ゲームの日


 ~ 十一月二十三日(火祝) ゲームの日 ~

 ※英雄欺人えいゆうぎじん

  卓越した能力を持つ人は、誰も思い

 つかない手段や行動をとる。




 冬が来る。

 そんな予感がすると呟いた親父。


 本格的に寒くなる前に。

 どこかに出かけよう。


 そう言っていたのに。

 今日がその日だってのに。


「冬が来る前に、膝に来たわけだな」

「いたたたた……。なんかごめんね?」

「いいさ。これまで、たった二人で親父の重みを支えて来たんだ。無理もない」

「僕、そんなに重くないよ!?」

「こいつらには重いさ。だって二人とも、まだ小僧だろうが」


 たまにジョギングについてきた翌日。

 膝が痛いと言い出した親父のせいで。


 インドアで遊ぶことになった俺たち五人。


 ……そう。

 五人。


「そしてなぜ貴様がここにいる」

「配達中だ。気にするな」


 いつもの横柄な態度で。

 ダイニングの席に着いてるカンナさん。


 気にするなと言われても。

 それは無茶ってもんだろう。


 呼び鈴も鳴らさず勝手に入ってきて。

 自分でコーヒー淹れて、クッキーまで持ってきて。


「やたら不機嫌そうだなお前」

「そりゃあ、呼んでねえ客がいたらこうなるだろうよ」

「いんや? あたしが来る前から不機嫌だったね」

「ちっ。さすがによく見てやがる」


 仰る通り。

 俺は、カンナさんが来る前から不機嫌だった。


「これ持って出かける予定が無くなったせいか?」

「広義には、そうだ」

「あー。なるほどね」


 雛さん特製、和風行楽弁当のお重を前にして。

 俺の不機嫌の原因を見つめるカンナさん。


 視線の先にいるのは。


「僕を置いて出かけても良かったんだよ?」

「い、いえ……。そういう訳には……」


 市販の湿布薬を手に。

 パッケージの説明書きを熱心に調べる女。


 舞浜まいはま秋乃あきの


「自分でやるから平気だよ?」

「ちゃんと効くか、確認しないと……」

「大丈夫。効くから」

「ジブチルヒドロキシトルエン……、N-メチル-2-メチルピロリドン……。うん、大丈夫」

「それほんとに大丈夫!? なんか怖い!」


 俺とのお出掛けより。

 親父を取った気がして。


 なんだか釈然としない。

 そんな気持ちでいたわけなんだが。


 俺の顔色からすべてを悟る。

 身の回りで一番の大人、カンナさんは。


 ため息つきながらこう言った。


「前にも言ったことあるだろ? いい女ってのは、友達より家族を大切にするヤツのことを言うんだ」

「彼氏でいる期間より、家族でいる期間の方が断然長いから、だっけ?」

「そう」

「その理論がピンと来ねえんだよな、俺には」

「なんでだよ」

「そもそも、どうしてみんなは俺とあいつを結婚させたがる」


 彼氏にはなりたい。

 もちろんそう思ってる。


 でも、それと結婚を。

 どうして関連付ける。


 無論、責任を逃れたいとか。

 そんなことは思ってないけど。


「まだ先のこと過ぎて分かんねえよ」

「なるほどね……」


 そうつぶやいたきり、意味深な笑顔を浮かべたまま。

 カンナさんは黙っちまった。


 ……なんだか。

 バカにされた感じがするけど。


 大人じゃねえんだから。

 まだ、よく分からねえよ。


 そもそも、付き合うって事すら。

 ふわっとした感じにしか分かってねえんだから。

  

