ホラー存在

渋谷かな

第1話 ほら? ホラー?

「あら? いたの。」

 俺には存在感がないらしい。俺の名前は佐藤蒼。

「ずっといたよ。」

 教室にいても誰からも見えないがの如くひっそりといるらしい。


「教科書を順番に読んでもらう。」

 例えば国語の授業。

「鈴木、読んでくれ。」

 教師は鈴木に教科書を読むように言った。

「先生。佐藤を飛ばしていますよ。」

「え!? おお~! すまんすまん。気づかなかった。それでは佐藤から読んでくれ。」

 俺の姿は国語の先生には見えなかったらしい。ちなみに鈴木は自分から読みたくないから佐藤がいると言っただけである。


「あははは。あははは。」

 存在感が無いのは良い時もある。

「体育の授業は嫌ね。着替えるのが面倒臭い。」

 女子が男子を追い出して制服から体操服に着替える。

「あははは。あははは。」

 俺は存在感がないので女子の裸を見ていても誰にも痴漢・変態と注意されない。

「役得。役得。アハッ!」

 存在感がないのは悪いことではない。


「おまえたち! 佐藤をクラス全員で無視して、いじめているんじゃないだろうな?」

 担任の先生が俺がいじめられているのではないかと心配した。

「先生。いじめなんてしてません。」

「そうですよ。ただ佐藤に存在感が無いだけです。」

 生徒たちは反論する。

「そうか。その通りだな。」

 俺に存在感がないことに納得してしまう先生。

「ラッキー! 存在感が無いといじめの対象にもならない。」

 本当に存在感が無いことは良い子とも多い。


「どうやったら俺はこんなにも存在感を消すことができるんだろう?」

 たまに自問自答してみた。

「う~ん。他の生徒と同じように普通に暮らしているだけなんだけどな。」

 やはり自分では分からなかった。


「痛い!?」

 廊下で誰かが何もないのにぶつかった。

「大丈夫?」

「うん。おかしいわね。何も無いのに?」

「きっと佐藤にぶつかったんだよ。」

「あ、そっか。佐藤にぶつかったんだ。アッハッハッハ!」

 誰かがぶつかったり足を引っかけるとみんなは佐藤にぶつかったという。

「俺は普通に自分の席に座っているだけなんですけどね。」

 俺は誰にもぶつかっていない。


「キャアアアアアアー!」

 生徒が階段から転げ落ちた。

「佐藤だ! 佐藤が押したに違いない!」

 自分が足を踏み外して階段から落ちたのに佐藤の性になる。

「クソッ! 誰か佐藤を連れてこい!」

「おお!」

 佐藤絶体絶命のピンチ。

「どこにも佐藤がいねえ!? 奴はどこに行ったんだ!?」

 誰にも佐藤を見つけることはできなかった。

「俺は普通に自分の席に座っているだけなんですけどね。」

 存在感が無いので罪を擦り付けられても大丈夫。

「お化けはどこに行ったんだ!?」

「ファントム! 出てこい! ファントム!」

 誰にも目の前に座っている佐藤は見つけることはできなかった。


「キャアアアアアアー! 無差別殺人だ!」

 昨日、電車で事件が起こった。

「全員殺してやる!」

 アホがナイフで次々と人を刺し殺している。

「逃げろ!」

 電車の中で逃げる人々。

「・・・・・・。」

 しかし一歩も動かないで普通に椅子に座っている佐藤。

「待て! おまえら皆殺しだ!」

 逃げた乗客を追いかける犯人。

「存在感がないと殺されないで済むんだな。役得役得。」

 そして佐藤の周りに誰もいなくなった。


「ん? んん!? 誰かが私の唇に触れた!?」

 しかし女の子の前には誰もいない。

「気のせいかな?」

 気のせいではありません。

「存在感がないとキスしたい放題。役得役得。」

 もちろん犯人は佐藤。

「え? ええ?!? 誰かが私のおっぱいを揉んだ!?」

 しかし女の子の前には誰もいない。

「これも気のせいかな?」

 これも気のせいではありません。

「存在感がないと揉み放題。役得役得。」

 やっぱり犯人は佐藤。


「・・・・・・。」

 佐藤が教室で座っていると、鈴木が高橋の財布からお金を盗んでいるのを見てしまった。

「誰もいない。ラッキー。」

 犯人は佐藤がいるのが見えていない。

「先生! 私の財布がありません!」

 被害者が先生に申し出る。

「盗んだ人は正直に前に出て謝りなさい!」

 シーン。もちろん犯人は自首しない。

「先生! こういう事件の犯人は佐藤です! 佐藤に違いありません!」

