徳梅聖流さんのASMR PART1――派生短編――

●バイト中。バックヤードにて――


 あら?

 まだ出来てなかったの?

 エンドなんて作るの簡単じゃんって思ってたでしょ。

 こんなの隙間に商品を並べるだけだって。

 ほらね。そういうのって、言葉に出さなくても傍から見たら伝わるからね。

 それに。

 エンドのひとつも満足に作れない男なんて、文字通り終わってるわよ。


 え?

 ……ダジャレじゃないけど。

 私たちはエンドのことを売り出しコーナーって、わざわざ言わないからね。


 わかった?


 そうそう、わかればよろしい。

 じゃあ、手を貸して。

 あーあ。指なんて怪我しちゃって。何事も慣れてないんだから、効率ばっかり気にしないの。売り場作りなんて、ゆっくりやってもいいんだから。

 うわあ、痛そう。

 カッター? 段ボールか。それは痛いね。

 意外と段ボールで怪我する子、多いんだよね。昔ね、私もよくやったのよ。これって痛いんだよね。


 どれどれ。

 痛い?

 これぐらいで痛がらないの。男でしょ。

 ほら、これでよし。

 血が止まるまで、しばらく指で押さえれば大丈夫だから。

 ちょっと、そこで見ててね。


 え?

 自分も作業できるって?

 まあ、大した怪我じゃないから大丈夫だと思うけど、商品に血が付いたらダメでしょ?


 止まった?

 どれどれ。ほんとね、じゃあ大丈夫かな。

とりあえず、エンドに商品を並べるのは私がやるから、商品の積み下ろしをお願いしようかな。

 まずは、荷台から焼き海苔を下ろしてくれる?

 うん、ありがとう。段ボールから商品も出してね。今度は慎重にゆっくりやるのよ。気を抜くと怪我のもとだからね。

 じゃあ次に――


 なに? なんかついているの?

 ぼうっと突っ立てて。


 え?


 きれい?


 そう? ぴしっとエンドにいい感じに収まってるでしょ。ポイントは醤油よ。焼き海苔って、そのまま巻いて食べることって無いでしょ? 必ず醤油につけて食べるじゃない。だからね、焼き海苔をエンドに並べるときは、必ず醤油を隣に置くわけ。あとね、これこれ。

 そうそう、ふりかけよ。

 焼き海苔ってどういうときに、食卓に上がるか知ってる?


 うーん。

 まあ、それもあるんだけど。

 だいたいが、何もおかずが無いときよ。

 今日は作るのメンドクサイなあって。

 主婦はね、そんな日がしょっちゅうあるわけ。

 じゃあ、適当な総菜でも買って帰って、焼き海苔で済ますかってね。そう思っちゃうのよ。

 ここでね、そんな主婦の食卓を想像するわけ。

 旦那さんやお子さんがいます。焼き海苔が出ます。旦那さんはいいけど、子どもには焼き海苔って味気ないじゃない。だから、子どもは「ふりかけないの」ってわめきます。


 ってね。


 そんなわけで、このエンドを通じてご提案するわけ。

 ふりかけも買った方が食卓に彩りを与えますよってね。


 どう?

 面白いでしょ。


 え?

 きれいって、このエンドのことじゃないの?

 じゃあ、なによ。


 ……私?


 あのね。

 そういうの、私、嫌いだから。

 あとは、あなた一人でエンド組みなさい。


 わかった?



************************


●医務室にて――


 うん……。

 んんん……。

 あ、あれ?

 あ、ごめん。

 てゆうか、な、なに、これ? なんで、私、医務室にいるわけ?

 そして、なんであなたがここにいるわけ?

 しかも、こんなところに二人きりで。

 もしかして――


 最低ね。


 え?


 誤解だって?

 いきなり倒れた? 私が?

 ……運んだの? あなたが?

 ……どうやって運んだの?


