第3話 幼馴染みに宿った力

 あっけに取られた私を余所に、オリビアの元へ騎士達がやって来る。何やら彼等も慌てている様だった。


 ついでに一人の騎士が私の手元に視線を向けている。この手の中のカタツムリを見て、彼はとても困惑した。


 また手の平がヌルッする、ぞわぞわとした感触もした。目線を下ろすとカタツムリと目が合った。


「デデンデデデッデンデンデデンデッデンデンデデッデデッデンデンデッデデンデデンデンッデデッデンデンデンデデンッ」


 カタツムリが鳴いている、デンデンと鳴いている。私は初めてカタツムリの鳴き声を聞いた気がする。


 そう言えば、雨上がりにはコンクリート基礎の上をカタツムリが這いずっていた事もあったか。モニター越しに見た気がする。


 確か彼等はカルシウムを摂取するために、コンクリートの表面をかじるらしい。現場の子に伝えて一匹逃がしてあげたこともあったな。


 この子があの時のカタツムリなら、もしかすると童話の蜘蛛の糸に似ているかもしれない。


 地獄に落ちた盗人が一度だけ蜘蛛を助けた。その善行を釈迦が思い出して、彼を地獄から救うために蜘蛛の糸を主人公の元へ下ろす。


 けれども、彼は迫り来る亡者を蹴落とし、自分だけ助かろうとした。そして蜘蛛の糸は切れて、また彼は地獄に落ちてしまう。


 少なくともここは地獄ではない。それに、私は盗人でもなかったが。もしかして、このカタツムリは何かの助けを暗示しているのだろうか。


「デンデンデンデンッデンデンデンデンッデンデデデッデデデンデデッデデッデンデンデンデンッデデンデデンデンッデデッデンデンデンデデンッデデンデデッ」


 しかし、よくしゃべるカタツムリだ、何を言っているのかは分からないが。それよりもオリビアが心配だ。騎士達と何かを話している様だが、明らかに彼女は狼狽えていた。


「オリビア、大丈夫ですか?」


 彼等に囲まれていた幼馴染みを庇うように、僕は彼女の前に立ちはだかった。彼等は少しムッとした表情をするが、そんな事は関係ない。


「どうしよう。冗談だったのに、何で私に精霊が……」


 彼女の手の中にいる小さな女の子は精霊と言うより妖精だろう。妖精という概念がこの世界にあるかどうか、今の私にも分からない。


「この子の知り合いなのかい? それに君も……なら一緒に来てくれるかな?」


 騎士達は私達をどこかに連れて行こうとする、何かをする気だろうか。いい年の大人が大層な鎧を着込み、子供を連れ去ろうとでも言うのだろうか。犯罪のにおいがする。


「待って下さい。彼女の両親が来てから話をしませんか? いくら何でも、あなた達の指示に従う理由がありません」

「坊や、それがあるのだよ」


 さらに大層な鎧を着込んだ、あからさまに隊長の様な男が私達に声をかけてくる。


「では、その理由を教えて頂けませんか?」

「君も聞いたことぐらいあるだろう。その身に精霊を宿す者は、超常の力を振るうことが出来る。そのお嬢さんの様に、特に人の形をした精霊を宿す者は得てして優秀なのだよ。そして、そういった者は国に仕える義務がある」


「聞いたことがありませんが。そもそも、精霊なんて非科学的な……確かに、目の前で不思議な現象は起こっていますが。三次元ホログラムの一種、集団催眠、それとも遺伝子工学で生まれた新しい生命か……」

「君は何を言っているんだ?」


「あぁ、これは失礼しました。ですが仮に義務だとして、今の彼女はこの状況を決して受け入れているとは思えない。騎士という者は幼い子を無理矢理どこかに連れて行く事が仕事なのですか?」

