第9話 事後処理

「ふむ……結局、皆殺しにしてしまったな」


 俺は賊の根城である洞窟へ急いで向かうと、息一つ切らさずにたたずむ将軍と、生き残りがいないか確認しながらとどめを刺している漢升殿の姿があった。


「少しは悪びれてくださいよ。まあ、別に皆殺しでも構わないと言ったのは俺ですけどね」

「む、なら別によいではないか、いちいち文句を言うな」


 俺の皮肉が気に入らなかったのか、将軍は口を尖らせて顔を背けてしまった……って。


「将軍、ちょっと失礼」

「むむむむむ!? なな、何を!?」


 将軍の白銀の髪に触れると、俺は手ぬぐいを取り出して返り血を丁寧に拭き取った。

 やはり、綺麗な将軍の髪を賊の血でけがすなんて、言語道断だからな。


「はい、終わりました」

「うううう、うむ! そ、その……すまぬ……」


 将軍は、顔を真っ赤にしながらうつむく。

 はは……万の敵を相手取っても物怖じしない将軍も、相変わらずこういうこと・・・・・・は苦手なんですからねえ……。


「はっは、お嬢……将軍もそうでござりますが、子孝殿もいい加減気づくべき・・・・・ではないですかな?」

「…………………………」


 口の端を持ち上げながら揶揄からかうように告げる漢升殿を、俺は思わず睨みつけた。


 ……そもそも、俺は気づいてますよ・・・・・・・

 将軍にも、自分自身にも。


「こほん……と、とにかく、子孝の策通り上手くいったな」

「え、ええ!」


 いかん!? 下手に意識してしまったせいで、思わず声が上ずってしまった!?

 せっかく場の空気を戻そうと、将軍が話を変えてくれたというのに……。


「し、しかし、上司をここまでこき使う補佐官など、聞いたことがないがな」

「は、はは……」


 将軍の指摘に、俺は苦笑しながら頭をく。そして、場の雰囲気をうやむやにしてしまおう。


 なお、今回の策についてはこうだ。


 まず、賊を襲撃する前に、あらかじめ山頂へ行って将軍の【飛将軍】の力で大岩を切り崩しでもらい、ほんの一押しで下に転がせるようにしておく。


 次に、山のふもとから将軍一人で連中の前に現れてもらい、賊の目を引きつける。

 その間に、漢升殿が【奇門遁甲】で気づかれないように洞窟の奥に向かい、里で入手した油をく。


 そして、将軍に洞窟へと突撃してもらって多くの賊を洞窟の入口に集結させつつ、好機を見計らって漢升殿が油に火を着け、さらに賊が入口に殺到したところで、俺が山頂から大岩を落とす。


 後は、大岩で潰されなかった賊を将軍が入口で皆殺しにして終わりだ。

 何より、入口には将軍、洞窟の奥からは炎が迫ってくるとなれば、将軍へと向かうしか賊には選択肢はないからな。


「ふふ……しかし子孝、よくもまあ見事に洞窟の入口に狙い通り大岩を落とせたものだな」

「はは、将軍も何を言ってるんですか。分かってる・・・・・くせに」


 そう……この俺が立てた策が、失敗するなんてことはあり得ない。

 だって、俺の恩寵である【模擬戦】は、得た情報を元にその盤面で試した事象は寸分たがわず同じ結果となる・・・・・・・のだから。


 とはいえ、俺に学がないせいで、結局は望む結果になるまで何度も試さないといけないんだけど……。

 今回は賊退治だったから二時辰(四時間)で済んだけど、実際の戦だったらもっと複雑に戦術も絡み合い、最上の策を見出すまでに相当な時間を要するだろう。


 何より、俺の【模擬戦】は完全に情報頼み……つまり、でありである漢升殿という人物がいて初めて成立するのだから。


 はは……せめて戦に役立つ恩寵だったら良かったんだけど、こんな役立たずなものとはなあ……本当に、将軍に顔向けできない。


 なのに。


「やはり子孝は凄い男だ……我は、そんなお主を補佐官に持つことができて誇りに思うぞ」


 将軍ときたら、いつだって俺のことをこうやって褒めてくれる、認めてくれる。


 こんなに期待されちゃ、俺も頑張る……いや、やるしかない。役立たずな恩寵でも、それ以外のことでも……。


 だから……俺を、これからもあなたの傍に置いてください。


 あなただけ・・・・・が、この俺を見てくれるから……。


 ◇


「う……うう……」


 俺は、息も絶え絶えになりながら、盗賊の根城から里へと戻ると。


「っ!? 子孝様!?」


 たまたま里の入口にいた真蘭が俺に気づき、慌てて駆け寄って来た。


「ど、どうしたんですか!? それにその顔……!?」

「は、はは……すまない……賊は全て倒したのだが、やはり多勢に無勢、将軍と漢升殿は身動きが取れないほどに負傷してしまい、まだ怪我が軽かった俺が、こうして里に応援を頼みに来たのだ……」


 そう言うと、俺は真蘭にもたれかかる。

 相変わらず真蘭は、良い香りがするな……。


「と、とにかく傷の手当を!」


 真蘭は俺の腕を自身の肩に回し、なんとか自分の家へと運ぼうとしてくれた。


 その時。


「お、お役人様!? その様子は一体!?」


 今度は里正が姿を現し、驚いた様子を見せる。


「……子孝様は、賊によって怪我を負われてしまいました。ですが、将軍様が見事、賊を討ち滅ぼしてくださったそうです……」

「っ!? そ、そんな……」


 真蘭の言葉を聞いて里正は愕然とし、膝からゆっくりと崩れ落ちた。

 はは……賊がいなくなったというのに、何で動揺しているのだろうな。


「とにかく、私は子孝様を手当してまいりますので……」


 真蘭は軽く会釈をし、俺を家へと連れて行ってくれた。

 未だ失意にある、里正に向けて薄い微笑みを向けてから。


「今、水をお持ちいたします!」


 家に入ると寝台に俺を寝かせ、真蘭が離れる。

 さて……それじゃ、やるとしますか……。


 俺はゆっくりと身体を起こし、寝台から降りて真蘭の向かった先へと追いかけた。

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