第十九話 ディリオスVSネストル・ゴードン

「カミーユ。お前は強くなる。今の俺くらいにはすぐになれるから、今はゆっくり体を休めろ」


「イストリアの心配はするな。俺と俺の配下の御庭番衆筆頭と御庭番衆二十名と特殊タイプを数名ほど呼び寄せる。敵意ある何ものが来ようと、必ず後悔させてやる」

 


 皆が黙る中、カミーユに肩を貸す男がディリオスに話しかけた。「ディリオス様。私はカミーユ様の付き人のネストル・ゴードンという者です」

「ああ。うろ覚えだが覚えている。どうかしたか?」



「私とディリオス様では身体能力では勝ち目はありませんが、一対一の能力ありの対決なら、私は自信があります」

「面白い。実戦経験ほど得るものが、大きなものはない。俺に要求することは一体何だ?」自信に満ちた顏でネストルは答えた。


「制限時間三分間で私が降参すれば、ディリオス様の勝ちというのは如何でしょうか?」


「一応聞いておくが、三分間の間に俺が勝つことは、不可能ということはないんだな?」


「はい。但し、能力の弱点を明かすことは出来ませんので、三分の間に特殊能力を見極められ弱点を見抜かれたら、私の負けとなるでしょう」


「仮に全力を出す事になっても問題ないんだな?」

「はい。一対一の真剣勝負ですので、故意ではないですが、致命傷を与えてしまうかもしれません。カミーユ様の仇は私が取ります」心配そうに見つめるカミーユに対して、自信を持って答えた。


ネストルはカミーユを見た。「ご安心ください。私は密かに鍛錬は日々しております」


「俺に傷を負わす気構えが気に入った。わかった」

ディリオスはクリフォードに目線を送った。訓練隊長のクリフォードに合図を出した。先ほどよりも皆離れて円形状に広がった。


「それでは始め!」


開始の合図とともにネストルは能力を発動した。

“領土への誓いの証”

彼は心の中で唱えた。ネストルは能力発動させるためには、能力開花当初はすぐに発動出来なかった。


彼は熟慮した上で、普段は絶対に言葉にしない言葉を心で唱える事で、発動の条件とした。これはディリオスも考えた方法であったが、ネストル・ゴードンはディリオスのように一秒が勝敗を分ける事を知り、行き着いた方法であった。


これにより彼は能力発動を瞬時に出来るようにしていた。



ディリオスも能力開花から同じように自分で見出していた。ネストルも独自の鍛錬により、奇しくも能力発動に同じスタイルを取っていた。


体中が見る見るうちに黄金の騎士へと変わっていき、頭さえもネストルの表情も全て黄金色で隠した。


見栄えの良い黄金の騎士になったネストルは、金色の剣を抜いてディリオスに攻撃を仕掛けてきた。その剣は速くも無く、遅くも無かった。しかし、自信に満ちていた事から、ディリオスの中ではあらゆる事を警戒対象としていた。


先ほどのカミーユとの戦いを見ても勝つ自信ある以上、手加減は無用だと思ったが、死なれては困ると思った。


 最初は様子見でと考えていたディリオスであったが、自信に満ちた未知の能力者にそれは不要だと考察した。


ディリオスは軽装着のままで戦った。

黒刀と愛用のナイフを五本だけ腰に装備していた。


常に身につけている五本のナイフは何時でも動かす事が可能であった。彼はナイフをまず両足の動きを止めるた一本ずつと顔面に一本のナイフを投げつけて、様子を見た。


三本のナイフはネストルを素通りしていった。ダメージも見た限り、一切無いと感じた。ネストルはそのまま距離を詰めて、黄金の剣を振り上げた。


ディリオスからすれば攻撃、移動速度も低くはあるが、特殊タイプなだけに、甘く見るのは禁物だと認識していた。


黄金の剣を黒刀で受けた瞬間に黄金の剣の刃部分が黄金の蛇になり、絡みつくように黒い刀に巻き付いて、さらに剣を握った左手から肩まで金の蛇は絡みつくと硬質化した。


間を置かずネストル・ゴードンは上空へ飛び、再び切れた剣を鞘に納めて再び剣を抜いた。黄金の刃は再生していた。


 左腕を縛りつけている金の蛇はそのままであったが、無防備な右腕に狙いを定めて黄金の騎士は剣で斬りつけた。ディリオスはナイフでそれを受けすぐにネストルに投げ返した。ナイフは黄金の騎士の体を素通りして木に刺さった。


(厄介だな、液体金属系か。しかも戦い慣れてる。確か妹がいたな。内密に日々実戦に近い稽古をしているということか)ディリオスはそのまま右拳に力を込めてネストルの体に打ち込んだ。


