第41話 辺境最前線の防衛戦術

「さあ! ここで手を休めるな! なんとしても、月城を奪還するのだ!」


崔の二万の軍勢を殲滅した俺達は、その勢いのまま月城を包囲する。

といっても、漢升殿が事前に確認した限りでは、城の守備兵はわずか千程度。おまけに月城は元々は涼の領地でもあるので、内応する者もいるだろう。


「それで……子孝、どう攻める?」

「はい。【模擬戦】で見出した策としては、城壁の上にいる守備兵は戦車に搭載しているいしゆみで攻撃しつつ、漢升殿に場内に進入していただいて中の住民達と呼応して城門を開き、そこへ一気になだれ込んで制圧しましょう」


そう……俺は、この月城に到着するまでの間、【模擬戦】に潜って事前に策を練っておいた。

そして、潜っている間は、白蓮様が俺を馬に乗せるなど世話をしてくれたのだ。


最初は兵達に世話をさせようと思っていたのだが。


『子孝はこの我が面倒を見る。他の誰にも、この役目を譲るつもりはない』


と、自ら買って出てくださったのだ。


何より……白蓮様が俺の事を大切にしてくださっていることが、嬉しくて仕方ない。


「む……子孝、これから戦なのだぞ? そのように腑抜ふぬけた顔をされては困るな」

「はは……すいません。ですが、それもこれも全部、白蓮様のせい・・・・・・なのですが……」

「なな、なんだと!?」


俺の言葉の意味を理解した白蓮様は、顔を真っ赤にさせて目を白黒させる。

はは、俺の想いも白蓮様の想いもお互いに気づいた以上、これからは遠慮するつもりはないですから。


「さあ……この戦、月城を奪還して締めましょう! それで武定の役目は全て終わりです!」

「う、うむ! そうだな!」


そうですとも。この月城を奪還したら、俺は……あなたに伝えるんだ。


この、想いを。



「やった! 城門が開いたよ!」

「今だ! 突っ込めえええええええ!」

「「「「「おおおおおおおおおおおー!」」」」」


白蓮様の合図で、兵達が城の中へ一斉になだれ込む。


だけど……。


「ほらほら! 後れを取るわけにはいかないよ! 騎馬の民の強さ、今こそ見せつけてやるんだ!」


ええとー……なんで姫君が先頭切って突っ込んでるんですかね? ああほら、思文殿が必死になって追い掛けてる……。


「子孝! 何をしている! 我等も行くぞ!」

「あ、は、はい!」


白蓮様に急かされ、俺も慌てて城の中に飛び込むと……うん、あらかた守備兵を倒し終わって、残ってるのは戦後処理くらいしかないな。


「えへへー、ここからは子孝様と私の出番ですね」

「月花、言うな……」


後方に控えていた月花が俺の隣にやって来て、はにかみながらそう告げる。

だけど分かっているのか? これからしばらく、俺達には地獄のような仕事量が待っていることを……。


なお、月花については二万の軍勢を壊滅させた後、兵站へいたんの維持管理をさせるために従軍することになった。

本当は武定に残しておきたかったのだが、本人たっての希望であったことと、もはや兵糧を含めた一切の管理は月花が取り仕切っているため、やむなく従軍させたのだ。

いや、本当に使えない上司で申し訳ない……。


すると。


「あ……私は向こうの被害状況を確認してまいります!」

「ん? あ、ああ……」


月花が突然そんなことを言い出したので、俺は曖昧あいまいに返事をする。というか、急にどうしたんだ?


そして。


「子孝様! 頑張ってください!」


頑張る? 何を?

月花の妙な激励に首を傾げ……って。


「子孝……とりあえず、これで月城は陥落したな」

「あ……」


一通り指示を出し終えた白蓮様が、俺の傍にやって来た。

あー……月花め、本当に気が利くなあ。


「はい、これで我々のすべきことは終わりました」

「うむ、あとは桃林関、そして大興の軍の仕事だな」

「ええ」


俺と白蓮様は頷き合う……んだけど。


「…………………………」

「…………………………」


うう……さ、さすがに緊張する……。

いや、白蓮様は俺の言葉を待ってくれていることも理解しているし、俺も白蓮様に伝えないといけない。


だけど……俺は、白蓮様に伝えるんだ。


だから。


「白蓮様……俺は、ずっとあなたの傍にいたくて、白蓮様が戦死なされた父君の後を継いで部将に任命された十六歳の時、一兵卒から補佐官への道を目指しました」

「う、うむ……」

「そして、その望みは叶い、俺はこうしてあなたの補佐官を務めております」

「そう、だな……」


俺の言葉に、白蓮様はただ相槌を打つ。

でも……白蓮様のその琥珀色の瞳は俺をとらえて離さず、顔を上気させながら次の言葉を……求める言葉を待っている。


「でも……俺は勘違いしていました。ただ、あなたの傍にいるだけでいいと思ってしまっていたんです。だって、あなたはこの国の……大陸の英傑で、俺なんかとは身分も、立場も違うんだと。釣り合わないのだと」

