メリーさん

《私、メリーさん。今、ゴミ捨て場にいるの》


 その電話がかかってきたのは仕事中だった。すぐに切れたから返事はできなかった。

 少しするとまた電話がかかってきた。


《私、メリーさん。今、コンビニの前にいるの》


 それでまたすぐに切れた。イタズラ電話かなって思ったんだよ。女の子の声だったから。

 そしたら、またかかってきた。


《私、メリーさん。今、貴方の家の前にいるの》


 流石にちょっとおかしいなって思ったよ。近所のゴミ捨て場からウチに帰るまでに、確かにコンビニがあるから、誰かが本当に俺の家の前にいるんじゃないかって思ったんだ。

 集中できないからタバコに火をつけて休憩してたんだ。そしたらまた電話だ。


《私、メリーさん。今、ホームセンターの前にいるの》


 これでやっとわかったんだ。こいつ、俺のことを追いかけてきてるって。

 その時俺は山で木を切ってたんだ。あいつは多分、俺が家に居ないことに気付いて山に向かってきてたんだよ。俺の家から山に真っ直ぐ行くと、ホームセンターがあるし。

 ちょっとヤバいかなって思って、仕事の片付けを始めたら電話がかかってきた。

 え、山の中なのに携帯が繋がるのかって? 繋がるよ。場所とかメーカーによるけど。


《私、メリーさん。今、山の入口にいるの》


 流石にビビった。来るのが早いんだよ。車で飛ばしても20分はかかるのに、メリーさんは5分で来てた。山の入口から今いるところまで車で10分かかるけど、これはのんびりしてられないなって思って、急いで仕事道具を車に積み込んだ。

 そしたら、電話がかかってきた。


「私、メリーさん。今、貴方の後ろにいるの」


 真後ろからエンジン音が聞こえてきた。俺はトラックの荷台に置いてたチェーンソーを手に取って、ゆっくりと振り返った。

 いたね。メリーさんが。金髪の外人の女の子だった。まさにメリーさん、って感じだった。紺色のふんわりしたドレスを着てて、レースのついたお洒落なつば広の帽子を被ってた。山の中じゃありえない格好だよ。

 唯一ありえたのは手に持ってたチェーンソー。とっくにエンジン全開で、いつでも俺のことを斬れる状態だった。

 だから聞いたんだよ。


「何で、そのまま不意打ちしなかったんだ?」


 だってそうだろ。後ろに立たれるまで気付けなかったんだから。そのままチェーンソーで背中をぶった切れば良かったはずだ。

 そしたらメリーさん、こう言ったんだよ。


「正々堂々、正面からチェーンソーでぶった斬らなかったら、遊びにならないでしょう?」

「遊び?」

「ええ。チェーンソーごっこ」


 メリーさんはそう言って笑うと、チェーンソーを構えた。


「一緒に遊んでくださる?」


 そこまで言われちゃ、逃げるわけにはいかなかった。俺はチェーンソーのエンジンをかけて、刃を回転させた。


「ああ。遊ぼうぜ、メリーさん」


 回転数が最大になった瞬間、メリーさんが動いた。チェーンソーが俺の手首に突き出された。手袋と腕カバーの間を狙った、セオリー通りの正確な一閃だ。俺はチェーンソーで刃を弾いたけど、内心、こいつデキる、ってビビってたね。

 それからメリーさんは立て続けにチェーンソーを繰り出してきた。どれもこれも、防刃衣の隙間を狙った攻撃だった。チェーンソーの事を良く知ってたんだろうな。前にも話したけど、防刃衣は斬られると繊維が刃に絡まって、チェーンソーを止めるんだ。そうなったら、チェーンソー同士の戦いじゃ致命的だ。メリーさんはそれを知ってて、隙間を狙ってたんだろう。

 だけど、狙う場所がわかるなら防ぎやすい。俺は繰り出される刃を着実に防いでいった。チェーンソーがぶつかり合う音が何度も響いた。


「……っ、このぉッ!」


 痺れを切らしたメリーさんが、俺の喉にチェーンソーを突き出してきた。俺は斬撃を防ぐと、そのまま鍔迫り合いに持ち込んだ。

 俺の身長は186cm。メリーさんの身長は150cmぐらいだったかな。文字通り、大人と子供の差だ。力比べじゃ負けるわけがない。メリーさんも踏ん張ったけど、俺のチェーンソーが徐々に顔に近付いていった。


 そしたらメリーさんがな、こう言ったんだ。


「私、メリーさん。今、あなたから3歩離れたところにいるの」


 その瞬間、メリーさんが消えたんだよ。3歩後ろに瞬間移動したんだ。鍔迫り合いしてた俺はバランスを崩して前につんのめった。メリーさんの足元に頭を投げ出す形だ。革靴を履いた足が見えた。あのままだと、頭にチェーンソーを振り下ろされて終わりだったな。

 だから俺は、つんのめった勢いのまま前転した。もちろん、抱えてたチェーンソーが胴体を斬り裂かないようにな? うまいことメリーさんの横を抜けて転がったよ。で、メリーさんは思いっきりチェーンソーを振り下ろしたんだろうなあ。勢い余ったメリーさんは、自分のチェーンソーで足を斬り裂いちまったんだ。


「きゃっ!?」


 痛そうな悲鳴だなって思っちまったよ。振り返ると、メリーさんの足から血がどくどく流れてた。

 ああいう事故があるからな、チェーンソーを使う時はちゃんとした格好じゃないといけないんだよ。安全靴を履いてれば、メリーさんだってあんな目に遭わなくて済んだだろうに。

 俺は立ち上がってメリーさんの首にチェーンソーを突きつけた。そのまま殺っても良かったんだけど、一応聞いたんだよ。


「降参か?」


 まあ、しないと思ってたな。どう考えても人間じゃないし。ワープとかするし。それでも聞いたのは、何でだろうな。最初に正々堂々戦いを挑まれたからかもしれない。

 メリーさんは観念した様子で、何か言おうとした。


 そしたらな、チェーンソーのエンジンが止まったんだ。たまにあるんだけど、その時は唐突すぎてビビったね。

 それに、周りの雰囲気も変わってた。澄んだ山の空気ってのが一気に淀んで、昼間だってのに周りが暗くなったように感じたんだ。メリーさんが何かやったのかと思ったけど、メリーさんの顔も真っ青になってたから、それは違うってわかった。

 そしたらさ、思い当たることがあって、メリーさんに聞いたんだよ。


「お前、お供え物はしたか?」


 メリーさんは意外そうな顔をした。


「何それ?」


 それでわかったね。何でこんな事になってるのか。本当にヤバいことになっちまったって、俺も真っ青になっちまったよ。

 ヤマノケがメリーさんに怒ってたんだよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る