発勁の右拳で穴が空くほどではないが、背中と腹部の黄金は飛び散ってその威力でネストルを数歩後退させた。


 黒い戦士は更に右手で掌底打ちを左腕を縛る金の蛇に打ち込んだ。打ち込まれる瞬間に蛇は硬質化を解いた、掌底の威力で蛇は飛び散ったが、打ち砕く力を込めていたため、己の利き腕である左腕に痛みが走った。


蛇は黄金の主の元へ戻った。ディリオスは利き腕の左腕に自らの掌底打ちを受け、腕の痛みからひびが入っていると分かった。(遠慮してたらこっちがやられる。それなりに強いから多少は大丈夫だろう)

彼がそう思うと一瞬ではあったが、ぞっとした。

それはネストルだけでは無く、その場にいた全員が感じた。

目を閉じていた黒い剣士は、体中に力を込めたものを、吐き出すように己の力を開放していった。ひとりとして誰も動けなかった。圧倒的な力の前に、その場は文字通り飲まれた。


「はああああああぁぁぁ!!」残響が内耳に残るほどの雄たけびを上げた。

彼の最大超高速移動でネストルの周りを回りながら体中の急所を突いていったがこちらの動きについてこられないだけで、ダメージを受けた様子は全く無かった。


右手に黒刀を持ち替えると刃ではない太い刀身で、黄金の騎士の周りを回りながら威力を上げるために光速移動で土煙つちけむりが高く立ち昇るまで走り込むと、身を低くしながら小回りで威力をさらに上げて両足を切断した。


 刃で斬れば吹き飛ばすことは難しいと考え、敢えて刃でない太い刀身で攻撃した。予想通り吹き飛んだが、ディリオスはその吹き飛ばした両足が戻ってくる前に土に手を当て幾重にも覆い尽くした。ネストルは再び体の黄金で足を作ろうとした。


効果があると漆黒の男は確信し、すぐに戻れぬよう、腕を刀で斬り落とすと、刀の平らな身幅を使って、回転させながら出来るだけ黄金を乗せて投げ飛ばした。


ディリオスは敢えて、刀を抜く腕とは、逆の腕を斬り落とした。

ネストルは黄金の剣を抜いて土煙の中に見える黒い刀に切っ先を向けたが、そこに姿はすでになく、高速に回転する黒刀だけが見えた。


黒刀を囮にして、黄金の剣を持った腕を背後から手刀で斬り落として、その離れた腕を瞬発的な蹴りを入れて、至る所にまき散らした。


 一瞬影ができた。ネストルはすぐに頭上を見上げたが、再生速度よりも遥かに速く瞬刻の間も与えず、ディリオスは黒い刃剣を右手に戻すと、頭上から刃を以て、兜の中央に回転を加えて斬りつけた。


黄金の体は股下まで斬り割られた。再生しようと、離れた黄金の体を繋げようとしているその半身に、回転して威力を高めて胴を蹴り散らして、両断され離された二つの胴体の片方に、横から蹴りつけて黄金を飛び散らせた。


そのまま威力を殺さず、一回転して逆の胴体へ正面から内殺拳を放った。小さな胴は先ほどとは違って爆発したように飛び散った。


そして集まろうとしている黄金に対して、両手を地面に当てると巻き散らした黄金全てに対して土で覆い尽くした。


(液体金属との相性がここまで悪いとは。だが収穫はあった。相性は悪いが今後の敵に活かせる意味のある戦いだった。

身体と精神を相当消費するだろうが、まだ動こうとするとは強者だな。さすがは百王五指の一人だけはある)


「そこまで!」クリフォードは判定に困った様子だった。

 ディリオスは地面から立ち上がった。満足した戦いだったのか、ディリオスは気持ちのいい笑顔を見せていた。そして能力を解除した。土は黄金から崩れるように落ちていった。


「引き分けだな。弱点は見つけられなかった」

全ての黄金が戻ると、ネストルは能力を解除して人間に戻った。


弾けるように全身の黄金を振り払った。ネストルはイストリアで見せたことの無いほどの、満足した顔つきをしていた。


ディリオスとの違いは明らかな疲労感だけで、両人とも満足した面持ちだった。

 

カミーユには手加減したが、まだ人間には試していなかった発勁はっけいを試してみたが、液体金属には効きにくいことがわかっただけでも、得たものは大きいと彼は思った。


液体金属は内部も全て液体金属になるため、威力の大きさは関係ないようだった。

人間であれば即死クラスの威力でも、通用しなかったからそれが分かった。


 二階から見ていたミーシャやダグラスは拍手で称えた。周囲の騎士たちも集中から解けたように、大きな拍手で二人を称えた。


「流石ですね。手も足もでませんでした」


「よく言うな。お互いが本気なら正直どちらが勝ったかはわからないほどだったぞ」


「ありがとうございます。本気を出された時は、正直生きた心地はしませんでした。あれほどのエネルギーは感じたことがありません」



 ネストル・ゴードンが人前で能力を見せたのは初めてのことだった。主であるカミーユのために、彼は決してイストリア王国は弱くないと、証明したくなった。


いつもは冷静なネストルではあったが珍しく熱くなり、自己主張したくなった。そして才あるネストルの眼力がんりょくは、ディリオスのエネルギー総量はまだ隠していると見抜いていた。


