ファンタジックオーケストラ~女子高生音ゲー物語~

かっし

第1章 私のいちばん好きな曲(天野鳴海編)

第1話 グリーングラス

 鳴海なるみは、どこまでも広がる緑の草原の上に立っていた。真っ白な長いワンピースが風に揺れる。ここは、妖精の国『クライネムジカ』の『グリーングラス』。赤、青、黄色、色とりどりの帽子をかぶった妖精たちが、ギター、フルート、トランペット、ピアノ、様々な楽器を掲げていた。


 鳴海は、妖精たちにうなずくと、大きく手を空にかざした。


 青い空に音楽が鳴り始める。




「鳴海起きなさい、ごはんよー!」


 下の階から母に呼ばれ、鳴海は我に返った。


 ここは『クライネムジカ』ではなく島根県出雲市だし、『グリーングラス』でもなく自宅の勉強部屋だ。鏡にはミディアムの黒髪ボブカットと、無難なワンピースを着た、特筆すべきことのない休日の女子高生が映っている。


 天野鳴海あまのなるみ十七歳、出雲大社南いずもたいしゃみなみ高校の二年生。趣味は音ゲー、得意なことは特にない。


「起きてるよ」


「じゃあさっさと降りてきなさいよ。今日早いって自分で言ってたじゃない」


「はいはい」


「はいは一回」


 机の上には、五つの円形のボタンがついたプラスチックの板と、『ファンオケ攻略二十一さつめ』と表紙に書いたノートがあった。鳴海は音楽ゲーム『ファンタジックオーケストラ』の、イメトレをしていたのだ。ゲーセンには土日しか行けないからこそ、日頃の研究を欠かしてはいけない。


 板を片付け、ノートをバッグに入れこむと、階段を降りて、テーブルについた。


「いただきます」


「またゲーセンに行くんでしょ」


 時計を見たら七時だった。時間がない。鳴海は母からの愚痴ともお叱りともつかない小言を聞きながら、茶碗をかきこむ。


「ゲームばっかりしてると、ろくな大人にならないわよ。唄江ちゃんも陸上部で忙しいでしょうに連れまわして。あんたは部活入ってないんだし、勉強しなきゃだめでしょ」


「うたちゃんは迷惑なんて言ってないし、勉強はしてるもん」


「全教科平均点ね」


 鳴海はイライラしたので、テレビを見た。朝のニュースで、毎朝中国地方各地で頑張る学生の特集をやっている。


 金髪で気の強そうな目つきをした女子生徒が、女性レポーターのインタビューを受けていた。


「今日は広島・くれ工業大学付属高校の高橋さんにお話を伺います。工業系ということで女子生徒は少ないんじゃないですか?」


「はい、男子が多くて、女子はクラスに私一人ですが、負けずに製図や旋盤などもばりばりやっています。環境・エネルギー科は大学の課程とつながってて……技術を世の中の役に立てるのが夢です」


「同じ年ごろでもこんな立派な子もいるのねえ」


 母は、ため息をつきながらインタビューを見ていた。


「あの子みたいになんなさい。ゲームのことばっか考えてないで、もっとちゃんと目標とかをもって、未来のことを考えて」


「……じゃあ、行ってくるから」


 鳴海は、逃げるようにして家を出た。


 将来のことなんてわからない。誰になりたいなんて人もない。


 でも、今日もファンオケができる。うたちゃんと一緒に、大好きなゲームができる。そう思うと胸が高鳴った。


 鳴海はいつものように出雲大社への道を走る。


 大社までは四つの鳥居がある。


 堀川ほりかわにかかる宇迦うが橋をこえると、第一の見上げるような白い大鳥居。それをくぐると神門しんもん通りに出る。まだ七時だから観光客の姿も多くはない。


 そばやぜんざいの店が並んだ、松の並木道を進むと、木でできた第二の勢溜せいだまりの鳥居。石造りの参道を下ると、第三の鉄の鳥居。そして、松の並木道を通り抜けた第四の銅の鳥居の下に、幼馴染は待っていた。いつも通り、短い茶髪を横で小さく縛り、薄手のパーカーにショートパンツをはいている。


