PART3

講義が終わると、拍手が起きた。

 だが、一番前の席に座っていたのは学長、医学部長、教授達。

 いずれも腕を組んだまま仏頂面の体である。

 

 当然と言えば当然だろう。

 京南医科大学は、私立だが、我が国の医科大学ではトップクラスだ。

 ヒエラルキー社会の典型。

 そんな場所で、如何に天才とはいえ、30歳になったばかりの准教授が、自分達を飛び越して外国の高等医学研究所にスカウトされたのだ。

 頭の堅い学長、医学部長、古手の教授達は面白かろう筈はない。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 俺が先に建物を出て、柱の陰で待っていると、光明寺早苗が正面玄関から出て来た。

 彼女はロータリーに停車していた外交官ナンバーの黒塗りベンツに、迎えに来ていた外国人に囲まれて乗り込む。

 ウィンドをあげ、彼女はもう一度、居並ぶ仏頂面の偉いさん達に向かって、優雅に頭を下げた。

  ベンツが動き出すと、俺のすぐ後ろにトヨタの4WDが停車し、ウインドを下げて、一見鋭そうだが人懐こい、馴染みの顔がこっちを見る。

『へい、ダンナ、おまっとさん』

 俺はボンネットを一度叩いて、正面から車を回り込み、助手席に乗り込んだ。

『つけてくれ』

『あいよ。で、どこまで?』

『向こうが行く先までだ。見失うなよ』

『外交官ナンバーだぜ。神輿が町の中を駆け回ってるようなもんだ。心配ご無用ってもんさ』

 

 東京都内の複雑な道を、向こうに気取られないようにつける。

 しかし流石に”東洋一のプロ・ドライバー”である。

 相手の先を読みつつ、最小限気取られずに、後を付け、ついには赤坂のC国大使館に隣接している、大使公邸前に横付けになった。

 俺はジョージに、大使館の入り口から十メートル程離した路上に停車させ、ウインドウを半分だけ下ろし、双眼鏡で様子を探る。

 玄関のエントランスには、数人のC国人が並んで、車から降りてきた光明寺早苗を、最大級の笑顔で迎え、握手をする。

 

 俺はコートのポケットに手を突っ込み、折りたたんだ紙きれを引っ張り出す。

 新聞の切り抜きだ。

 スマホを使えばいいだろうって?

 何度も言ったろ。

 俺は根っからのアナログ人間なんだよ。

 数日前の新聞記事だ。

 そこには新しく赴任したばかりのC国の新大使の写真が載っている。

”ここで待っててくれ”俺はジョージにそう言い置くと、車を降り、速足で大使館へと向かった。


『何か御用ですか?』

 どこかの警備会社の制服を着た、いかつい男が二人、俺の前に立ち塞がった。

『今入っていったのは、元京南医科大学の光明寺早苗博士だね?』

 俺は警備員に向かって認可証ライセンスとバッジを提示して訊ねた。

『アポイントメントは取っておられますか?』

 警備員は俺の質問を無視し、表情のない声で問う。

『いいや』

 俺は答える。

『誠にお気の毒ですが、それでしたらお引き取り下さい。ここから先は許可のない方はお通しできませんし、質問にもお答え出来ません。』

『探偵だと名乗った筈だぜ。これは仕事なんだが』

『貴方が何者だろうと、お通しできません。お帰り下さい。』

『仕方ないな。出直すとしよう』

 俺は肩をすくめ、踵をめぐらす。

 そのまま4WDまで戻った.


 俺はドアを開け、中に首を突っ込む。

 運転席のジョージは所在なげに、ラッキー・ストライクのメンソールをふかし続けていた。

『首尾は?』

 煙と共に彼が言う。

『見ての通りさ』

 俺は答え、シナモンスティックを取り出して一本齧った。

『これからどうするね?ダンナ』

『決まってるだろう。俺は探偵だぜ。張り込みだ』

『付き合おうか?』

『いや、ここからは俺が一人でやる。ありがとう』

 俺はそう言って、ポケットからゴムバンドで留めた札を数枚出し、ジョージの膝に投げた。

『無理はしなさんなよ。バットマン』

『すまんな。ロビン』

 4WDはそのまま走り去った。

 俺はスティックを一本齧かじり尽くし、別の一本を咥え、歩道に立ったまま、大使館の建物を見上げていた。

 





 


 

 



 

 

 

 

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