Day24 幸せを呼ぶ虹(お題・月虹)

「あの、すみません」

 週の初め、二日ほど休んで再開された公会堂の相談窓口に青年がやってきた。

「父の遺品の絵を見て欲しいんですけど……」

「はい」

 奥から出てきたのは、ふにゃりとした細い目に黒い癖毛が、呑気な猫を思わせる少年。

「拝見します」

 丁寧に包み紙を開いて、絵を見た少年が「おや」と細い目を見張った。

 絵は崖から水が落ちる滝の絵で、手前に色鮮やかな南国の花が、奥の夜空に白い弧のようなものが描かれている。

「父の友人がこれは冥界に渡る魂の列を描いたものだから、処分した方が良いと……」

 お祓いの出来る良い寺院を知っているから、自分が持っていってやると再三勧めてくるのだという。

「いえ、これは月虹。白虹とも呼ばれる月の光で掛かる虹です」

 少年はふにゃりと笑った。

「描かれている南国の島で時々起きる自然の現象で『幸せを呼んでくる』という伝説もあり、不吉なものではないですよ」

 絵の隅に描かれているサインもその島の有名な画家のものだという。

「そういえば父は南方貿易の船で働いてました」

「では、そのとき頂いたものでしょう。絵の裏に南国の言葉で『感謝を込めて』と書かれています」

 少年が絵を裏返し、右下に書かれた模様のような字を指す。

「じゃあ、父の友人は……」

 青年が顔をしかめる。

「とても良い絵ですから、御家族の手元に置いて大事にして下さい。もし、どうしても手放すのでしたら、うちが知り合いのきちんとした画商を紹介します」

 少年が事務局の人から紙を貰い、そこに丸い癖のある字で今話したことと自分の名前を書く。

「オーガスト・オークウッド……」

「はい。『姫様通り』のオークウッド本草店の者です。そのときはこの紙を店の者に渡して下さい」

「ありがとうございます。母と相談してみます」

 青年が紙を受け取る。彼は絵を大切に抱えて公会堂を出ていった。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「ガス、絵が解るんだ」

 奥に戻ってきた彼に感心すると

「いや、サインの画家の名前を知っていただけだよ」

 ガスがふにゃりと笑う。

「偏屈で有名な画家なんだ。売る為には滅多に描かないけど、親切にして貰った人には気安く絵をあげるという。そんな画家さんの絵が騙し取られるのはイヤだったからね」

「そうだね」

 彼と私は公会堂の事務局の床に目を落とした。

 床には広げた『椎の木通り』の地図の上に色とりどりのスライムが三、四匹ずつ塊になって何か話し込んでいる。

 きゃわきゃわと賑やかな様子に職員の人達も面白そうに眺めていた。

「この子達は?」

 リサさんの問いに

「うちの店の薬草園で働く、フランと同族のスライムです」

 ガスが答える。そのフランは地図の真ん中でぷるぷると皆に指図している。

「普段は薬草の世話をしてくれているんですが、もう晩秋で仕事も少なくなってきたので、手の空いている子を郊外の薬草園から連れてきました」

 彼等に『椎の木通り』で『恋心』さんを探して貰う。大陸のことわざに『小山でもスライムはスライム』とあるように彼等は弱い分『人ならざりしもの』の気配に敏感だ。

「それで頼んでいた、この子達への報酬は……」

「兄がはりきって作ると言ってました」

 スライム達の報酬はジョンさんのリンゴのマフィンだ。

「あんた達、しっかり頼むわよ!」

「おう!」

「野良スライムに間違われて捕まるんじゃないわよ!」

「そんなヘマしないよ!」

 ぴん! ぴん! スライム達がチームを組んで、窓から公会堂を出て行く。

「じゃあ、フランは夕刻なったらリサさんと帰って、そのまま食堂の方の見張りを頼む」

「解ったわ。坊ちゃま」

 フランがぷるんと張り切って身体を膨らませた。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「主、月の気配が濃くなってござる」

 夜、いつものように深夜の鐘が鳴るまで、お茶を飲みながら店番をしていると影丸がふと気付いたように顔を外に向けた。

 ガスと裏戸を開けて出る。

「あれは……」

 夕方から降り出した雨が止み、あの絵のように夜空にうっすらと白くかすむような弧が掛かっていた。

「月虹だ……」

 ガスが中庭に向かい、井戸から汲んできた水の入った桶を持ってくる。彼はそれを地面に置くと月虹を掛けている月を水面に映した。

「星の力より月の力の方が強いから……」

 こうして光を水に溶かし込めば、何か『恋心』さんの役に立つかもしれない。

 『幸せを運んでくる』という儚い虹。

「『恋心』さんが見つかりますように……」

 私は夜空に掛かる白い光に手を組んで祈った。

 

 依頼人:下町の青年&ジョンさん

 依頼:南国の絵の鑑定&『恋心』さんの捜索

 報酬:なし&りんごのマフィン

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