「うたちゃん!」


 声をかけると、大きく手を振ってくる。


「鳴海ー!」


 振り返しながら駆け寄った。


「うたちゃん、今日も元気だね」


「わくわくして十時間しか眠れなかった!」


 幼馴染は満面の笑顔を輝かせ、跳ねるように答えた。


 長谷川唄江はせがわうたえ、十六歳。出雲大社南高校の一年生。陸上短距離が得意な年下の幼馴染は、いつもエネルギーに満ちている。


「私もすごく楽しみだったよ」


 鳴海が穏やかに微笑み返すと、二人はどちらからともなく拝殿に歩きだした。八の字に流れる屋根を支える梁から、太い太いしめ縄が下がっている。


 鳴海は唄江と一緒に一礼して賽銭を投げ入れると、二礼、四拍手、一礼をした。


 いつも通り、鳴海は神に願った。声には出さないけど、唄江も同じことを考えているに違いない。


 ――今日も音ゲーが、たくさんできますように。


 願い事を終えた鳴海は、唄江と目を合わせて、弾んだ声で言う。


「じゃあ、ゲーセン行こっか!」


「うん!」


 唄江は大きくうなずいた。

 



 ファンオケをするには、松江のゲーセンまで行かなければならない。その道のりは一時間半もかかるし、片道千円の交通費も大出費だ。鳴海は近所のそば屋でバイトし、毎週末のゲーセン代を稼いでいた。


 大社前駅に行き、ローカル線の一畑いちばた電車に乗る。どこまでも続く宍道しんじ湖の水面を眺めながら一時間揺られ、松江しんじ湖温泉駅でバスに乗り換える。松江駅のロータリーでバスを降り、山陰線路と大橋川に挟まれた道を歩く。


 大きなショッピングモールを過ぎて先に行くと、『ゲームプレイス松江』はあった。古びた小さなゲームセンターだが、メンテナンスが良いので二人はここに通っている。


「鳴海、九時だ!」


「ちょうど開店時間だね」


 鳴海と唄江はまだ人のいない店内に入る。狭い中にプリクラにクレーン、レースゲームに格ゲーなどがひしめきあい、色々な光と音がする。


 しかし鳴海の耳には、トランペットの音、ギターのソロ、冒険心を駆り立てるようなメロディが真っ先に飛び込んでくる。その元を目指すと、白いぴかぴかのマシンが二つ見えた。


 『ファンタジックオーケストラ』の筐体だ。


 手元には大きな丸いボタンが五個横に並び、白くゆっくりと点滅する。足元では三原色の図みたいに円が三つ交わり、緑、赤、青に光る。そして目の前にある大きな画面の左右には一つずつパラボラアンテナのような曲面のモニタがついていた。


「鳴海の一曲目はやっぱりリトフラ?」


「うん、もちろん。うたちゃんは?」


「うたはね、トプスピ!」


 鳴海は財布を開けて、百円玉を出した。硬貨を入れると、ぴこんと光と音で反応する。景気のよい音楽が流れるのに合わせて、五つ並んだうち真ん中の『プッシュ』ボタンを押す。


 妖精の女の子が現れて、『ソロ』か『セッション』か、ゲームモードを聞いてきた。スマホのアプリから、好きな見た目と服装にカスタマイズしたマイキャラだ。鳴海も唄江も迷わず『セッション』モード、それも店内対戦にあたる『オフラインセッション』を選ぶ。


 選曲画面が出てくる。セッションモードは二人でプレイし、お互い一曲ずつ曲を選び、合計スコアを競う。


 鳴海が曲を選び、決定ボタンを叩くと、画面背景が草原となった。

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