託された想いをその肩に乗せて

レイノール斉藤

第1話


「風間先輩!」

「清水?何でここが?」

「様子がおかしかったから上司を問い詰めたんですよ。それで分かりました。本気ですか!?引退だなんて」

「……ああ」

「なんで、いきなり?」

「いきなりじゃねぇよ、ずっと考えていたことだ」


 バスがまだ来ていないのは、後輩の清水翔太しみずしょうたにとっては幸いだったが、先輩の風間亮一かざまりょういちにとってはバツが悪いだけだった。

 清水は走って荒くなった息を整える暇も惜しんで叫んだ。


「そんな、先輩が辞めたらどうなるんですか!」

「どうって、別にどうもしねぇよ。現に何の影響も無いだろ?」

「それは、今はそうかもしれませんが、今後また…」

「どのみちもう歳だ。潮時ってやつさ」

「……」


 俺は二十六歳、風間は四十八歳。確かに今の仕事を続けていける歳ではない。

 自分に説得できるとは思っていなかったが、ここまで取り付く島も無いとは……。

 俺は突然降り出した雨から逃げるように、屋根付きのベンチに腰を下ろした。風間は立ったままバスの来る方を眺めていた。ここからではその表情は見えない。


「俺、風間さんに憧れてこの世界入ったんですよね……」

「へえ、そうだったのか、で、どうだ?実際やってみて」

「……思ってたのと違いました」

「ふっ、だろうな。昔は忙しかったし、その分周りから、特に若い奴からチヤホヤされもしたが……」

「今はたまにショーに出るくらいで、後は交通整理とか防犯の授業とか、巷ではアルバイト警官なんて言われてますもんね」

「良い事なんだぜ。俺達が必死に働かなくて良い世の中になったってことだからな」

「……」


 違う。昔の風間さんはそんな事言わなかった。どんな逆境でも諦めず、俺達を励まし、安心させてくれた。「俺の肩には、おまえらの未来への想いが乗ってるんだ!」が口癖だった。


「……辞めてどうするんですか?」

「田舎に帰って野菜育てながらのんびり暮らすさ」

「似合わない」


 思わず口から漏れてしまった。後悔先に立たずだ。


「……」

「すいません。自分勝手な事を」

「いや、嬉しいよ」

「……嬉しい?」


 そうこうしている内にバスが来た。そして、風間さんはそこで初めてこちらを向いて言った。


「憧れていたって言われて嬉しかった。引き止めに来てくれて、本当は嬉しかったよ。まだ俺は誰かに慕われてるんだ。俺の背中を追ってる奴が居るんだって。それで充分だ。ありがとよ。じゃあ、元気でな」


 その顔は本当に嬉しそうで、そして全てをやり遂げた男の表情をしていた。

 止められないと思った。先輩も、世の中の変化も。きっと俺だけが立ち止まっていたんだ。

 でも、だからこそ、その背中に聞かずにはいられなかった。


「風間さん!……俺、これからどうすれば良いんですかね?」

「守りたいものを作れ。そして、その為に何と戦えば良いのか考えるんだ。大丈夫!お前の成長をずっと見てきた俺だから分かる。お前ならやれるさ!」


 バスに乗り込もうと背を向ける風間さんに、俺は思わず敬礼をしていた。そして、バスが風間さんを連れて行こうとしたその時、


「きゃああー!!」


 近くで女性の叫び声が響いた。見ると、そこには二メートルを超えるだろう巨大なネズミが暴れていた。直後にスマホから緊急を知らせる着信音が流れる。


「緊急指令!?まさか、今になってまただと!?」


 怪人だ!また現れたんだ!だが何もこんな時に!!

 その時、俺の肩を掴む手があった。誰あろう、風間さんだ。


「下がってろ。俺がやる」


 その目にはもうさっきまでの優しさは微塵も無かった。昔何度も見た、戦う男の顔だった。胸に熱いモノが込み上げる。だが、


「でも、幾ら風間さんでも生身で怪人と闘うのは無理ですよ!」

「誰が生身で闘うと言った?」


 風間さんはそう言うと、背負っていたバッグを下ろして中から変身ベルトを取り出した。


「それ、まだ持ってたんですか!?」

「ふっ、どうしても捨てられなくてな。床の間にでも飾っておこうかと思ってたが、まさかまたこれを着ける日が来るとはな……変!身!」


 ベルトが回り出し、一瞬の閃光に閉じた目を開ければ、そこには二十年憧れ続けた、あの頃と何一つ変わらない、俺の、俺達のヒーローがいた!

 今となっては黒い全身スーツに鉄製の肩パッドを付けただけの地味な格好だが、俺は寧ろそのシンプルさが好きだ。

 ……と、浸ってる場合じゃない!


「一人じゃ危険です。俺も行きます!」


 スマホを変身モードに切り替えようとする俺を風間さんが手で制する。


「大丈夫だ!俺は負けない!なんせ俺の肩には、おまえらの未来への想いが乗ってるんだからな!!行くぞ必殺!アイアンショルダータックルぅぅぅ!!!」


 風間さんの必殺技が怪人を捉えた。だが怪人は倒れない。当然だ、変身で強化したとしても基礎体力が落ちているのだ。逆に怪人のパンチが風間さんを吹き飛ばす。それでも風間さんは怯まない、何度倒れても立ち上がり、怪人に正面から挑んで行く。


 事前に作戦なんて考えない、知略を巡らすことも無い。相手が誰であろうと、どんな卑怯な手を使おうと、正面からぶつかっていく。

 今時の若者が見れば愚直だと笑い飛ばすであろう姿、そして生き様。だがそんな彼の背中を追いかけたくて、俺は……俺はヒーローになったんだ!!


 気づけば俺は号泣していた。号泣しながら、二十年前と同じように、かつて、日本中の子供が彼に向かってそうしたように、その背中に向かって全力で叫んでいた。


「負けるなぁ!!鉄仮面戦士ショルダアアアアァァ!!!!!」



 完!!!!

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託された想いをその肩に乗せて レイノール斉藤 @raynord_saitou

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