「言ってくれるな、坊や。いいだろう、それなら彼女の両親を連れて来てもらえるかね?」


 その騎士は厳つい顔をして、私に詰め寄って来た。まったく、どこの世界にも面倒なステークホルダー利害関係者がいるものだ。


「でしたら、彼女と一緒に迎えに行きますので。それと、一つお聞きしたい。このカタツムリも先ほど光と一緒に現れましたが、精霊とやらなのですか?」

「それは、亜精霊だ。種類によっては特別な力を持つと言うが、残念ながら虫ではたいした力を持たないだろう」


 彼は残念そうな顔でカタツムリを見ている。僕は心の中で少し苛ついたが、そんな事を気にする様子もなく、またカタツムリは鳴いた。


「デンデンデデッデンデンデデンデッデンデデンデデッデデッデデンデデンデンッデデッデンデンデンデデンッデンデンデデンッ」


「この世界では、カタツムリは鳴く生き物ですか?」

「はははっ。坊や、カタツムリが鳴くわけないだろう」


 どうにもカタツムリの声は私にしか聞こえない様だった。


「確かに、カタツムリは鳴きませんね。それと一つだけ訂正しておきますが、カタツムリは軟体動物です、陸生の貝類ですが。では、一度彼女の家に戻りますので」

「君は学者か何かなのか? まぁいいだろう。我々は村長宅に居るので、後で必ず来るように。それから名前を教えてもらえるかね?」


「ナットです」

「違う、彼女の名前だ」


 それならそうと最初から言って欲しいものだ。だが、彼女に対する彼等の態度は明らかにおかしい。超常の力と何だ、超能力か、確かオリビアは魔法とか言っていたが、それ程のものなのか。


 私だってRPGくらいは知っている、火の玉とか氷のつぶてを杖から打つのだろう、それが魔法のはずだ。それとも真空の刃を発生させるか、皆で雷でも呼ぶかもしれない。


「私の名前はオリビアです……」


 そんな事を考えていると、オリビアは自身で彼等に名を伝えた。そんな彼女を庇う様に私はオリビアを連れて家に一度戻るのだった。


 後ろからマリスくんの歓喜の声が聞こえてくる、彼も光っていたのだから精霊をその身に宿しているのだろう。彼にとっては嬉しい事の様だ。


 しかし、思考が追いつかない。オリビアの精霊に、このカタツムリにどんな力が秘められているのか分からなかった。家に着くまでは分からなかった。


 家まで帰って来ると、オリビアはドアノブに手をかけて回した。すると、バキッと音がして、ノブごと引きちぎってしまったのだ。彼女の細い腕が、金属製のノブを壊したのだ。


「そんな、どうしよう……ナット……」

「だっ、大丈夫ですよ。きっと金属疲労です、ドアノブが弱くなっていたんです」


 私は地面に落ちたノブを拾って、そのまま扉を開けた。彼女の両親は私達を見て、正確にはオリビアの精霊を見て真っ青な顔をしてしまった。


 どうやって説明したら良いのか。私は一先ずノブを脇の棚に置いてから、事の次第を説明する。すると、そのまま四人で村長宅に向かう事になった。


 村長宅に着くと、マリスくんも村長も奥様もホクホク顔だった。立派な息子だ、村から騎士が二人も生まれた、そう言っていた。


 彼の肩には、妖精の様な羽の生えた小さな男の子が座っている。オリビアの精霊に確かに似ていたが、彼の精霊はオリビアの精霊より幼い様に見えた。


 そんな三人を尻目に、先ほどの隊長風の男はオリビアの両親に淡々と説明をしたのだ。春になったら迎えに来る、近くの街でオリビアを預かって、騎士としての訓練を受けさせるのだと。


 そして優秀な者は更に大きな街に行き、最後には国王が住む城の騎士になると言う。オリビアにはその可能性がある、それだけの逸材だと言っていた。


 彼等はやはり義務なのだと、大変名誉な事だと言うのだ。そんな勝手な事をと、僕は怒りを滲ませて拳を強く握った。ふと右手に違和感を感じた、僕はノブをまだ持っていたのだ。棚に置いたはずなのに、もしかして気が動転していたのかもしれない。


 一方、僕には期待をしていない様だ。もし何かしらの力が発現すれば、僕も街に連れて行き、オリビア達と一緒に訓練をさせると言ってくる。隊長風の男は、迎えに来た時に自分が僕の力を試してやると挑発していた。


 このままではオリビアと離ればなれになってしまう、そう考えると悲しかった。


 その夜、オリビアと一緒にベッドで眠るのだが、彼女は僕から距離を取っていた。彼女は言うのだ、僕を傷つけてしまうかもしれないと。先ほどドアノブを壊した力、すでに彼女の身体には精霊の力とやらが発現しているのだろう。


「オリビア、必ず僕も君と一緒に騎士になる。だから安心して?」

「うん、ありがとう……ナット……」


 彼女は潤んだ瞳で僕を見て、そう答えるのだ。今夜は部屋に入り込む隙間風が、いつもより冷たく感じてしまう。


 だが私の思考は段々とクリアになっていった。私達の目的は彼女を絶対に一人にしない事、そのために精霊とやらの力を発現させ、あの隊長風の男に目に物見せる必要がある。


 手がかりは、あのドアノブだ。やるしかない、私達はそう腹をくくったのだった。


 





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