 うん、はいはい。

 ……まあ、ありがとう。とりあえずお礼は言わなくちゃね。

 なんだ、それなら早く言ってよ。勘違いしちゃったじゃない。


 ごめんね、いきなりビンタしちゃって。痛かった?


 ほんと?

 まあ、男の子だもんね。それぐらい、なんてことないか。

 びっくりさせちゃったね。


 ん?


 いやいや、そっちじゃなくて私が倒れたこと。

 さっきのビンタは……忘れて。


 それにしても、風邪ではないと思うんだけど、どうしちゃったのかな。

 貧血?

 そうなのかな……。

 ……って。

 もう大丈夫だから、売り場に戻っていいよ。なんだか心配させちゃったね。

 私もちょっとだけゆっくりしてから、そっちに戻るから。

 今日、荷物多いし。パッパッとやらないと終わらないからね。

 じゃあね。


 看病?


 いいって。そんな大げさな。

 いやいや、そんなに心配されると、なんだかかゆいんだけど。言っとくけど、そんなにか弱くないからね。

 ……ああ、もうわかった、わかった。

 じゃあ、暫くそこにいていいよ。でも、あんまり二人だけでいると皆に変な心配されちゃうからすぐに戻るよ。


 それでいいよね?


 話は変わるけど、私、医務室って初めてきたかも。やっぱり、こういう設備って必要なものね。ここで寝てる人、見たことがなかったけど、まさか自分が第一号とは。

 意外と寝心地はいいかも。侮れないものね。

 学校の保健室? そんな感じ?

 保健室で寝たことある? ない? 

 まあ、そうだよね、特に用もなければそんなとこ行かないよね。

 私も無い。だから、今日は貴重な体験かも。


 自分も寝てみたい?


 だめだめ、何言ってるのよ。こういうのって、遊びで使う施設じゃないからね。ちゃんと、消防法や労働安全衛生法ってやつで決まってるの。

 本当に具合が悪い人が使えなくなっちゃうでしょ。


 ……え?


 はいはい、そういうのはね、あなたの彼女や好きな相手にやってあげなさい。

 私にはだめ。


 わかった?


 そうそう、わかればよろしい。

 じゃあ、売り場に戻ったら商品補充よろしくね。

 もう、休憩は終わり。

 あなたが変なこと言うから、なおさらこんな場所にはいられないわね。

 ほらほら、立って立って。


 まあ、でも、なんだ。

 医務室まで運んでくれてありがとう。

 私、重たかったでしょ?



************************


●休憩室にて PART1――


 んぐっ……。

 んんうんんん……。

 あ……。


 ちょっと……やだ、固い……。


 んんん、ああっ。

 なに、これ。


 痛っ。

 っつ―――。

 ごめん、ちょっと手伝ってくれる?

 うん、そう、そこ。

 そうそう、ゆっくり……。

 うん……いい感じ。


 もう少しでイケそうかも……。


 ほら、がんばって。もうちょい……。

 グッと力を入れて……って。


 あっ……。


 やったね! 

 ああ、でも、なんかいっぱい出ちゃった。

 あ~あ、やっちゃったかも。

 私にもちょっとかかった。まったく最悪ね。


 え?


 いいよいいよ、気にしないで。

 あなたのせいじゃないし。ちゃんと開けてくれたんだから。

 そりゃあ、そうなるよね。

 やっと固い蓋が取れたんだし、勢い余って汁も出ちゃうわね。

 それにしても……なんでまた、みかんジュースをビンに保存するのかしら。高級感や保存状態を良くしたいのはわかるんだけど、そのぶん蓋が開けづらいのは、かなりマイナスでしょ。


 こんな消費者を無視した形状にしたやつはきっとモテないわ。わかるのよ、センスってやつが。

 まあ、でも味は美味しいかも。

 価格設定も……。品質重視なら、これぐらいが妥当かな。

 販促は、特になしか。

 そのぶん利益はいい感じね。売れたら、だけど……。


 ん? これ?


