美化委員とボロ切れ少女の異世界生活

椎菜田くと

第1話 拾って、拾われて

#1 ポイ捨てはゆるさない

 秋晴れの空が広がる行楽日和のとある休日。いつもはジョギングや散歩をたのしむ市民たちのいこいの場となっている自然公園に、軍手をしてゴミ袋をもった人たちが二十人ほど集まっている。月に一度行われる町内会のゴミ拾いの日だった。


「よいしょっと──ふう」


 いっぱいになったゴミ袋をゴミの収集場所におき、額の汗を服の袖でぬぐうひとりの若者がいた。参加者の大半が、ひまを持て余して運動がわりにと参加したお年寄りたちか、ゴミ拾いそっちのけで井戸端会議をしにきた主婦連中のなか、その学ランを着た男子高校生はとりわけ熱心にゴミ拾いに励んでいた。


「お疲れさま。今日もえらいわねぇ、シュウトくんは。お休みの日に遊びにいかずにボランティアだなんて」


「ほんとほんと、うちの子も見習ってほしいわ。いっつも家でゲームするか遊びに出かけてばっかりなんだから」


 会話に夢中だった奥さま方がシュウトに話しかけて労をねぎらったが、その手に握られたゴミ袋の中身はスカスカだった。口はよく動かすが、手足のほうはさっぱりなようだ。彼女たちのおなかのほうは蓄えられた脂肪でパンパンだというのに。


「ちょっと、わたしたち全然集めてないじゃない。シュウトくんに頼りっきりで」


「あら、ほんと。ごめんなさいねぇ、おしゃべりに夢中になっちゃって」


 奥さま方は、自分たちのもっているゴミ袋がからっぽでしぼんでいることに気がつき、申し訳なさそうに言った。


「いえ、好きでやってるだけですから」


 シュウトと呼ばれた若者はそっけなく答えると、愛用の火バサミと新しく用意したゴミ袋をもってゴミ拾いにもどる。彼に感化された主婦たちも、ようやく会話をやめて活動をはじめた。


 道端に設置された木のベンチに座っている男が、すこし早めの昼食をとっていた。コンビニ弁当にがっつき、ろくにかまずにお茶で流し込む。弁当を食べ終えると、レジ袋のなかに空の容器と飲み干したペットボトルをまとめて入れ、袋の口を結んだ。


 男は立ちあがってあたりをキョロキョロと見まわした。ゴミ箱を探しているのだろうが、この公園には設置されていない。ゴミは持ち帰る、これは鉄則だ。


 ゴミ箱が見つからなかったため、男はゴミの入った袋をベンチの裏に投げ捨て、そのまま悪びれもなく立ち去ろうとした。


 しかし、そのような悪行を絶対に見逃さない若者がいた。


「ポイ捨てするなああああああ!」


 おたけびをあげながらイノシシのごとく猛然とダッシュしてくるひとりの若者。シュウトと呼ばれた男子高校生だった。ポイ捨て男のすぐ目前にせまったシュウトは、息を荒らげ、血走った目でにらみつける。


「おい、おまえ……いまポイ捨てをしたな……」


「な、なんだよおまえ。たかがポイ捨てぐらいで」


「たかがポイ捨て……だと!」


 シュウトの右腕が怒りに打ち震える。ギュッと力が込められ、火バサミが手のひらや指に食い込む。いまにも殴りかかってきそうなオーラをはなっている。


「わかったよ、拾えばいいんだろ!」


 シュウトの鬼のような形相に圧倒された男は、おとなしく自分の投げ捨てたレジ袋を拾う。そのまま、このいかれた男から一秒でも早く離れたいと言わんばかりに、シュウトに背をむけて去っていこうとした。


「おい……」


 シュウトは男の背中に冷たい声を投げかけた。


 男はビクッと体をこわばらせ、ゆっくりと振りかえる。これがホラー映画ならば、悪霊か怪物がいきなり目のまえにいて襲いかかってくる場面だ。


「必ず分別するんだぞ……」


「わかってるよ!」


 と言いながら、男は全力で走り去っていった。


 ふぅ、と息をついたシュウトに、ゴミ拾いに参加しているふたりのお年寄りがパチパチと手を叩きながら声をかけてきた。


「いやあ、すばらしい! さすがはシュウトくんだ!」


「うんうん、今どきこんなに正義感あふれる若者は珍しいな!」


「正義感とか、そんなんじゃないですよ。ただ……ゆるせないだけです」


 老人たちに拍手で賞賛されるシュウトだったが、たいして気にする素振りも見せずに淡々と返事をした。


「謙遜することはないぞ。わるいやつに注意するのは勇気がいることだからな。逆ギレされて刃物で刺されるなんて事件もあるくらいだ」


「そうそう。わしもこのあいだ、うちの塀に落書きしてた悪ガキを叱りつけたんだ。そしたら母親が警察を連れて怒鳴り込んできてな。被害者のはずのこっちが悪者扱いされたわい。まったく、変な時代になったもんだ」