 犯人の鈴木が存在感がない佐藤に罪を擦り付けようとする。

「そうか。佐藤なら誰にも見られずに犯行を行えるな。犯人は佐藤だ!」

 先生も佐藤が犯人で納得する。

「佐藤! 私のお金を返せ!」

 被害者の高橋も犯人は佐藤だと思っている。怪奇事件の犯人は全て佐藤で片付けられるのだ。

「へっへっへ。ざまあみろ。佐藤。」

 ニヤッと笑う窃盗犯の鈴木。

「痛い!?」

 その時、鈴木が一人で痛がり出した。

「痛い!? 何だ!? やめろ!? やめてくれ!?」

 何かで鈴木が殴られ続けている。

「泥棒はおまえだろうが! 鈴木ー! 俺に罪を着せてるんじゃねえぞ!」

 もちろん殴り続けているのは佐藤。しかし、その姿は誰にも見えない。

「犯人は鈴木か。大人しく存在感の無い佐藤がお金を盗むはずがない。」

 先生は鈴木を無罪にした。

「私のお金を返せ! 鈴木!」

「ギャアアアアアアー! 返します! 返しますから許してください!」

 高橋も鈴木に襲い掛かり無事にお金を利息付きで取り戻す。

「透明な存在感のない戦慄の名探偵、佐藤。」

 人々は佐藤のこと称えた。


「存在感が無いのにも飽きてきたな。」

 佐藤の素朴な感想。

「遅刻しても、出席扱いされてる。」

 佐藤に遅刻はない。

「テストの解答を職員室で盗み見してもバレない。」

 佐藤のテストの成績は良いのである。

「女の子に抱き着いても許される。」

 佐藤は痴漢扱いされない。

「役得役得。」

 存在感の無い佐藤はお得。


「野球で打席に立ってもファーボール。」

 審判に佐藤の姿が見えないからである。

「サッカーではハンドし放題。オフサイドにも引っかからない。」

 佐藤の行為はレッドカードものである。

「バスケでもボールを持って移動し放題。」

 誰にも佐藤の姿は見えない。

「佐藤はスポーツ万能!」

 もちろん佐藤の体育の成績は5である。

「役得役得。」

 存在感の無い佐藤は毎日を楽しく暮らしている。


「万引きだ! 捕まえろ!」

 コンビニ、スーパーなどでは万引きはある。

「あれ? レジにお金が置いてある!?」

 誰もいないのにお金だけレジに置いてある。

「あ、そっか。佐藤が買い物に来たんだな。」

 店員さんは佐藤は万引きはできるのに万引きしないで真面目にお金を払うと知っている。

「万引き? できますよ。したい放題ですよ。でも、お金は払わないとね。もちろん警察にも捕まりませんよ。」

 佐藤が万引きしても警察には姿が見えないので事件は迷宮入りになる。


「ダメだ!? 俺が誰かを好きでも相手に思いが伝わらない!?」

 存在感の無い佐藤の思春期の悩みである。

「好きだ! と言っても俺の声は相手に聞こえない。」

 佐藤の声も存在感がない。

「キスしても、押し倒して最後までやっても相手には俺の姿は見えない。」

 佐藤は虚しかった。

「見えない佐藤に襲われるのって興奮する!」

 逆に女子が興奮してノリノリなので佐藤はシラケる。

「面白くない。」

 本当は役得し放題である佐藤。


「転校生の田中だ。みんな仲良くしてくれ。」

 ある日、転校生がやって来た。名前は田中笑。性別は女。

「先生。どこに転校生がいるんですか?」

 他の生徒には田中の姿が見えない。

「すまんすまん。言うのを忘れていたが田中も佐藤と同様に存在感がないんだ。」

 転校生の田中は存在感の無い佐藤タイプだった。

「みなさん。よろしくお願いします。」

 深々と挨拶をする田中。

「・・・・・・。」

 しかし田中の声は聞こえないので返事は返ってこなかった。

「よろしくお願いします。」

 ところがどっこい。存在感のない佐藤には田中の声が聞こえた。

「え!? あなたは!? 私の声が聞こえるんですか!?」

 驚く田中。

「聞こえるし、姿も見えるよ。田中さん。俺の名前は佐藤だ。」

 これが佐藤と田中の運命の出会いである。存在感のない者同士、お互いの存在を理解し合えるのだ。

「こんなこと初めて!」

「俺も初めてだぜ!」

 佐藤と田中は直ぐに仲良くなった。

「存在感が無くても俺たちは幸せだね。」

「そうね。授業中にイチャイチャしていても先生に怒られないもんね。」

 佐藤は田中と幸せに暮らしました。めでたし、めでたし。

 終わる。

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