エレベーターの日


 ~ 十一月十日(水)

  エレベーターの日 ~

 ※先手必勝せんてひっしょう

  先に攻撃した方が勝つ




「凜々花ちゃん。これは?」

「エレ……、いや、エ……、エスカレーター」

「あはははははははははははは!!!」


 ……秋乃が我が家に転がり込んできて以来。

 一つの事実に頭を悩ませている。


 俺がどれだけ趣向を凝らしても。

 こいつの普段通りの面白さに勝てやしないということ。


「お前、ほんとに中三か?」

「ほんとだよ! 来年になったら、おにいと同じ学校行って友達百人作るんだ!」

「発想が幼稚園児じゃねえか」


 まあ、俺ももちろん。

 一緒に話していて楽しいことにウソ偽りはねえんだが。


 それにしたって。


「もうワンチャンス。これは?」

「エス……、いや、エ……、エベレーター」

「あはははははははははははは!!!」


 デパートの、エレベーターの前で。

 凜々花の天然ボケに腹をよじらせているこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 もはや、ワザとなんじゃねえかって程。

 俺のネタにはクスリともしないくせに。


 凜々花がなんかする都度。

 こうして爆笑しているわけなんだが。


「…………凜々花より、俺の方がおもしれえと思うんだけどな」

「そ、そうかな……。凜々花ちゃん、面白いよ?」

「まあ、凜々花は笑いの神に愛されてっからな。でもエレ、エスカベーター案件でおもしれえとか言われるのは微妙だけど」

「エスカレーターだ」


 俺が指摘すると。

 後ろに並んでた女の子が、お母さんに。


「おにいちゃん、まちがってるよね? これ、えれべーただよね?」


 とか言ってるのが聞こえてきたが。


 こんな面白現象が発生してるのに。

 震源地が俺だと、こいつは眉一つ動かすことは無い。


「やっぱ、わざとなのか?」

「え?」


 くそう、秋乃のやつ。

 本気でなに聞かれたのか分からねえって顔してやがる。


 かくなる上は……。


「よし、凜々花! 勝負だ!」

「お? いいね! 凜々花毎日特訓してっからな! 今日こそおにいより鼻の穴大きく広げてみせんぜ!」

「何の勝負が始まったんだ!? 今まで一度もそんな勝負したことねえだろ!」

「あはははははははははははは!!!」

「へ? 他のことなんかなんにも思い付かねえよ。じゃあ、何の勝負すんの?」

「どっちが秋乃を笑わせることができるかと……」

「……既に凜々花の勝利じゃん」

「あはははははははははははは!!!」


 ちきしょう。

 あっという間に二敗目だ。


 だが、ここからが勝負。

 エレベーターなんて、笑いの宝庫だからな!


「た、立哉君……」

「なんだよ! まだたったの二敗だ! ここから巻き返してやる!」

「ほ、他のお客様にご迷惑……」


 うぐ。

 確かに秋乃の言う通り。


 貸し切りならいざ知らず。

 いい大人がみっともねえことできねえか。


 河岸を変えての勝負としよう。

 俺は、凜々花にそう言おうと思ったんだが。


 こいつは何やら。

 ダンスを踊りだして。


 そして最後に手の平を。

 バッと扉に向けると。


「出でよ! アマテラス!」


 チーン!


 ちょうど開いた扉から。

 つるつる頭のおっさんが出て来たもんだから。


「あはははははははははははは!!!」


 あっという間に三連勝。


「お、おい、凜々花。ちょっと今は、周りの目が……」

「まだまだ!」


 くそう、こうなった凜々花を止める手立てなんかねえ。

 なりふり構っていられるか!


「俺も、何かネタを……」

「んじゃ、お邪魔しまーす!」

「あはははははははははははは!!!」

「凜々花! 靴! 靴!」

「そして最初に入った者の宿命! 鳥居の方を押す!」

「鳥居ってなんだよ!」

「『オ』の対義語」

「さすがに読めるだろ開くと閉じるくらい!」

「お、お腹痛い……!」


 くそう!

 考えてる暇がねえ!


 マシンガンか貴様は!


「あ、後ろに並んでた方も御遠慮なく。どうぞ靴のままおあがりください」

「入りづらいわ他のお客様が」

「何階? 凜々花が押すよ!」

「三階で……」

「じゃあ、おにいは?」

「四階だろ俺たちが行くのは」

「了解。一、二、三、四」

「その四回じゃねえ! 三階のボタン何度も押すな!」

「あはははははははははははは!!!」

「あれ!? 押したはずなのにランプが消えた!」

「そういうふうにできてるんだよ! 早くもう一回押せ!」

「あはははははははははははは!!!」


 こりゃダメだ!

 ネタと天然が交互に押し寄せて勝負にならねえ!


 ここは勝負を捨てよう。

 俺は、お母さんと女の子に謝るフリで誤魔化すと。


「三階でーす! いってらっしぃませー!」


 親子に手を振った後、深々とお辞儀して見送る凜々花の頭が。

 扉に挟まれたところでついに噴き出した。


「うはははははははははははは!!!」

「あはははははははははははは!!!」


 ……こりゃ勝負にならん。

 四階について、真っ先に駆け出す凜々花の背中を見ながらため息だ。


 そんな可愛い妹は。

 俺と秋乃に、とびっきりの笑顔を向けながら。


 元気に言ってのけた。


「ほんじゃ凜々花、早速おもろいこと考えるぜ! まだ一勝しかしてねえかんな!」

「全部天然かい!」

「あはははははははははははは!!!」


 呆然とする俺の隣で。

 腹を抱えて笑う秋乃。


 その足には。



 靴が無かった。


 

「うはははははははははははは!!!」


 こりゃだめだ。

 俺は、圧倒的な敗北感を胸に。



 呆れた二人を連れて。


 靴売り場へ入って行った。


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