ヤマノケ

 ……ふう。何か頼むか? おう。

 すいませーん、生中もう2つと、たこ焼きください。


 うし、それじゃあヤマノケの話だ。


 その前に、お前、山の怪談は知ってるか? 知ってる? どんな話だ?


『山に女性を連れて入ってはいけない』


 うん。そうだな。そういうやつ。ほかには?


『山に入る時は入口の祠にお供え物をしないと祟られる』


 そうそう、そういう感じ。あと何かある?


『山に狩りに入ると、犬の様子がいつもと違った。不審に思いながらも狩りをしていると、山の獣とは思えない異様な怪物に出くわした。銃で撃つとそいつは逃げていったが、にわか雨が降り出した。山小屋で雨宿りをしていると、ドンドンドン、とドアを叩く音がする。連れの犬がドアに向けて物凄い勢いで吠え始め……』


 ……あー、ちょっと待ってくれ。その話、長くなる? なる? そう。じゃ、また今度にしてくれ。

 あっ、ビール来た。どうも。


 よし、俺の話に戻るぞ。ヤマノケが出てきた辺りだな。

 ヤマノケっていうのは、俺が働いてる山に伝わる怪談だ。さっき言ってた、『山に女性を連れて入ってはいけない』『山に入る時は入口の祠にお供え物をしないと祟られる』って話だ。それを破ると、ヤマノケっていうヤバい妖怪が出てきて襲われるんだ。

 あの山で事故ったり、切った木に問題がある時は、大抵どっちかをやらかしてるんだよ。そういう時はヤマノケが怒ってるから、祠に詫びの品を供えなくちゃならない。俺は信じてなかったけど、山の持ち主にそう言われてたから決まりを守ってたんだ。

 だけどメリーさんは、そんな事知らないだろ? おまけに女の子だ。決まりを2つ纏めてぶっちぎったから、あんなものが出てきたんだろうな。


 いきなりチェーンソーが止まってビビっていると、声が聞こえてきたんだ。


「チェーン……ソウ……メツ……」


 そう繰り返していた。今思い出しても気味悪い、声だか音だかわからない感じだった。

 最初はチェーンソーのエンジン音で耳がおかしくなったかと思ったんだけど、メリーさんにも声が聞こえてたらしい。顔を強張らせてた。だから、って思って辺りを見回したんだ。

 そしたら山の奥から白いのっぺりした何かが、めちゃくちゃな動きをしながら車に近付いてくるのが見えた。人型みたいなんだけど、首と頭が無くて、足は一本に見えた。そいつが、例えるなら『ケンケンしながら両手に持ったチェーンソーをめちゃくちゃに振り回して身体全体をぶれさせながら』向かってきた。

 めちゃくちゃ怖く、叫びそうになったけど、なぜかその時は、隣のメリーさんがビビらないように、って変なとこに気が回って、叫ぶことも逃げることもできないでいた。どう考えてもおかしいんだけどな。だってメリーさんもヤマノケを見てビビってたんだから。

 ヤマノケはどんどん俺たちに近づいてきて、その間も、


「チェーン……ソウ……メツ……」


 って声と、チェーンソーのエンジン音がずっと聞こえてた。あと10mぐらいの所まで来て、本気でヤバいって思ったね。得体の知れない妖怪が近付いてきて怖いのもそうだけど、チェーンソーを振り回してる奴が近付いてきたら、普通に危ないからな。

 そしたらヤマノケが目の前でパッと消えたんだ。えっ、って思ったけど、さっきのメリーさんの瞬間移動を思い出して、そういうやつか! って思ったよ。

 で、メリーさんの方に向き直ったら、ヤマノケがメリーさんのすぐ側にいた。

 近くで見たら、頭が無いと思ってたのに胸の辺りに顔がついてる。昔の特撮の怪獣とか、小学生が体操服の襟口から顔だけ出して遊んでる時みたいな、あんな感じ。だけど顔は子供みたいに可愛いなんてもんじゃない。思い出したくもない恐ろしい顔でニタニタ笑ってたんだ。

 俺は怖いを通り越してキレちまった。間合いに入られたのに無防備だった自分に腹が立って、その勢いで叫んだ。


「この野郎ッ!」


 途端にそいつは消えて、メリーさんが跳ねるように立ち上がった。俺の怒鳴り声にびっくりしたのかと思ってメリーさんに謝ろうと思ったら、メリーさんがぶつぶつ言い始めた。


「はいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれた」


 ヤバいと思って、何とかこの場を切り抜けようとチェーンソーのエンジンをダメ元で掛けてみた。そしたら掛かった。急いでチェーンソーを横薙ぎに振るって、メリーさんの首を吹っ飛ばそうとした。

 そしたらメリーさんがな、首を狙ったチェーンソーの刃の上に跳び乗ったんだよ。

 メリーさんの身長が150cmぐらいだろ。顔が20cmぐらいだと考えても、130cmは垂直跳びしたってことになる。ヤベえよ。常人の3倍の脚力だよ。しかも片足はチェーンソーで切ってたから、1本の足だけでそれをやったって事だ。

 いやホント、マジでビビったよ。チェーンソーの刃の上に乗られたってのはあれが初めてだった。

 で、メリーさんは刃の上に乗ったまま、まだ呟いてる。


「はいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれた」


 メリーさんが持ってたチェーンソーが、どるん、と息を吹き返した。俺はチェーンソーでメリーさんの体を跳ね上げた。何で下に落とさなかったのかって? 一旦間合いを離さないと、チェーンソーで頭をカチ割られるからさ。

