第35話 あの日のお返し

「あああああ…………………………ああっ!?」


 大声で泣き叫びながら手を伸ばした瞬間、俺は目を見開いた。

 その眼前に映るのは、どこかの部屋の天井。


 すると。


「し、子孝様! 大丈夫ですか!?」


 慌てた様子の月花が、今にも泣きそうな表情で俺の顔をのぞき込んでいた。


「え、ええと……?」

「あ……そ、その、子孝様は今までお休みになられて、すると突然うなされて、それで……」


 状況が全く理解できていない俺はおずおずと尋ねると、月花が言いづらそうに説明してくれた……って!?


「ひょ、ひょっとして俺は寝てしまっていたのか!?」

「はは、はい!」


 月花のか弱い両肩を強くつかんで詰め寄る。

 だけど……くそっ! 何してるんだよ俺は!


「それで! 俺は一体どれくらい寝ていた!」

「は、はい! 今日で二日目です!」

「二日あ!?」


 そ、そんな長い間寝てしまっていたのか……!


「将軍はどちらに!? 戦況は!? どうなっている!?」

「あ、あの……」


 激しく揺さぶりながら尋ねるが、月花は視線を落とすばかりで答えようとしない。


「早く言うんだ! こうしている間に、何かあったらどうするんだ!」

「…………………………」

「くっ! もういい! とにかく俺は城壁へ……っ!?」


 埒が明かないと感じた俺は、無言を貫く彼女を置いて城壁へと向かおうとした瞬間、月花に抱きつかれてしまった。


「げ、月花!?」

「駄目です! 行かせません!」


 ど、どうなってるんだ!? もう訳が分からないぞ!?


「こ、これ以上無理をしたら、子孝様が死んでしまいます! そんなの……そんなの!」

「だ、だが! このままでは武定にいる全ての者が……将軍が死んでしまうのだぞ!」

「死んだって……みんな、死んだっていいじゃないですか……!」

「っ!?」


 突然放たれた月花の言葉に、俺は一瞬耳を疑った。


「な、何を……っ!?」

「子孝様……もう、いっそのこと私と逃げませんか……? みんな死んだっていいじゃないですか。逃げたっていいじゃないですか。子孝様は頑張りました……この城にいる、誰よりも……だから……私と、一緒に逃げましょ?」


 涙をぽろぽろとこぼしながら、俺を見つめ、必死に訴える月花。


 だが。


「っ!? 子孝様!?」

「……悪いが逃げることはできない。将軍が……白蓮様が、逃げない限り」


 はは……だけど白蓮様は、絶対に逃げない、んだよなあ……。

 しがらみなんて一切放り上げればいいのに、変に抱え込んで、苦しんで……。


 だから。


「……俺は行くよ。将軍のところに」


 静かにそう告げ、俺は部屋を出ようとすると。


「……将軍様は、この城にはいません」

「っ!? どういうことだ!?」


 月花の言葉に慌てて振り返り、問い詰める。


「将軍様は子孝様がお休みになられた後、決死隊を募って崔の軍勢に奇襲をかけにいきました……『必ず、敵指揮官の首を獲る』と言い残して……」

「っ! あの人はあああああっっっ!」


 その言葉に、俺は思い切り歯噛みする。

 なんで……なんでこんな馬鹿な真似を!


「……行くの、ですか……?」

「ああ! あの馬鹿な将軍を連れ戻してくる!」


 そうとも! この俺の命に代えても、あの人を無事にこの城へ連れて帰ってみせる!

 たとえ月花が止めても……それが、王命・・であったとしてもだっ!


 …………………………王命・・


 この時、俺の中に一つの策が生まれる。

 ひょっとしたら、これならば勝てる可能性があるやも……!


「は、はは……これは、絶対に将軍を連れて帰らないと……!」


 俺の声に、身体に、力が宿る。

 ほんのか細い可能性でしかないかもしれない。


 だけど……もう、これにすがるしかない。


「子孝様っ!」

「はは……行ってくるよ。そして……この戦、勝とう!」

「っ! ……ご武運を」


 そう言って、俺はにかっ、と無理やり笑みを浮かべる。

 そんな俺の様子に気づいた月花は、涙を流しながらも精一杯の微笑みを見せてくれた。


 ◇


「みんな! 急げ! 急ぐんだ!」

「「「「「はっ!」」」」」


 俺は百名の騎兵隊を引きつれ、崔の軍勢へ向けて馬を走らせる。

 頼む……頼むから、無事でいてくれよ……!


 兵士から聞いた話では、将軍と決死隊が崔の軍勢に突撃したのが昨夜未明。

 もう日中(昼十二時)を過ぎてしまっているが、将軍の強さに加え、傍には漢升殿もいるはず。


 なら、まだ生き延びている可能性はある!


「子孝様! あ、あれを!」


 騎兵の一人が指差す先、崔の軍勢の一角で小さく砂塵が舞っている。

 つまり、あそこでまだ戦っている者が……っ!


「皆の者! あの砂塵に将軍がいるはずだ! あそこ目がけて突撃するぞ! そして……将軍を無事助け出したら速やかに離脱! 絶対に死ぬなよ!」

「「「「「おおおおおおおおおっっっ!」」」」」


 そう……俺達は決死隊じゃない。あくまでも救出部隊なんだ。

 だから、そんな俺達が死んじまったら元も子もない。


 とはいえ……はは、状況は決死隊とほぼ一緒だけどねえ……。


 崔の軍勢の目と鼻の先まで近づいた俺達は、戦況を確認すると。


「っ! やっぱりついてる! これならいけるぞ!」


 崔の軍勢は、中央を囲むように円陣を作っていた。

 この状況……俺が【模擬戦】で何度もみた光景だ! だから当然、どこがもろいかも知っている!


 崔を倒すことを前提として策を練っていた時は絶対に上手くいかなかったが、ただ将軍を救出して逃げるだけなら充分だ!


「はは……白蓮様、あの日の・・・・お返しです・・・・・! 今度は俺が、あなたを絶対に助けますから!」


 そう叫ぶと、俺は百人の騎兵隊と共に、円陣のある一角目がけて突撃していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る