【完結】彼女ができたから、幼馴染は用済みだなんて……そんなの許されるわけないよね?

悠/陽波ゆうい

彼女ができたから、幼馴染は用済みなんて……そんなの許されるわけないよね?

「篤人くん、私と付き合ってくださいっ」


 放課後の屋上。

 磯飼篤人いそがいあつとは学園のマドンナこと、園町百々子そのまちももこに告白されていた。


「……園町さん? まじで言ってるの……?」


「もう、いつも百々子なのにこんな時だけ名字呼びなんですか!」


「い、いやぁ……」


 照れ臭そうに頬をかく篤人。

 

 仲がいい間柄とはいえ、相手は学園のマドンナと言われてる美少女。 

 艶やかな黒髪とシミの無い色白の素肌。

 スタイルの抜群で、誰にでも柔らかな物腰で優しい性格。

 

 才色兼備、みんなの憧れの美少女が自分のことを好き……。


「ほ、ほんとに俺のことが好きなの……?」


 この事実に篤人はにわかに信じられないでいた。


「はい。痴漢から助けてくれたあの時からずっと篤人くんのことが好きで……」


 GW明けの月曜日の朝。

 満員電車の中、いつもと同じ時間の同じ車両。


(う、うぅ……)


 百々子は泣きそうになっていた。

 スカートに包まれた百々子の豊満なお尻を、痴漢がさわさわと撫で回していたから。


 周りはイヤホンをつけていたり、立ちながら眠っていたりとこちらの様子に気づく気がない。

 また、場所が車内の隅とあって気づかれにくいのだ。


「はぁ、はぁ……君可愛いねぇ。この制服、和泉高校でしょ。はぁ、はぁ……このままオジサンといいところ行こうよ」


「っ、っっ」


 耳元にかかる生ぬるい息。

 気持ち悪い笑顔、手つき。


 百々子は恐怖で声を出せず、涙を浮かべるだけ。

 

 すると、手がスカートの中に入った。


「ひっ」


 百々子がギュッと目を瞑り、犯されることが脳裏を過った時だった。


「おいオッサン。痴漢してるだろっ」


「いで、いだだだだだ!!」


 若い男性の声。


 スカートの中に入った腕が出され、捻りあげられていた。


 制服が自分の高校のものと百々子は気づく。

 百々子を助けた男子生徒こそが、篤人だったのだ。

 篤人は、わざわざ人混みをかき分けて助けに来たのだ。


「えっ、痴漢やだぁ〜」

「写真写真っ」


「チッ……」


 痴漢していたオジサンは居心地が悪くなり、次の駅で逃げようとしていだが、待ち構えられていた警備員に捕まった。


「大丈夫……って。あ、園町さんだったんだ」


「えーと……」


「ああ、俺は磯飼篤人。知らなくて当然だよ、クラス別だし」


 これが二人の距離がぐんと近づいたきっかけ。

 それからボディーガードとして毎日一緒に登校するようになった。

 