 ああ、毎回ね、メーカーさんが新商品を発売するときに試食をお願いされるのよ。こっちとしては一足先に味見できるし、その代わりといってはなんだけど、忖度抜きの評価シートを送ってあげてるわけ。

 ちなみに私が売れるって評価したやつは、全部、横綱になってるわよ。

 横綱って、ヒット番付の横綱のことね。知らない?

 ここに並んでる商品って、みんなそう。

 休憩中はこうやって皆で試食会やるのよ。

 ところで、あなたはどう思った? 濃縮みかんジュースは売れると思う?

 うん。はいはい。あー、なるほどね。


 私?

 まあ……売れないでしょ。

 固すぎよ。

 蓋が。


 エプロンにかかったから良かったけど、私服なら怒ってたわね。

 柑橘系ってなかなか染みが取れないのよ。

 まあ、そんな感じ?

 そうそう、言い忘れちゃった。

 さっきは蓋を開けてくれてありがとう。


 流石、男の子ね。


 やるじゃない。



************************


●休憩室にて PART2――


 さっきから何読んでるの?

 ふふっ――。

 今さら隠したって無駄よ。

 もう、内容わかっちゃったから。


 え?


 別に覗いたわけじゃないわよ。あなたがそんな本見えるように読んでるから、ちらっと見えただけよ。

 そんでもって、軽蔑しただけね。

 あなたを。

 だって。

 なんかニヤニヤしてたし。そういうのが好きなんだなって。

 あんまりこういうところで、そんな本読まなない方がいいわよ。私みたいに冷たい視線送る女子はいるから。あなたが思っている以上にね。見られてるわけよ。


 え?

 その本が健全ですって?

 どこがよ。

 健全な本に、そんな挿絵があるはずないじゃない。


 なにって……。

 てゆうか、わざと私に言わせようとしてるわけ?


 最低ね。


 だって、それ、女の子のパンツでしょ。そんな挿絵ばかりの本なんか読んじゃって。

 えっちな本でしょ、ソレ。

 男の願望丸出しじゃない。どうせそんなシーンばっかなんでしょ。


 違うの?

 ラノベ?

 なにそれ。

 ライトノベル?


 ううん、私読んだことないわね。

 いいわよ別に。そんなの読みたくないし。

 このまま変態扱いはいや? まあ、それもそうか。じゃあ……貸して。ちょっと読んでみるから。


 ふんふん……。

 はいはい……。

 もう、いいかな。ありがとう。この本、返すわね。


 感想ね……。

 さっきも言ったけど、男の願望丸出しって感じね。だいたい、なんでいきなり女の子が主人公に好き好きオーラ全開なのよ。彼は、この子に対して何もやってないじゃない。


 え?

 そういうジャンルだって?

 ラブコメ?

 ラブコメがそんなにえっちな挿絵ばかりあるわけないでしょ。


 伏線もある?

 どんな伏線よ。

 ふんふん……。


 うーん。

 弱いわね。


 そんなに簡単に女子は男を好きにならないわよ。てゆうか、頑張って相手に尽くすから恋愛モノって面白いんじゃない。しかも、この女の子もあざといし。なんか白けるわね。こういう女は女から嫌われるからね。


 いないわよ、こんな女。

 もっと、女って冷静でしたたかだから。


 わたし?


 私は別に……。

 そうね……。

 私は……やっぱり、ちゃんと一生懸命仕事を頑張っている人とか……。


 顔?


 そういうのはね、男が思ってる以上に、女ってあまり気にしてないものよ。結構、内面が顔に出るからね。なんか自信に満ち溢れている人って、輝いて見えるじゃない。

 よくエリート社員とか、スポーツ選手とか、頭が良い人がモテるって言われてるけど、あれってね、別にお金とか地位とか容姿に惹かれてわけじゃないからね。

 自信がある人って、なんだか魅力的に映るものよ。


 まあ、そんな感じかな。


 だから、外見なんて気にすることなく内面を磨けばいいのよ。

 そういうところがいいんじゃない――


 ――って。


 なんで、そんなこと聞くの?



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