第肆拾漆話 揺らぎ

暗い、暗い、心の中。辺りは暗い空間に包まれ所々にあるガラスは割れ、その破片が落ちていく。


(ここが凪の精神の中か…)


割れたガラスに映るのは今と違う幻想(イフ)の世界。もしもの世界。凪の両親が生きていた世界。仲間が生きている世界。妖怪のいない世界。


この暗い空間の中で一筋の光を見つける。それは精神世界で自身を守る為に外界から壁を作っている。その壁を作っている本人は凪自身である。


「凪!」


「…」


凪の目に光などなく、その様は両親の死を目の前で見、経験したあの時の比ではない。


(凪が扉を押さえ込まなければいけない。その為にも…)


「私は閻魔として生まれ、閻魔として育ってきた。凪はそんな私にできた唯一対等な関係。一線引いて接する他の奴らとは違う“友達”なんだ。だから言わせてもらう。心が折れたくらいでへこたれるなッ!」


「…」


(ダメか…悪夢に囚われている。決定的な何かがいる…)


閻魔の呼びかけにも反応を示さない。凪の心を突き動かす何かが…


閻魔が再度呼びかける為、声を上げようとするが何かに引っ張られるような感覚に陥る。


(これはぬらりひょんの精神干渉?いや違う。まさか…!地獄の門が開く影響で地獄へと戻されかけている!?)


“地獄の門”が開き始めていると言う事、そしてそれはあの世とこの世、地獄と現世の干渉を意味する。


(く…意識が遠のく…私にできるのはここまでか…)


「任せる形になって申し訳ないね…みんな後は頼んだよ」


閻魔の意識は沈んでいく。



時は少し遡り、未継家。



目を閉じ椅子に腰掛ける未継、雨ちゃんを抱き寄せる八城、トト。


(何もないのが良いんだけど…こうも静かだと逆に不安だな…)


警戒は怠らない。結界を張っている間、未継寧々は自分で動くことすらできない。それは本人が一番良く分かっている。


「侵入者だッ!!」


「取り押さえろ!」


「き、貴様!」


「ぐぁぁ!!」


すぐ近くの扉の前で声が聞こえる。


(侵入者だと?妖怪が入れば分かる。だが反応すら無かった…)


扉が開かれる。そこには黒いパーカーに身を包んだ青年、手に持っているのは刀…


「に、人間…」


「うん、俺は妖怪じゃないし人間だけども普通の人間ではない。十二支が1人、兎。卯佐美吃。ぬらりひょんの命令に従うのは嫌だけどこっちも引けない事情があるんでね…察してくれ」


そう言い奥の椅子に腰掛けている未継を狙いその刃を振るう。


「待ってください!」


「!?」


未継の前に八城が飛び出し庇う。卯佐美はその刃を止める。


「そこ退いてくれない?」


「嫌です!私も引けない…」


「あっそ、なら死ぬ?」


刃を八城に向け斬りつけるがその矛先は八城に届くことなく止まる。


「やしろんには指一本触れさせぬぞ」


「トトさん!」


巨大化したトトは卯佐美の攻撃を二つに分かれたもう一方の尾で止めている。


「ああ、十二支へと至れなかった落ちこぼれ。妖怪に成り下がったのに人を助けるの?」


「いちいち癇に障る物言い、少しは先人を労ったらどうにゃ?」


双方の攻撃のラッシュ。が、力量差は埋まらなかった。

卯佐美の蹴りがトトの横っ腹に直撃し引き戸を突き破り屋敷の外へと吹っ飛ぶ。


「トトさん!!」


トトはピクリとも動かない。今すぐにでも駆け寄りたいが目の前には卯佐美の姿がある。そして背後には守らなければならない2人がいる。


「さ、これで分かったでしょ?怪我したくなかったら大人しくそこ退いてくれない?」


「い、いやです…」


声が震える。足がすくみ、手に嫌な汗が流れる。体が震えている。


(こんなに震えているのにどうして…)


「どうして…?」


気づいたらそう問いかけていた。何の変哲もない。普通の少女がどうしてここまで勇気を出せるのだろうと。


「私は、私を守ってくれている人たちに少しでも、報いたいから。私は力が無くて何もできない。守ってもらってばかりだから…」


「…!」ピクッ


卯佐美の能力“危機察知”が発動する。その場から数メートル後ろへと離れる。


ドゴォォォォン…


頭上から屋根を突き抜け何か(・・)が降りてくる。


「女を見せたの、八城」


「九尾さん!」


八城を守るように前に立ち眼前の敵、卯佐美を見据える。


「よく耐えた。後は任せるのじゃ」


卯佐美の額に汗が流れる。


(冗談じゃない。大妖怪が何でこんなとこにいるんだよ)