「そ、そんなことはない!」


そう告白すると、白蓮様が詰め寄って否定した。


「はは……まあ聞いてください。でも、これまでの俺は本当に分かっていなくて、あなたの気持ちをまるで考えていなかった。そして、自分の気持ちすらも」

「…………………………」

「俺は、補佐官としてあなたの傍にいることだけが正しいことじゃなかった。あなたは、こんなにも俺を求めてくれていたのに……」


さあ……言おう。

そして、白蓮様の想いに……そして、自分の想いに応えよう。


俺はその大切なたった一言を告げるため、すう、と息を吸うと。


「白蓮様……俺は、あなたが好きです」

「っ!」


白蓮様が一瞬息を飲み、そして。


「我も……我も、子孝が好きだ! 大好きだ! その我を優しく見つめる瞳が好きだ! 柔らかく静かに語りかけるその声が好きだ。ふいに浮かべる、その笑顔も好きだ! その目も、鼻も、口も、指先から髪の毛一本に至るまで、子孝という存在全てが愛おしいのだ……!」


感極まった白蓮様は俺に抱きつくと、耳元であらん限りの言葉を返してくれた。

はは……俺は、こんな素敵な女性ひとにここまで求められているなんて、どこまで幸せ者なのだ……。


「俺だって白蓮様に負けませんとも。あなたの髪も、瞳も、鼻も、口も、その指先も、揺るぎない心も、そして優しさも……心から愛しています……」

「うん……! うん……!」


普段の将軍としての白蓮様の面影は一切なく、今はただ、その瞳に涙をたたえながら俺を……俺だけを見つめてくれている……。


「白蓮様……」

「子孝……」


おそらく、揶揄からかうことが大好きな凄腕の暗殺者である壮年の近侍は、この俺と白蓮様の様子を口の端を持ち上げながら眺めているに違いない。


だけど、そんなことはお構いなしに、俺は白蓮様の顎を優しく持ち上げる。


そして……その柔らかそうな唇へと顔を近づけ……「た、大変です! 桃林関が破られ、崔の軍勢は大興を包囲! 陛下が降伏なされましたっっっ!」……って!?


「「はあああああああああああああああああ!?」」


兵士の報告に、俺と白蓮様は接吻も忘れて思わず叫ぶ。

そんな……涼が敗れた、だと……!?


その時。


「あーっ! せっかくいいところだったのに!」

「本当ですよ! どうして邪魔するんですか!」


えーと……姫君、月花……そこで何してるんですかね……?


「ほっほ……いっそ、息の根でも止めてみますかな?」

「漢升殿!?」


いや、いるだろうとは思ってたけど……なんで暗殺者の顔になってるんですかね……?


それよりも。


「白蓮様……」

「うむ……いずれにせよ、我等も迎え撃つ準備をせねばな……」


つい先ほどまでのような浮ついた表情は一切消え、今は将軍としての顔をのぞかせる。


「はは……でしたら、さっさと武定に戻らないと、ですねえ……」

「うむ!」


俺は頭を掻きながら苦笑すると、白蓮様が強く頷いた……んだけど。


「子孝……さあ、行こう!」


そう言って、白蓮様が微笑みながら俺に手を伸ばす。


「はい!」


その手を取り、俺は将軍と共に駆け出す。


俺と白蓮様の未来のために……。


俺は、何度だって策を見出して見せる。


――辺境最前線の、防衛戦術を。



――これは、中原大陸において最強の英傑である女将軍と、いずれ稀代の軍師としての道を歩む補佐官の、二人の未来のための物語。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


お読みいただき、ありがとうございました!


この物語は、ここで一区切りとさせていただきます!

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辺境最前線の防衛戦術 ~王命により過酷な辺境の地に左遷された幼馴染の女将軍を助けるため、補佐官の俺は恩寵【模擬戦】で最悪の盤面を覆す!~ サンボン @sammbon

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