 メリーさんは空中に投げられたけど、きれいに体を回転させて片足で着地した。そして最初にヤマノケが出た時みたいに、『ケンケンしながら両手に持ったチェーンソーをめちゃくちゃに振り回して身体全体をぶれさせながら』近付いてきた。ヤマノケに取り憑かれたんだな、って思ったよ。

 だけど今度は俺もチェーンソーを持ってたから、怖かったけど動けないほどじゃなかった。エンジンを全開にして、こっちから斬りかかっていった。

 4,5回は攻撃したな。メリーさん、いや、ヤマノケは俺のチェーンソーを防いで、あるいは避けて、更には反撃まで狙ってきた。

 それで俺はようやく気付いたんだ。ヤマノケは一流のチェーンソー使いだってことに。


 めちゃくちゃに振り回してるように見えたチェーンソーだけど、その軌道は自分の急所を常に守っていた。おまけに体全体をぶれさせているから、こっちの狙いを付けにくい。斬りかかるまで気が付かなかったなんて、俺もまだまだだよ。

 ヤバいと思って後ろに下がったけど、ヤマノケはケンケン、いや、片足ステップで間合いを詰めてきた。そしてチェーンソーで攻撃してきた。

 手首を狙った斬り上げから、首を狙った振り下ろし。初撃は避けて、2撃目はチェーンソーで防いだ。

 で、鍔迫り合いになったんだけどさ。さっきと逆で、俺がヤマノケに押されてるんだ。完全に力負けだ。見た目はメリーさんなのに、ヤマノケが憑くだけでここまで変わるのかよ!? って完全にビビってた。


 いつの間にかヤマノケの呟きが「はいれたはいれた」から「チェーン……ソウ……メツ……」に変わってて、顔もメリーさんじゃなくてあのニタニタ笑いに変わってた。

 首のギリギリまでチェーンソーの刃を押し込まれて、一か八か防刃腕カバーでチェーンソーを防いでみるか、なんて考えた時だった。

 ヤマノケが俺から視線を外したと思うと、目の前からパッと消えた。さっきのメリーさんの瞬間移動を思い出して、今度は倒れないように踏ん張ったよ。でも、ヤマノケは何もしてこなかった。

 何してたと思う? 俺の車に近寄って、荷台をじっとを見てたんだよ。隙だらけだったんだけど、何しろ俺はビビってたし、訳が分からなかったから、ぽかーんと背中を見てたね。

 そしたら気付いたんだ。ヤマノケは、荷台じゃなくて、その上に置いてたタバコの箱を見てたってことに。同時に、山の持ち主に言われたことを思い出したんだよ。

 もしもヤマノケを怒らせちまったら、とにかく謝ってお供えしまくるんだ。そうすれば助かるかもしれないって。


「そのタバコは差し上げます! だから勘弁してください!」


 必死に頭を下げて頼み込んだ。そしたら、ヤマノケは荷台のタバコを手に取った。聞いてくれたのか、って思ったけど、ヤマノケはまだ俺の方を見てニヤニヤ笑ってた。あ、全然足りないんだって察して、トラックにすっ飛んでって、ガソリン携行缶を差し出した。


「チェーンソーの燃料です! 持っていってください!」


 ヤマノケは缶を持ってニヤニヤ笑って頷いた。手応えはあったけど、もうひと押しって感じだった。だから今度はチェーンソーの替刃を渡したんだ。


「新しいやつです! ホント、これで勘弁してください……!」


 そしたら、ヤマノケが倒れてきたんだよ。俺は慌てて受け止めた。いや、あの時はもうメリーさんだったな。気絶してた。で、いつの間にか隣にヤマノケ……ああ、最初に出てきた、首のない方だな。そいつが立ってて、俺の手から替刃をひったくったんだ。

 何をするかと思ったら、その場でチェーンソーを分解して、刃を取り替え始めたんだ。古い方の刃はボロボロだったね。長い間使い込んでたんだと思う。

 で、交換が終わったら、また『ケンケンしながら両手に持ったチェーンソーをめちゃくちゃに振り回して身体全体をぶれさせながら』離れていった。


「刃入れた刃入れた刃入れた刃入れた刃入れた刃入れた刃入れた刃入れた刃入れた」


 って言いながらな。


 その後は……まあ、助かってしばらく呆然としてたんだけどな。メリーさんが目を覚ましたから俺も我に返ったよ。メリーさんは取り憑かれてた時にも意識はあったみたいで、すっかり意気消沈してた。

 一応、トドメを差す寸前だったんだけど、もうちょっとそれどころじゃなくてな。軽く話して、また今度にしようってなった。それで俺もメリーさんも、無事に山を降りて別れたってわけだ。


 話はこれで終わりだよ。何、何か証拠は無いのかって? メリーさんの電話番号? いやそれは教えられねえよ。

 代わりにいいもん持ってきてる。ほら、これだ。

 何かって? チェーンソーの刃だよ。ヤマノケが使ってたやつ。……おいおい引くなよ、大丈夫だって。ただのチェーンソーの刃なんだから。

 うん? 何で持ってきたのかって?

 だって、山にゴミを残したらヤマノケに怒られるだろ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る