「あ、えっと……。なにか欲しいものがあったら、代わりに取ってきますね?」

「ありがとう、秋乃ちゃん」


 湿布を貼り終えた秋乃が戻って来る。

 不意にあった目を思わず逸らす。


 妙な空気になっちまったが。

 こいつさえいれば、あっという間に元通りだ。


「あ! あねごちゃんだ!」

「おお、バカリリ。でかい箱抱えてどうした」

「ゲームしようと思ってな! あねごちゃんもやる? 凜々花考案のインドアまったりゲーム!」

「考案って……? 既製品じゃねえのか?」


 そう。

 このゲーム自体は既製品。

 でも、凜々花が考えた妙なルールのせいで。


「まったりできねえだろ、お前のルール」

「じゃあ、三人ではじめっか。途中から入りたくなったらおせーて?」

「さ、三人? あたしも入ってる……?」

「んもちろん!」

「で、でも、これなんか細工が……」

「細工? なんのこと?」

「だって、立哉君が一度も走らない……」

「そんなことねえって。さあ、やろやろ!」

「そうかなあ……」


 箱からゲームボードを取り出して。

 駒をみっつ並べて。


 早速ルーレットを回した凜々花が。

 出た目に従って駒を動かす。


「よっしゃ株で大儲け! ほんじゃ、銀行からお金貰って来る!」

「い、いってらっしゃい……」

「いってらー」

「……おい、バカ兄貴」

「なんだ?」

「どうしてバカリリは廊下に飛び出して行ったんだ?」

「凜々花考案ルールでな。銀行は、二階にあるんだ」

「はあ!?」


 ……小学生のころ。

 雨続きのある日、こいつが思い付いたアクティビティ。


 もっとも当時はアパート住まいだったから。

 銀行は、上の階の廊下に建っていたんだが。


「これの、どこがまったりなんだ?」

「俺に聞かれてもな。……秋乃の番だぞ?」

「ひい……」


 そして凜々花の帰還を待たずに。

 次の人はルーレットを回すのがルール。


「こ、交通事故……。銀行にお金を支払ってきます……」

「はい、いってらー」

「……カンナさん」

「ん? あたしはやらねえぞ、こんな変なゲーム。なんたって、配達中だし」

「そう思うならすぐ帰れ」

「た、立哉君がインチキしてないか、見ていてほしい……」


 秋乃の置き土産に。

 眉根を寄せたカンナさん。


 そんな視線を浴びながら。

 俺はくるりとルーレットを回す。


 そう。

 秋乃の言う通り、俺はインチキが出来る。


 ルーレットを掴む時。

 俺は、溜めをつくるために逆に回す動作を入れるんだが。


 その時、出したい目に合わせてから。

 散々猛特訓して身体にしみ込ませた力加減でルーレットを回せば……。


「3だ。学校卒業。みんなから十ドル貰う」

「なるほど、その場合は動かなくていいんだな」

「銀行関係ねえからな」


 俺は、みんなの手元から十ドルずつお金を貰って。

 そしてタイマーをオン。


「たでーまー! もう凜々花の番?」

「今スイッチ押したところだ」

「あぶな!」


 帰って来た凜々花がタイマーを止めて。

 ルーレットを回して。


「よっし! 動画で大儲け! 三百ドル貰って来る!」

「その前にタイマー押しとけ」

「オッケー! スイッチ、オーン!」

「おいバカ兄貴」

「今度は何だ」

「そのタイマーは何だ?」

「自分の番が来たら、十秒以内にルーレット回さねえと罰ゲームが待ってる」


 そう説明してる間に。

 秋乃が駈け込んで来たんだが。


 多分、凜々花に邪魔されたんだろう。

 ギリギリ間に合わず、アラーム音が一瞬聞こえた。


「セ、セーフ……、よね?」

「いや、ギリギリアウト」

「ひどい……」

「そう言われても」


 ぐずる秋乃の前に。

 罰ゲームボックスを置くと。


 しぶしぶ、中から一枚。

 折りたたまれた紙を引く。


「…………変顔」

「よしこい」

「……んぱ」

「うはははははははははははは!!!」


 笑いの天才は。

 こんな技まで持ってるのか。


 手も使わずに。

 よくそこまで面白い顔できるもんだ。


「じゃ、じゃあ、ルーレットを……」

「走り出す姿勢のまま回すな」

「や、やった! 一回休み……!」

「いいなあ!」

「やるなあ」


 戻って来た凜々花と共に。

 一回休みを羨ましがる。


 ゲームとしては。

 実に変な状況。


 よし、だったら。

 俺も同じマスに……。


「じゃあ、俺の番だな」

「まて。バカ浜が言ってた通りだ。こいつ、イカサマしてたぜ?」

「うん?」


 待て待て。

 気付けるはず無いじゃないか。


 でも、あてずっぽうを主張して。

 もしも正解を指摘されたら目も当てられない。


 どう返事をしたものか。

 悩んだ間がまずかった。


「すぐ返事できないってことは、なにか思い当たる節があるって事だな?」

「や、やっぱり……」

「まてまて、濡れ衣だ!」

「じゃあ、お前の分のルーレットはあたしが回してもいいな?」

「うぐ」


 見事な話の持って行き方。

 これが年の功か。


 今度こそ二の句が継げなくなった俺の前に。

 秋乃が、罰ゲームボックスを差し出してきた。


 仕方が無いから、箱へ手を突っ込んだが。

 俺は、もうひとつイカサマを仕込んである。


 角が丸まってる紙。

 こいつを引けば……。


「よし、ラッキーカード」

「そ、それもイカサマ……!」

「ええい、ぐずぐず言うな。えっと、内容は……? 親父が銀行からもって来た千ドル札を貰う?」

 

 そんな罰ゲームを聞いて。

 肩を落とした秋乃は。


 親父の代わりに何でも取って来ると言った手前。

 とぼとぼと、肩を落として二階へあがって行ったのだった。



「……ほら、いい女じゃねえか」

「まあ、な」



 そんな秋乃が戻って来た時。

 俺は、せめてもの罪滅ぼしに。


「じ、自分でできる……」

「うるせえ」


 秋乃の足に。

 湿布をしてやった。

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