「ひ、一目惚れだったの。だから良かったら私と付き合ってくださいっ」


「……いいよ」


「え?」


「俺も……その、百々子のことが好きだから」


「〜〜〜!」


 恋人が誕生した瞬間。


 だが、二人は知らない。

 恋人誕生を目撃した人物がもう一人いたことを。


「ふーん。やっぱりこうなっちゃったかぁ……」



 *****


 夏休み前の最後の学園。

 今日は昼前に終わった。


「今日は習い事ないから一緒に過ごせるよ」


「やった! なら、着替えてからデートでもいくか」


 一旦お互い帰宅して、着替えてからショッピングモール前に再度集合するということでその場は解散となった。


 解散し急いで帰宅した篤人。

 玄関と扉を開けようとした時、隣の家から幼馴染の紫央が出てきた。


「あ、篤人今帰ってきたの? 良かったら遊びに——」


「すまん紫央! 友達と遊んでくるからっ!」


 彼女とは言わず友達とはぐらかした篤人。

 付き合っていることはしばらく秘密にすることにしたのだ。


「そ、じゃあまた今度ね」


「おう、すまない!」


 それから篤人は、自分にできる精一杯のお洒落をして集合場所に向かった。


「えへへ。篤人くんと出かけるなんて久々だね」


「だな」


 百々子の可愛らしい私服姿に頬を染める篤人。


 見惚れていると、通行人がチラチラと百々子を見ていることに気づいた。


「うわっ、あの子ちょー可愛い」

「隣の奴彼氏かよ。チッ、羨ましいぜ」


 中には鼻の下を伸ばしている連中のいやらしい視線に、嫉妬した篤人は百々子を握ろうと手を伸ばす。


 それに気づいた百々子はてっきり手を握ると思えば……自分の手を咄嗟にポケットに突っ込んだ。


「え……?」


 百々子の行動に面食らったように驚く篤人。


「あ、えとごめん……っ。まだ恥ずかしくて……」


「お、俺こそすまない……」


 飛ばしすぎたかと内心反省する篤人。


 百々子の奥手がこれからも続くと知らずに。



 *****



 数日後。

 篤人は隣に住む幼馴染の神谷紫央かみたにしおの部屋を訪れていた。


 紫央との付き合いは長く、二人が初めて会ったのは病院の新生児室。

 そして幼稚園小中高と腐れ縁が続いている。

 紫央は昔から世話焼きな性格で、篤人によく手料理を振る舞ったり、両親が留守の時は掃除洗濯もしてもらった。

 自他ともに認める『尽くすタイプ』

 典型的な幼馴染だ。


「アンタがうちに来るなんて、久々ね」


「まぁな。おっ、いきなりきたのにお茶とお菓子出してもらって悪いな」

 

 篤人用のティーカップ。

 中には薄茶色の香り豊かなお茶が入っている。


「アタシさ、最近ハーブティーにハマってんだよねぇ」


「ハーブティーか」


「篤人ってば、コーヒーしか飲まないもんね。たまには飲んでみるのもいいわよ。疲労回復効果もあるし」


 疲労回復効果という言葉に惹かれ、一口。

 少しの苦味と、新鮮な香りがいっぱいに広がる。


 ほっと一息つきながら、篤人が言葉を漏らした。


「うめぇ……」


「ふふっ、良かったぁ」


 紫央は自慢げに笑い、自分のカップを持ちながら篤人のすぐ右隣に腰かける。

 

 拳一個分も開いてない至近距離。

 二人にとってはいつもの距離。


「これもどうぞ。紫央ちゃん特製、バニラ香るパウンドケーキ~♪」


「おお! ウマそっ!」


 大口でパクリ。

 苦味のあった口の中がパウンドケーキの甘さで充満。

 

「うまうま」


「良かった。それで、との調子はどうなの?」


「へっ?」


 篤人の食べる手が止まる。

 百々子と付き合い始めたことはまだ誰にも言っていない。もちろん紫央にもだ。


「……百々子が言ったのか?」


 百々子と紫央は同じクラスで仲がいい。

 篤人はてっきり百々子が紫央だけにはこっそり話したのだと思ったが……。


「うんん。教えてもらってないよ。いや、教えてもらう必要がない。だって、アタシもあの場にいたもん」


「あの場ってまさか……屋上にいたのか? 俺が百々子に告白された時」


「ええ」


「そっか……。じゃあまだ内緒たぞ、俺と百々子が付き合ってること」


「いいよー……なんてね。内緒というかぁ、篤人は発表する前に百々子と別れると思うよ」


「な、なんでそんなこと言うんだよっ」


「だって分かるもの。自然消滅するかぁ、篤人から別れを告げる二択」


 クスリ、と笑った紫央は篤人の耳で囁く。


「アタシ、アンタの事好きだよ」


「っ、」


 突然の告白に驚く篤人。

 

 紫央は続ける。


「昔から妙に正義感強くてすぐ怪我するけど、その逞しい姿がカッコよくて。それに話してて楽しいし。結構ショックだったんだー。あの子の親友としては一緒になって喜ばないといけないけれど、自分の気持ちには嘘つけなくてさ」


 ズイッと紫央が距離を詰める。

 拳一個分も開いてない距離がゼロ。

 それどころか、腕を絡めてきた。

  

「あの子なんかより、アタシの方が好きだもん。この気持ち、受け止めてよ」


 長年一緒にいて、彼女のいいところはたくさん知っている。


 でも……

 