自身の能力“危機察知”が頭に訴えかけてくる。“逃亡を推奨”と


「でもここで引くわけには行かないんだよね…」


「ふん。引けば見逃してやろうかとも思うたがまぁこれだけやって見逃すのもどうかという話か…故に其方、まともには死ねんぞ?」


“豪脚・懐”


直撃。確かに九尾にその攻撃は届いた。


「結界だと!?」


九尾から後ろに向けて丸く透明な壁が発生している。後ろの未継、八城、雨に衝撃すら届かない。


「妾は“尾”の数だけ能力がある。これは七本目(・・・)の能力じゃ」


「おかしいだろ…」


(この結界を破壊するしかないか…)


“白き瞬脚”


その白き一閃は音を超え、結界を撃ち破り九尾を捉える。


がその九尾は霧のように消える。


「!?」


「言ったはずじゃ、まともには死ねんと」


“炎狐(えんこ)”


九尾が頭上から放つ業火は卯佐美へと落ちる。

卯佐美の脳内に危機察知が危険を伝える。が、放たれた業火を止める術も避ける事もできない。


「ほぅ…」


避けれなくても避けようとしない、足掻く事を諦めた卯佐美に九尾は違和感を覚える。


ゴオォォォォォ…


屋敷は炎によって燃え盛り、半壊状態。


「トトさん!」


「やしろん無事か!すまぬ守れず…」


「私はいつもトトさんに助けてもらってます…あ!九尾さん!卯佐美さんは死んでいませんよね!?」


「まあ、幻じゃからの」パチンッ


九尾が指を弾くと同時に燃え盛っていた炎は一瞬にして消える。卯佐美が起き上がり後ろに手をつき、胡座をかく。


「妾の“炎狐”は妖怪のみを焼き尽くす。故に妖怪ではないものは術を解くと元通りじゃ」


「いや〜負けた負けた」


トトが卯佐美を睨む。


「おっと、そう睨まないでくれ。俺が戦う理由はもう既に無くなった」


「どう言う事ですか…?」


「それについては私が説明しよう」


雨が声のした人物へと駆け寄り足にしがみつく。


「ウルさん!」


「ウルお主!」


「心配をかけてすまなかったな雨、みんな」


「うん…」


そこには今まで行方が分からなくなっていた吸血鬼、ウルの姿があった。


「卯佐美の脳にはぬらりひょんの“抑制虫”が埋め込まれていた。思い通りになるように、少しでも反発的な行動を取るとぬらりひょんに分かるように」


「貴方がここにいるって事は俺の家族は無事なんだな?」


卯佐美は家族を人質に取られ、ぬらりひょんに従わなければならない状況であった。もし怪しい動きをしていたならば…


「無論、私が安全な所へと保護した。後は“抑制虫”をどうするかが難点だったがそれは九尾殿が対処してくれたようだな」


「九尾さん分かってて燃やしたんですね…!!」


八城の問いにふんと鼻を鳴らし答える九尾。無事だった事を安堵する八城、涙で顔をぐちゃぐちゃにする雨。各々が一時の安心を得た。


「だがまだ戦いは終わっていない。ぬらりひょんを倒さぬ限りこの戦いは終わらぬ」


「九尾殿、過去の数々の非礼を詫びると同時に礼を言う」


「そんな事あったかの?」


とぼけるように言う九尾に未継は笑い、一言ありがとうと。


「ここからはぬらりひょん討伐に集中してほしい。雨殿、八城殿、トト殿はここへ。九尾殿は結界の強化の為残ってほしい」


「相分かった」


「他の者はー」


「待ってください!」


八城の声に未継は少し戸惑う。


「私は何もできないままは嫌です。何もできないまま、ただ守られるだけの存在になりたくない!だから、私も行きます」


「だがー」


「未継の、八城が向かうのなら妾も行く」


「なら私が残ろう。戦闘は先の事で戦力外を痛感したわい。他の事でなら任せてもらおう。九尾、やしろんのこと任せるぞ?」


「ふん、任せるのじゃ」


『ちょっと勝手にー』


「まあまあ、良いじゃないの寧々ちゃん〜」


卯佐美が座っている未継の肩に手を回す。


「お前は僕に触るなッ!!」


動きたくても動けないもどかしさと軽薄な男に手を回された不快感で怒鳴る。

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