Day9 過去(お題・神隠し)

「ミリーさんは人が消えるって話って知ってます?」

 公会堂の空き部屋でお弁当のサンドイッチを食べていた私は、リサさんに訊かれて首を傾げた。

「ううん……私は聞いたことないけど……。フラン、知ってる?」

 テーブルの上でパン切れを美味しそうに身体の中で溶かしているフランに尋ねる。

「西方諸国では時々あるらしいけど……」

 大陸中央にある聖ユグリング皇国の西には『精霊王の森』と呼ばれる大陸最古の森が広がっている。その周辺の国の村や町では、森の精霊が気に入った人間を森に連れて行ってしまうことがあるという。

「……なにそれ……」

 顔をしかめる私に

「影の国でも『神隠し』というものがあるでござる」

 影丸が話に入ってくる。

 東の大洋の向こう、輪の形に島々が並んでいるところから『輪国』が変じて『和国』と名がついた影丸の故郷にも、そんな突然人が消える話があるらしい。

「『神隠し』……」

「そういえば、この国の公女様も赤ちゃんの頃に突然消えられたのよ」

 事務局の職員さんも加わる。その言葉に、飲み込んだパンの欠片が喉の変なところに入ってしまい、私はむせ返った。

「お嬢。はい、これ」

 フランがお茶のカップをずりずりと押して渡してくれる。

「そうなのでござるか?」

「ええ」

 呑気に話を続ける影丸と職員さんに顔が変に歪むのを押さえながら、私はお茶を飲んだ。

 ……それ、私なんだけど……。

『姫様通り』の大きな商店や商会では私=聖騎士=二人目の勇者=公女は知られているけど、『椎の木通り』のような下町では、案外知られてないらしい。


「幼い頃に辺境伯夫人が目を離した、ほんのわずかな間に消えてしまったの」


 ――産まれてすぐ赤い髪と赤い瞳からもう一人の勇者だと解って、おじいちゃん……父の爺や……に預けられたんです――


「さぞ、お寂しかっただろうねぇ……」


 ――いえ、『姫様通り』の裏道にある貸家でおじいちゃんと二人暮らしだったけど、幼馴染のガスの一家に、伯父、伯母、従兄として時々、来てくれた両親とセシルがいたから、のほほんと暮らしてました――


「一年前の春に見つかられて、無事、お屋敷にお帰りになられたそうだよ」


 ――一年前の春に皇国にバレて、聖騎士として聖獣神殿の保護下に置かれ、目立った活躍をすることを止められて、魔物からの相談事がないときは、暇~な日々を過ごしてます――


「あはははは……」

 作り笑い浮かべる私に

「リサは人が消えるのを見たの?」

 フランが話題を変えてくれる。

「……はい。見間違いかもしれませんけど……」

 リサさんが戸惑いながらも話し出した。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「リサさんのお店の厨房の窓を黒い人影が覗いていた?」

 オークウッド本草店の夜の店番。今日は私の為に、気を沈める効果のある茉莉花の花びらを入れたお茶をガスが渡してくれる。

「うん、リサさんが公会堂から帰る時に見たんだ」

 井戸桶落としの日が沈む中、リサさんが食堂の裏口から家に入る為、裏手の路地を歩いていたら、道の先に真っ黒の人影がいたらしい。

「路地は薄暗くなっていたから、ただ単にそう見えただけかもしれないけど、影丸を大きくしたような人影だったって」

 それが窓から中を覗いていて、リサさんが「うちに何か用ですか?」と声を掛けたら、すっと表通りの方に行ってしまったという。

「で、すぐ後を追いかけたけど、表通りにはそれらしい人影はなかったらしいの」

 ガスがふにゃりとした顔をしかめて、腕を組む。

「リサさん、声を掛けたり、追い掛けたり、随分大胆だね」

「それは私も訊いたけど、なんか不思議と少しも気味が悪いとか怖いとか感じなかったらしいわ」

 フランがお茶の器から顔を上げて、ぷるんと揺れる。

「なるほど……」

「この前のシャドーマンでござるか?」

 ちょこんと正座して行儀良くお茶を飲む影丸にガスは首を横に振った。

「そんな大きなシャドーマンは聞いたことがないな。それにシャドーマンはこの前のとおり陰気に雑念が混じって出来たものだから、もし、いたとしても、その大きさなら普通の人でも不気味な気配を感じると思うよ」

「う~ん」

 何か気になるなぁ~。

 私も唸る。

「カゲマル、一度、夕刻にリサさんの家の周りを調べてくれないかい?」

 影丸は気配に鋭い。リサさんでは感じなかったことが解るかもしれない。

「承知したでござる」

「ところで」

 ガスがふにゃと目を細めて私に向いた。

「明日、うちの荷がペジュールに向けて出発するから、リサさんにそう言ってくれないかい? 『手紙は確かにお渡しします』って」

「解った」

 リサさんの兄のジョンさんが昨夜、深夜の鐘が鳴り終わるギリギリの時刻にお店にやって来た。お礼にとたくさんの焼き菓子を詰めた駕籠を添えて『どうかお願いします』とガスに恋人のスージーさんへの手紙を渡した。

 その手紙を持ったお店の人が、明日、荷と一緒に問屋街から運河を下って、港に行き、そこから船に乗ってペジュールに向かう。

「ついでにスージーさんのおうちの宿に泊まるよう言ったから」

 スージーさんに返事を書いて貰えるように頼んでくれるという。

「スージーさんのお母さん、元気になっていると良いね」

「うん」

 ただ……なんだろう。こう胸の奥がもやもやする。

 お茶を啜る。私は喉を滑り落ちる澄んだ香りと共にもやもやを飲み込んだ。

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