11.からりと

 昼休み、屋上でつかさはいつものように校舎の壁に体を預けて座り、空を軽く見上げるように頭を軽くあげて目をつむっていた。


 ここ最近の出来事を思い出すと、よく自分は生きているよなと思う。


 あおの夜に巻き込まれて助けられ、この世界にひそかに迫っている危機を知り、戦ってくれないかと乞われて、訓練を始めて、実際に化け物と戦って……。


 なのに朝起きてから学校を出るまでは、自分は普通の高校生なのだ。


 それが当たり前のはずだったのに。

 どうしてこうなってしまったんだろうと考えても仕方のないことなのに、こうして考え事をする時間を得ると、ついつい思考を巡らせる。


 いっそ、ずっと蒼の夜に関わっている方が気持ちとしては楽なのかもしれないとさえ思う。


 自分の置かれた立場を理不尽だとか、不幸だとか、そんなふうに考えたくないのに考えてしまうのが嫌だ。

 命を懸けた戦いは怖いが、戦いの中では「無」でいられるとも思う。


 それもこれも、考え事をする時間があるからだ。


 ふと、はるかを思い出す。

 物静かな彼女はあまり感情をはっきりと表に出さない。

 だが時々笑う彼女は素敵だ。


 りつがいつも人を安心させる笑みをたたえているのに対し、遥はここぞというときに司を励ましてくれる。


 目まぐるしく変わってしまった身の回りに対応できるのも、命がけの戦いを乗り切ろうと思えるのも、彼女がいてくれるから。

 そう思うと胸がぽっと暖かくなり、頬も熱を持つ。


「なぁ氷室、最近何か悩みでもあるのか?」


 突然声がかかって司は「うわ!」と悲鳴を上げた。


「なんだよぉ、そこまで驚くか? リアクション芸人かよ」


 栄一がげらげら笑っている。

 司の口からも笑いが漏れた。


「で、どうなんだよ? 最近時々なんか怖い顔してるけどさ」


 悩みでもあるのか、の答えを促された。


 蒼の夜の話はできない。たとえ一番仲の良い友人でも、家族にでさえ。

 でもここで「ない」と答えても栄一は納得しなさそうなのが判る。


「ちょっと、さ、気になる人がいて」


 ごまかしの答えを口にするときも、遥の笑顔が司の脳裏に浮かんでいた。


「おぉっ? 恋か? 恋キター、か?」

「恋なのかよく判らない」

「相手のこと気になって恋かどうか判らないって悩んでるなら、少なくとも好意はあるってことだぞ」


 司自身も、胸を騒がせるものの正体を恋だとしっかり認識しているわけではないが、そう言われるとそうなのかもしれないとも思う。


「同級生? 先輩?」


 相手が高校生と決めつけている栄一に司は笑おうとして笑えなかった。

 蒼の夜のことがなければ自分達の行動範囲なんて通学の間と学校の中だけなのだ。あとはネットゲームの相手ぐらいか。

 そんなことでも自分は栄一とはかけ離れてしまったんだと実感してしまう。


「いや、知り合いの友達の、大学生」

「なんだそれ、遠っ。しかも年上か」


 司が年上好きだとは思わなかったなーと栄一は変な感心をしている。

 それは自分でもそう思うと司もうなずいた。


「で? 脈ありか?」

「脈ありなら悩まないだろ」

「あ、そりゃそうだなー。こいつは失敬」


 茶化している栄一の笑顔に、司もやっと心からの笑みが漏れた。


「おまえさー、気を付けないと、わりとむすーっとしてること多いからさ。打ち解けたら面白くて話しやすいのに、打ち解ける前に距離おかれるぞぉ?」


 栄一のアドバイスは耳に痛いがまさに「ド正論」だった。


「氷室は変な小細工とかあんまり得意そうじゃないし、ここはもう、告っちゃうしかないかぁ? 真正面から好きですって言われたら誰だって嬉しいだろー」


 からりと笑う栄一こそ変な小細工が一番似合わなさそうだと司も笑った。


 あぁ、こいつがいるから精神的に救われてるとこ、あるよな。

 司は栄一に「ありがとう」と心の中で強く感謝した。


「けど、それもこれも期末が終わってからだよなー」

「うわっ、ここでテストの話するかっ」

「おれの悩みはそこだしー。おまえの悩み聞いてやったんだからこっちのも聞けよなー」


 台無しだと司は大笑いした。

 久しぶりに笑った気がした。

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