「はあ、そうですか──」


 熱く語るふたりの老人。シュウトは困ったようにあいづちを打った。


「わしらもシュウトくんに負けていられんぞ」


「うむ、もっとがんばらんとな」


 元気なお年寄りたちはゴミ拾いにもどっていった。


 さてと、次は山のほうに行くか。老人たちの背中を見送りながら、シュウトは次の目的地を決めた。


 その自然公園は山のふもとにあり、途中から坂道になっている。山といってもたいした高さではなく、幼稚園児や小学生がピクニック気分で登れる程度のものだった。ジョギングや散歩に来る人たちはたいてい坂道の手前でUターンしていくので、この先にはあまりひとけがなかった。


 シュウトは山のほうをじっと見つめていた。見ごろにはまだ早いが、紅葉に見入っているのだろうか。


 風は冷たく、日は短くなってきて、山の木々は平地に先駆けて赤や黄に色づきはじめている。もうじき山の紅葉は見ごろをむかえ、このあたりも多くの見物客でにぎわいを見せることだろう。


 シュウトはこう考えていた。葉が落ちれば忙しくなるな、と。


 まったく見入ってなどいなかった。すでにシュウトの関心は葉が落ちたあとのことにむいている。彼にとって紅葉とは、もうすぐ葉っぱが落ちるから掃除の準備をしよう、という合図でしかなかったのだ。


 紅葉狩りを楽しむ人は多いが、地面に落ちてしまえばやっかいものでしかない。山の落ち葉は土にかえるからいいが、コンクリートに覆われた市街地ではそうはいかずに排水溝を詰まらせる。シュウトには落ち葉拾いが毎年の恒例行事となっていた。


 ゆるやかな坂道を進んでいくと、森のなかへと続く階段があらわれた。この自然公園に隣接する神社の入り口だった。風流を解さない男は立ち止まってすこし考えたあと、神社へと足をむけた。


 ちょっとばかり急な階段をのぼっていく。石の階段は一段ごとの幅がせまく、おりるときには手すりがないと少々不安になるようなものだった。最後の一段を踏みしめ、色あせた鳥居をくぐり抜ける。


 さびれた小さな神社だった。参拝客がひとりもおらず、閑散としている。めったに人の来ない神社だからゴミはほとんど落ちていない。木の枝葉が散らかっているところを見ると、ろくに管理されていないようだ。


 皮肉なものだ、とシュウトは思った。参拝客で賑わうとゴミを捨てられ砂利を踏み荒らされる。かといって、だれにも参拝されない神社というのも問題だ。神さまにとってはどちらがいいのだろうな。


 物置小屋らしき建物の壁に竹ぼうきが立てかけてあった。シュウトはそれを使って軽く掃除することにした。境内をひと通り掃き、集めたものをゴミ袋に入れ、竹ぼうきをもとの場所にもどす。


 ひと仕事を終えて神社をあとにしようとしたシュウトは、自分の周囲が不自然に光っていることに気がついた。


 なんだこの光は、とシュウトはあたりを見まわす。


 シュウトの頭上高くから射し込む五本の光。あきらかに太陽の光とは違うそれらの光は、地面と垂直に射していて、まるで光の柱がそびえ立っているようだ。彼を取り囲むように等間隔に並んでいる。


 シュウトは柱と柱の間から抜け出そうとするが、光に阻まれて外に出られない。どうやら光には実体があり、通り抜けることができないようだった。


 五本の光の柱が動きだし、少しずつシュウトに近づいてきて、そのまま彼の体に巻きついた。胴体にしっかりとからみついた光は振りほどこうとしてもびくともしないほどに強力だったが、不思議と苦しくはなかった。そして、彼の体は重力がなくなったかのように静かに空へと昇りはじめた。


 なにが起こってるんだ。シュウトは必死に抵抗を試みるが、手足をバタつかせてもどうにもならない。ただただ困惑することしかできない。


 無慈悲にも高度はどんどんあがっていき、ただでさえ小さかった神社がさらに小さくなっていく。


「うわあああああ!」


 シュウトの叫び声が神社の上空にむなしく響く。


 しかし、この非常事態にあっても、その手には決して離すまいと相棒の火バサミがしっかりと握られていた。


 そして、シュウトは一瞬のうちに消え去った。


 秋晴れの空は青く澄んでいて、雲ひとつない快晴だった。さびれた神社はそれまでと変わらず、静かにひっそりとたたずんでいた。

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