第32話 白銀の娘①
――俺は、小さな村のあばら家で暮らす、貧しい農家の出だった。
母は物心ついた頃からおらず、父と二人で暮らしていたが、その父はというと毎日一生懸命に働くものの人に騙されて借金を背負ってしまったこともあり、俺はその日の食べるものすらままならない日々を送っていた。
そんなお人好しな父を見てきたからか、俺は絶対にこんな男にはなるまいと、いつも心に誓いながら日々を過ごしていた。
とはいえ、元々貧しい家の出の者が、果たして金持ちになれるかといえばそんな機会などあるはずもなく、今よりも成り上がるためには、人並み外れた才能……つまり、恩寵を持つしかない。
なのに俺ときたら、持っている恩寵は【模擬戦】。ちょっとした喧嘩などには役に立つこともあるが、これではどうしようもない。
そもそも、農家の出なのに【農業】の恩寵ですらないとはどういうことなのだろうか……。
贅沢は言わないから、せめて商人に必要な【商才】や【弁舌】であったり、職人に必要な【鍛冶】などであれば、いくらでもやりようがあったのになあ……。
そんな才の
ただ、人に騙されないように……波風を立てずに細々と生きてこう。
これが、しがない俺の人生の目標だった。
そのために俺が考えたのは、強い者に巻かれること。
腕っぷしの強い近所の子どもの取り巻きとして、いつもお世辞を言ってご機嫌取りに
そのおかげで、俺はその腕っぷしの強い子ども……“
まあ、他の連中には陰で色々言われたりはしたが、一切気にしない。
気に入らないなら、陰口を叩いていないで俺みたいにすり寄ればいいのだ。
それに……俺には皆と違い、何もないのだから。
そして、俺が十歳となったある日のこと。
いつものように親分と共に村を練り歩いていると……一人の女の子に出会った。
それはそれは綺麗な銀色の髪が腰まで伸びていて、その琥珀色の瞳に俺は思わず釘付けになった。
ただ……その服装を見る限り、どこかの富豪のお嬢様といった感じだった。
で、どうやら親分も俺と同じようにこの女の子に見惚れたらしく、早速ちょっかいをかける。
「へへ……お前、変な髪の色をしてるな!」
……要は、この時分の
全く、こんなやり方では嫌われるだけだというのに……まあ、そのほうが俺としては好都合だけど。
すると。
「貴様! 母様からいただいたこの髪を愚弄するのか!」
烈火のごとく怒った女の子は、その白く透き通るような肌を真っ赤にし、親分に食って掛かる。
そして。
「な、何だよ……っ!?」
なんと女の子は、自分よりも一回りも二回りも大きな親分を、軽々と投げ飛ばしてしまったのだ。
「こ、この!」
女の子に投げ飛ばされたとあっては面目が潰れ、今後村で大きな顔ができなくなってしまう。
そう考えたのであろう親分は、すぐに立ち上がって女の子の胸倉をつかもうと腕を伸ばすと。
「うおっ!?」
また同じように投げ飛ばされ、背中を思い切り地面に叩きつけられた。
「ふん! これに懲りたら、今後は口に気をつけるのだな! ところで……」
「っ!?」
鼻を鳴らしながらそう言い放つと、女の子は琥珀色の瞳でぎろり、と俺を睨む。
「貴様、この男の友人ではないのか! なれば友を
「ひっ!?」
思い切り凄まれ、俺は軽く悲鳴を上げた。
「ふう……情けない。我の髪を侮辱したこの男も大概だが、貴様はもっと酷い。もはや、生きる価値すらないほどにな」
軽く溜息を吐いた後、女の子は俺を見て
なのに……俺は……。
「は、はは……」
ただ、愛想笑いを浮かべていた……。
本当は悔しくて、叫びたかった。
この女の子は俺なんかよりもよっぽど裕福で、腕っぷしも強くて、何もない俺とは何一つ違うんだ……!
俺だって……俺だって、お前みたいに
「ほう……? だが、愛想笑いを浮かべているのに、その瞳は一切
「へ……?」
……どうやら、俺は知らず知らずのうちに女の子を睨んでいたようだ。
はは……そんな真似をして下手に目をつけられて、女の子の親が出てきたらどうするんだよ、俺。
「い、いえ! そ、そんなつもりは!」
なので、俺は腰が引けながら必死で弁明する。
これ以上変に波風を立てて痛い目にでも遭ったらたまったものじゃないからな……。
すると。
「ふふ……父様に言われて来たこの村、なんともつまらんと思っていたが……貴様、名前は?」
「へ……?」
「名を名乗れと言っている」
「あ、そ、その……“徐子孝”です……」
突然名前を聞かれ、俺は一瞬呆けてしまうが、改めて聞かれたので慌てて答えた。
「いいだろう! 貴様、この“董白蓮”に仕えよ! 我が直々に、貴様の性根を叩き直してくれる!」
「ええええええええ!?」
俺は二つの意味で大声を上げた。
い、いや、まさかこの女の子が、この一帯を治める董将軍の娘なのかよ!?
しかも、俺がこの子の子分になるのか!? どういう流れなんだこれ!?
「これから毎日、
そう言って口の端を持ち上げると、女の子……董白蓮はその場を去って行った。
「ええー……」
あっけにとられた俺は、そんな彼女の背中を眺めながら声を漏らす。
これが……俺と白蓮様との出逢いだった。
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