Day25 伴侶(お題・ステッキ)

 夕刻の光の中、急いで家に戻っていた俺は路地にうずくまる若い娘の形をした黒い影を見つけた。

“どうした?”

 近づくと泣いているようだ。

“ジョン……ジョンに会いたいの。でも、ジョンはあの子に……”

 ほろほろと泣く影に深く息をつく。

 俺と同じか……。

 どういう理由か、自作のからくり人形を出た後、俺の魂は愛用のステッキに取り憑いた。

 これはきっと六神に今までないがしろにしてきた女房を見守れと言われているのだ。これからは女房の側にずっといよう。

 そう決心したはずなのに、女房が仕事ばかりだった自分をどう思っていたのかを知るのが怖くて、ふらふらと出かけている。

 このままでは気味悪がられて、捨てられるのが関の山なのに。

“そう思っているのはお前だけではないのか? もしかしたらそのジョンとやらもお前に会いたいと思っているのかもしれんぞ……”

 心にもないことをつい言ってみる。いや、これは俺自身がそうあって欲しいという願望か。

 影が更にしくしく泣く。俺は側で、身体となった細いステッキをゆらゆら振るしかなかった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 公会堂の相談窓口は私が休んでいた分を一日増やして、後四日で閉める。リサさんの話では残り日数が少なくなると、昨日のお父さんの遺した絵の依頼など、それまで相談を躊躇っていた、ちょっと複雑な依頼が来るという。

「カゲマル! どうだった!?」

「こちらの路地を捜索しているスライム殿達が一時いっとき前に通るのを見たと」

 今日の依頼はおばあさんからの亡き旦那さんのステッキの捜索。今年の秋の初め、一週間ほど肌寒い日々が続いた夜、風呂場で倒れ、そのまま亡くなってしまった旦那さんのステッキが、日中ふらっと無くなり、夕刻にはまた家に戻ってくるという。

『弟子には優しい人でしたけど、頑固者で無愛想で。私とは親戚の薦めで一緒になったのですが、仕事仕事と工房でほとんど過ごして、家には滅多にいなくて……。それなのに遺した愛用のステッキすら、私と一緒にいたくないんですかね……』

 そう暗い顔で告げるおばあさんに『探してきます!』と私は事務局を飛び出した。

 昨日から『椎の木通り』で『恋心』さんの捜索をしているスライム隊に声を掛けて、ステッキの後を追う。ステッキはおばあさんの家を出た後、人通りの少ない道を、ふらふらとさまよっているらしい。

 スライム隊が向かうのを見たという道を行く。

「奥方様、この先は……」

「どんぐりさんの弟さんがいた公園だわ」

 

 曇り空の下、冷たい風が吹く。

「こんなところにいたんですね」

 公園の片隅で佇むステッキに私は声を掛けた。

「おばあさんが公会堂で待ってますよ」

 私は目を細めた。勇者の知覚を広げる。

 このステッキには亡くなった旦那さんの魂が憑いている。そして、おばあさんに対する強い想いも見えた。

「あれ、何か解ります?」

 私はどんぐりの若木を指した。

「あれはタラヌス山脈の森の百年経った椎の木の弟さんの子供なんです」

 ゆらゆら揺れるステッキにどんぐりの兄弟の話をする。

「生きているうちに想いを告げられるのって、本当はとても貴重なことなんですね」

 ステッキの揺れがぴたりと止まる。

「でも、そんな姿になっても、話が出来なくなっても、まだおばあさんといたいんでしょ?」

 夕刻から朝までは家にいるのは、一人暮らしのおばあさんの身が心配なせいだ。

「だったら、二度も後悔しない為に、側にいてあげて下さい」

 ステッキがゆらりと揺れる。彼はぴょんぴょんと飛んで若木の前でしばらく佇むと通りに向かって跳ねていった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 後日、『椎の木通り』に用事で行ったとき、私はあのおばあさんに会った。

「私もあの人が生きているときは、あの人と向き合うのを諦めてました」

 薄く笑った後

「だから、残りの時間はこうして一緒にいようと思います」

 私にぺこりと頭を下げて、ステッキを手に去っていった。

 

 依頼人:からくり人形師の奥さん

 依頼:旦那さんのステッキを探す

 報酬:旦那さんの遺作の小さなからくり人形

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