「俺は百々子が……彼女のことが好きなんだ。だからごめん……」


 篤人はハッキリ言った。


 紫央はフラれた。

 にも関わらず、笑みを浮かべていた。


「ふふっ、知ってた。アタシなんて絶対に見てくれないって、最初から分かってた。だから幼馴染のままなんだよね」


「……ごめん」


「謝らなくていいよ。——元々奪うつもりだったから」


「はい?」


「アタシは、アタシにしかできない方法で篤人を奪っちゃう。アンタをメロメロにする」


「お、おい……!」


「アタシが篤人の唇、先に奪っちゃうんだから」


 グイッと手を引かれ、顔を近づけさせられる。


 部屋に響くリップ音。


 簡単に唇を奪われてしまったのだ。


「あの子はどーせ恥ずかしがり屋で、キスなんかできっこないでしょ」


「そ、そんなことは……」


 篤人はこれ以上言葉を発せなかった。

 何故なら図星だから。

 

 キスしようとするたびに、百々子が恥ずかしがって出来ずじまい。

 最近は習い事が忙しいとかで二人の時間も減っている。


 百々子に焦らされ、篤人も正直、悩んでいた。


 紫央はそれを見透かしたように口を開く。


「アタシだったたら、いつでもキスさせてあげるよ。だって好きな人とキスしたいって思うのは当たり前でしょ?」


 自分がそうなので、紫央の言葉に腑に落ちてしまった。


「きっとさぁ、あの子もアンタの事そんな好きじゃないと思うよ。一目惚れなんだよね。そんな一度っきりのトキメキって冷めやすいよ。その点、アタシはアンタのこと、十年以上前から好きなの。それを横から出てきた女になんか取られたくない。そもそもさぁ……」


 咳払いし、一言。


「彼女ができたから、幼馴染は用済みなんて……そんなの許されるわけないよね?」


「っ……」


 居心地の悪さから早く逃げ出そうと、篤人はお茶をゴクゴクと音を立てて飲む。


「ご、ごちそうさま! それじゃ、また今度……と?」


 そそくさと立ち上がろうとした。

 が、足元がおぼついて膝をつく。


「もう帰っちゃうんだぁ。酷いなぁ、まだお話中なのにー」


 クスクス、と紫央は笑う。


 一方の篤人には異変が起きていた。


 平衡感覚が取れない。

 周りがぐるぐる回っている。

 ぽぉーっと頬が熱くなり、どこか目の焦点が合っていない。


 ここで篤人は気づく。

 ハーブティーに何か薬を入れられていたことを。


 気を許しすぎていた。

 隣の幼馴染がと変わらないと。


「おやすみ篤人。目覚めた時にはきっといい事が待ってるから」


「し、お……」


 ゆっくり篤人は瞼を閉じ、眠った。

 

 眠った篤人の頭を紫央は自分の膝に乗せる。

 そして、頭を撫で始めた。




 篤人が目を覚ますと、そこはベッドの上。

 それに気付いた紫央がニコニコと満面の笑みを浮かべながら「今の気分はどう? 体調大丈夫?」と聞いてきた。


 顔は笑っているが明らかに怒っている。


 身体を動かすと、ジャラッと金属が擦れる音がした。


『あの子にはできないような事、いっぱいしてあげるし、アンタの事、満足させてあげられる。だから……幼馴染に乗り換えなよ』


  

 *****


 夏休み明け。

 彼女にも関わらず、夏休みを篤人と一度も過ごさなかった……いや、過ごせなかった百々子の元に一件のメッセージが送られた。


 送り主は篤人。


『別れよう、百々子』


 これは紫央が打ったのか。それとも篤人自身が打ったのか。


 今、分かるのはアイコンが変わっていることだけ。

 写真はベッドの上で抱きつく男女。

 顔こそ写っていないが篤人に抱きしめられている人物は体格や手先を見るに明らかに女性のもの。


 それは、百々子ではない誰か。


 見切れている首から上では何が起こっているのだろう。





〈あとがき〉


 幼馴染が負けヒロインなんて絶対にありえないラブコメでした(´ω`)


 読んでくださり、ありがとうございましたm(__)m


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