱を注ぎ込んだ。


「ここまでやったなら、最後までやり切りなさいよね。ホント、男らしくないんだから」

「な、なんだよその言い草。やっぱ惚れ薬効いてるくらいが七条はちょうどいいわ」

「なっ──古川こそその方がいいんじゃないの。その捻くれた性格、直しなさいよ」

「んだとこのっ」


 お互い立ち上がり、視線で火花を散らす。

 本当に俺たちは付き合い始めたのだろうか。

 というか、恋人という肩書きが追加されたところで、これからも俺たちの関係性は変わらない気がする。


 ただ、それでいいと思う。いやそれがいい。

 こんな日常がこれからも続けばいいな──そう思った。


 〈完〉


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最後までお読み頂き、ありがとうございました。

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幼馴染が惚れ薬を渡してきたんだけど ~どう考えても惚れ薬が偽物な件~ ヨルノソラ/朝陽千早 @jagyj

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