そんたくのない話*シェ レ シュエット
一見だけの多いこの店でも、客のことを忘れてはいけないよとクリス様に言われたので、書き始めることにする。
金髪蒼瞳の令嬢が来られた。名前は聞けていない。クリス様にある職人を探してほしいと言って、自身のつけていた指輪も一緒に前払いをして出ていかれた。
骨董店にする依頼ではないと思う。
もし仮に職人の居場所を掴めたとして、どう連絡すればいいのだろうか。
クリス様のことだから、前払いでいただいた宝石で、ある程度は令嬢のことが見当がつくのはずだ。それに頼るしかない。
今まで何人か殺してきたのではないか、と勘違いさせる程の屈強な男が現れた。名前はイヴァン・ジロドー。黒髪茶瞳。筋肉が隆起した肌はよく焼けている。
彼の依頼品は黒と白の剥製だった。剥製を愛してやまない博識なクリス様でもわからない品物だ。リュビトレスク博士ならわかるだろうと言われていたが、謎は謎のままだ。
探していた職人が見つかった。
名前はヒューゴ・マルティネス。埋没しそうなほど特徴の茶髪茶瞳。やぼったさを感じさせる大きな眼鏡をしている。
見られた時のことを考えて、彼の悪評は控えておく。しかし、職人と呼ぶにはふさわしくないと思ったのは事実だ。オンショントモール侯爵の所でこき使われることを祈る。
再び、ジロドー様がたくさんの品物を売りに訪れた。その屈強な体を存分に活かして、荷運びの男よりも多くの荷物を抱えて運んでいる。
クリス様は物珍しい品物を見て、至極ご機嫌の様子だった。
わらの詰め物とも呼ばれる剥製と思って持ち上げたら、子供二人分の重さはある。両手で何とか持ち上げたが、何を詰めているのかわからない。
クリス様はわかっている様子だが、片手で軽々と抱えていた男は一生気付けない気がする。
時には子供も転がりこんでくる。今日、来た少年はアルマン、少女はモニクという名前らしい。兄妹なのか、濃茶髪黒に近い瞳を持っていた。
人形を売りに来たと言う。彼らが持つには少々高価すぎるビスクドールだ。もし、住みかに持ち帰ったら、たちまち奪われてしまいそうな逸品であることは確かだ。
お人好しなクリス様はその人形を預かることにして本来の持ち主を待つことにされた。
また、アルマンが来た。
本来の持ち主も現れたようだが、クリス様には黙りを決め込んだ。考えがまとまらない時は口には出されない方だからだ。
薬の買い付けを言付けられていた僕が会うことはなかった。いったい、誰が持ち主だったのだろうか。
フェリ、と名乗られる方が来られた。この店で偽名を使われることは珍しいことではない。特に売りに出す貴族は見栄があるのか、名乗りたがらなかった。
銀髪青みがかった灰瞳、緻密なレースが施されたドレスを着こなしているので、どこかの令嬢で間違いないだろう。
傷のついた螺鈿細工の手箱の売却依頼だった。クリス様は傷をなおすだけもできると言ったが固辞された。
訳あり品の香りがする。
常連のシュゼット様が来店。売買の相手として縁ができたが、相変わらず、毒気のない顔で腹の中は見えない。
螺鈿細工の手箱を探しているという。先日、修理を終えた事情を知っているのだろうかと思われる絶妙な時を狙ったかのようだ。
クリス様は、あの手箱の仕掛けを話さずに渡されてしまったが、不思議と彼女なら知っていそうな気がしてしまう。
今日は邪魔者がやってきた。―――――
リュカはそこまで書いて、書くのをやめた。あの変質者は客でもなんでもないと判断したからだ。いっそうのこと、頭から消え去りたい。
今日の日記はその一文で終わった。
手習い帖 かこ @kac0
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