第8話 素敵すぎですから

「ようはね、ただ商品を並べるだけじゃ売れないのよ。売り場を通じてお客さんとコミュニケーションしてるってこと。棚森くんは、今日、何が野菜で売り出されているか知ってる?」


「すいません、担当が加食なので野菜までは調べていませんでした」

「OK。お客さんってね、大半が主婦でしょ? 主婦ってまずは野菜を見にくるのよ」

「野菜、ですか」

「あとね、これって大事なポイントなんだけど、主婦ってスーパーに来て、何を考えてると思う?」

「えっと……。なんか安い商品ないかなー、とかですか?」



「まあ、それも当たりっちゃ当たりなんだけど。主婦ってね……、困ってるのよ」



「困ってる?」思わずオウム返ししてしまう。


「そう」徳梅さんはニヤリと口角をあげる。「今日のご飯、何しようかなってね。みんな夕飯のレシピなんて、大して種類もってるわけじゃないの。簡単に作れて、なおかつ安く手に入る食材ないかしらって、大抵の主婦は困ってるわけ」

 そうなのか……。普段、実家暮らしで料理したことないから分からなかった。

「ちなみに、今日の野菜の売り出しは『玉ねぎ』と『人参』ね。でもね、皆がいきなりこれを買うわけじゃないの。とりあえず店内をぐるぐる見て回って、『あっ、今日の具材でこれ使おう』って感じで買い物していくわけよ」


 なるほど。今までこんな視点で、スーパーを見たことがなかった。


「そこで、『チュニジア産パスタ』と『カレールー』よ。この商品がエンドに並んでるのを見て、こう思うの。『今日は簡単な料理にしよう』ってね。パスタもカレーも簡単でしょ。主婦は大好きなの。そして、『そういえば野菜コーナーに玉ねぎと人参があったな』ってなるの。両方ともカレーにもパスタにも合うでしょ」

「ですね。イメージしやすいです」

「まあ、こんな感じでお客さんが何を考えているか想像しながら並べるわけよ。毎回うまくいくわけじゃないけどね。これが、ご提案ってやつ」


 俺は一つ気になっていた点を訊いた。

「なんで、『チュニジア産パスタ』って売れてるんですか?」


「安いし、大手と比較されてるからね」

 徳梅さんは、裏エンドに近づき、『パパーのパスタ』を手に取る。

「『チュニジア産パスタ』ってまだマイナーじゃない。まともに置いても売れないわよ。でもね、隣にメジャーな『パパーのパスタ』を置けば比較が出来るでしょ。エッセンスとして二,三個となりに置くの。そうすれば、まあこっちの方が安いし、山盛りになってるし、目に止まったから一回だけ試してみるかって思うわけ。あとは簡単つながりで、『小腹が減った時に備えて、ついでに五目飯のもとでも買おうか』とかね。『揚げせんべい』の在庫が一番多いからって、これメインで陳列したら売れないのよ。まだ『揚げせんべい』は売れてないけど、じきに売れるよ」


 なるほど。てゆうか――徳梅さん、すげー。


「まあ、今回は出来過ぎかな」俺の羨望の眼差しに満更でもないご様子。


 以上、セイルさんのクロスMD論おひらきおひらき、ちゃんちゃん……と、まだ幕は下りない。当然、最後のダメ押しが待っていた。


「あっ、そうそう」と思い出したかのようにぴんと人差し指を立てる。「そういえば、裏エンドの指示を出した時に、『パパーのパスタ』を並べるって言ってなかったね」

「は、はい」

「棚森くんが見栄なんかはらずに、最後まで人の話を訊いてたらヒントだしたのに。そうしたら私みたいなエンドができたかもね。だからね、最初はカッコなんかつけちゃだめなのよ。わかった?」

 ここまでがワンセット。きらりと白い歯を見せたあと、「じゃあ、商品補充よろしくね」と毎度おなじみのセリフを最後に颯爽と去っていく。



 完敗。



 別に徳梅さんと勝負をしているわけではないのだが、この二文字以上の言葉はでてこない。

 彼女にカッコいいところを見せるつもりが、どこまでいってもカッコ悪い姿を露呈してしまった。一人その場に取り残され、ぐっと拳を握り込む。こんなんじゃだめだ。彼女にアピールしたいのはもちろんだが、何よりも与えられた仕事にちゃんと向き合わなかったことを痛感。裏エンドなんて簡単に出来るだろう、という我ながら適当な性格が恥ずかしくなった。



 彼女に少しでもいいから認められたい。



 まずは、裏エンドを任せてもらうことを目標に動き出した。


 その日から、加食以外の売り出し品をチェックすべく、出勤時に角場店長から本日のチラシをもらい、常にポケットに入れて全体像を把握出来るようにした。そして、商品補充の傍ら表エンドの売れ残りを確認。どんな在庫の組み合わせをすることで、裏エンドにお客さんが立ち止まってくれるのかを想像し、メモ帳に裏エンドの構成図を描くようにした。

 案外、空間把握は、絵が……描いていたから得意でもある。


「なんか、最近、頑張ってるじゃない」


 そんな俺の姿を知ってか知らずか、徳梅さんは腰に手をあてて楽しそうに近づいてきた。

「また、裏エンドやってみる?」

「はい、任せてください」

 やってやる。そして、今度こそ彼女に……。

 この前より飛躍した妄想が猛スピードで駆け巡り、ひとりうんうんと頷く。


 今度の徳梅さん(妄想の中の)は結構激しい――。


 だが、そんな不純なココロは、やっぱり見逃してくれない。

「裏エンドは任せちゃうけど、変なこと考えながら作業してたら、冷たい視線を飛ばすからね」

 と、有言実行の冷めた視線を浴びて、彼女は軽やかにその場を去っていく。


 ……卑怯ですよ。この緩急。


 徳梅さん、いちいち素敵すぎですから。




 物語は第二章へ――

 新しい仲間が登場し、メインストーリーが幕を開ける。



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