エレベーターの日
~ 十一月十日(水)
エレベーターの日 ~
※
先に攻撃した方が勝つ
「凜々花ちゃん。これは?」
「エレ……、いや、エ……、エスカレーター」
「あはははははははははははは!!!」
……秋乃が我が家に転がり込んできて以来。
一つの事実に頭を悩ませている。
俺がどれだけ趣向を凝らしても。
こいつの普段通りの面白さに勝てやしないということ。
「お前、ほんとに中三か?」
「ほんとだよ! 来年になったら、おにいと同じ学校行って友達百人作るんだ!」
「発想が幼稚園児じゃねえか」
まあ、俺ももちろん。
一緒に話していて楽しいことにウソ偽りはねえんだが。
それにしたって。
「もうワンチャンス。これは?」
「エス……、いや、エ……、エベレーター」
「あはははははははははははは!!!」
デパートの、エレベーターの前で。
凜々花の天然ボケに腹をよじらせているこいつは。
もはや、ワザとなんじゃねえかって程。
俺のネタにはクスリともしないくせに。
凜々花がなんかする都度。
こうして爆笑しているわけなんだが。
「…………凜々花より、俺の方がおもしれえと思うんだけどな」
「そ、そうかな……。凜々花ちゃん、面白いよ?」
「まあ、凜々花は笑いの神に愛されてっからな。でもエレ、エスカベーター案件でおもしれえとか言われるのは微妙だけど」
「エスカレーターだ」
俺が指摘すると。
後ろに並んでた女の子が、お母さんに。
「おにいちゃん、まちがってるよね? これ、えれべーただよね?」
とか言ってるのが聞こえてきたが。
こんな面白現象が発生してるのに。
震源地が俺だと、こいつは眉一つ動かすことは無い。
「やっぱ、わざとなのか?」
「え?」
くそう、秋乃のやつ。
本気でなに聞かれたのか分からねえって顔してやがる。
かくなる上は……。
「よし、凜々花! 勝負だ!」
「お? いいね! 凜々花毎日特訓してっからな! 今日こそおにいより鼻の穴大きく広げてみせんぜ!」
「何の勝負が始まったんだ!? 今まで一度もそんな勝負したことねえだろ!」
「あはははははははははははは!!!」
「へ? 他のことなんかなんにも思い付かねえよ。じゃあ、何の勝負すんの?」
「どっちが秋乃を笑わせることができるかと……」
「……既に凜々花の勝利じゃん」
「あはははははははははははは!!!」
ちきしょう。
あっという間に二敗目だ。
だが、ここからが勝負。
エレベーターなんて、笑いの宝庫だからな!
「た、立哉君……」
「なんだよ! まだたったの二敗だ! ここから巻き返してやる!」
「ほ、他のお客様にご迷惑……」
うぐ。
確かに秋乃の言う通り。
貸し切りならいざ知らず。
いい大人がみっともねえことできねえか。
河岸を変えての勝負としよう。
俺は、凜々花にそう言おうと思ったんだが。
こいつは何やら。
ダンスを踊りだして。
そして最後に手の平を。
バッと扉に向けると。
「出でよ! アマテラス!」
チーン!
ちょうど開いた扉から。
つるつる頭のおっさんが出て来たもんだから。
「あはははははははははははは!!!」
あっという間に三連勝。
「お、おい、凜々花。ちょっと今は、周りの目が……」
「まだまだ!」
くそう、こうなった凜々花を止める手立てなんかねえ。
なりふり構っていられるか!
「俺も、何かネタを……」
「んじゃ、お邪魔しまーす!」
「あはははははははははははは!!!」
「凜々花! 靴! 靴!」
「そして最初に入った者の宿命! 鳥居の方を押す!」
「鳥居ってなんだよ!」
「『オ』の対義語」
「さすがに読めるだろ開くと閉じるくらい!」
「お、お腹痛い……!」
くそう!
考えてる暇がねえ!
マシンガンか貴様は!
「あ、後ろに並んでた方も御遠慮なく。どうぞ靴のままおあがりください」
「入りづらいわ他のお客様が」
「何階? 凜々花が押すよ!」
「三階で……」
「じゃあ、おにいは?」
「四階だろ俺たちが行くのは」
「了解。一、二、三、四」
「その四回じゃねえ! 三階のボタン何度も押すな!」
「あはははははははははははは!!!」
「あれ!? 押したはずなのにランプが消えた!」
「そういうふうにできてるんだよ! 早くもう一回押せ!」
「あはははははははははははは!!!」
こりゃダメだ!
ネタと天然が交互に押し寄せて勝負にならねえ!
ここは勝負を捨てよう。
俺は、お母さんと女の子に謝るフリで誤魔化すと。
「三階でーす! いってらっしぃませー!」
親子に手を振った後、深々とお辞儀して見送る凜々花の頭が。
扉に挟まれたところでついに噴き出した。
「うはははははははははははは!!!」
「あはははははははははははは!!!」
……こりゃ勝負にならん。
四階について、真っ先に駆け出す凜々花の背中を見ながらため息だ。
そんな可愛い妹は。
俺と秋乃に、とびっきりの笑顔を向けながら。
元気に言ってのけた。
「ほんじゃ凜々花、早速おもろいこと考えるぜ! まだ一勝しかしてねえかんな!」
「全部天然かい!」
「あはははははははははははは!!!」
呆然とする俺の隣で。
腹を抱えて笑う秋乃。
その足には。
靴が無かった。
「うはははははははははははは!!!」
こりゃだめだ。
俺は、圧倒的な敗北感を胸に。
呆れた二人を連れて。
靴売り場へ入って行った。
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