「俺にとってはいい収穫になった。液体金属系は相性が悪いと。原動力となる身体能力や精神能力が必要になる。それを高めるほど能力の精度や威力、さらなる技の開花に繋がる。


吸収型や無力化型も、俺の配下に開花し始めているが、それぞれ稀にみる特殊な能力が故に危ないハイリスクを渡ることになるが、展望ハイリターンが開ける可能性も高くなる。気をつけることだな」


 ネストルは自分の能力を、よく把握しているように思えた。イストリア王国はやはりいい人材が揃っているなと思った。心強い味方がいることを認識したディリオスは、自分が不在の時でもミーシャは安全だと安心した。



「ところで、何故全力で戦ってくれなかったのですか?」男は少し考えて答えた。

「ん? 戦ったさ。ああ、黒装束の飛苦無のことを言っているのか?」ネストルは首を横に振った。


「そうか、気づいていたのか。本気とは言ったが、死人は出したくはないからな。弱点は俺の心の中だけにとどめておけばいい。イストリア王国の立場ってのもあるしな。弱点は分かったが、分かったからと言っても強さは嘘じゃない。


お前に何かあればカミーユやミーシャ、それに多くの人が悲しむ。しかし、イストリア王国の為に、気づいていないフリはしたが、まさかバレていたとはな。強さといい洞察力といい、さすがはカミーユの付き人だな。俺の従者と気が合いそうだ」漆黒の戦士は笑みを浮かべた。


「それは私の台詞です。たったの三分で弱点まで見破れるとは、正直思っていませんでした。そのために三分に限定させて頂きました。正直申し上げて、恐ろしいほどの洞察力をお持ちの上に、その他を圧倒する強さには驚きました」


「俺たち刃黒流術衆は元は暗殺の技を使う衆団だった。ただそれだけだ。勘違いしている奴らは多いが、別に殺すのが好きなわけじゃない。戦いも無いほうがいいが、人間である以上戦いが終わることはない。だから俺たちはいるんだ。この国は俺にとって唯一安らげる場所だ」

ディリオスは気持ちのいい顏を見せた。


「それよりもつい先ほど我らの諜報能力者アツキとサツキたちから連絡がきた。魔の穴に動きがあるそうだ。今度はほぼ同時に出てくるだろう。サツキは相手の強さが分かる能力者だ。彼女が言うには我々の予想よりは手強いみたいだから、第八位の大天使を挑発するような行動だけは避けるように皆に伝えておけ。魔と天の死闘だから手出しはするなと」黒い闘士は出来るだけ、争いを避けるよう伝えた。


「わかりました。全員に伝えるよう言っておきます」

「俺は第九位とは言え、天使と魔族の指揮官もろともほぼ同時に全てを葬ったから奴らの警戒対象になったはずだ。ここには民間人も多い、俺はここにはいないほうがいいだろう。ミーシャの事頼んだぞ」


「ミーシャ様には私の妹セシリアが付き人についております。ご安心ください。委細承知いたしました。イストリア城塞のことは我らにお任せください」


ネストル・ゴードンは再び死闘に身を置く、ディリオスに礼をもってこたえた。


「今度は先ほどよりも少数だと言ったが、数で言うと我々より圧倒的に多い。第八位精鋭部隊は皆九位の指揮官並の強さだ。


大天使の指揮官は一人だが精鋭の副指揮官の大天使千人はそれぞれ九位の天使を引き連れているだろう。総数で言えば先ほどよりも多くなる可能性のほうが高い。位置的にここに来ることはないだろうが気をつけておいてくれ。俺はひとまず三つ葉城塞に行って様子を見ることにする」



 ミーシャの事が気がかりで、ふと見上げた。ミーシャが窓庭からこちらを見ていた。ディリオスは木の枝に掛けていた黒装束を手に取ると翼のように浮く黒装束を身にまとってそのままミーシャの元まで浮いて行った。



「三つ葉城塞にちょっと行ってくるよ。明日はまた一緒に出掛けような」ミーシャは笑みを浮かべながら手に握ったものを差し出した。

「ディリオスが安全に戻れるようにずっと探してたの」

その手にあったのは四つ葉のクローバーだった。


ミーシャの白い手は薄い緑色に変色して、指先はさらに濃く荒れていた。

ディリオスは純粋な愛情に接して、自制心を失い泣いてしまった。

人前で泣くのは初めてだったが、涙が止まらなかった。常に平常心を心掛けていた心の扉が、唯一心を許すミーシャの前では素の自分が出せた。


「ディリオスのことはいつも想っているから、私の前では無理しなくて大丈夫だよ」

「ありがとな……んなことされたら泣けてくるじゃねーか……傍にいてくれるだけで十分だ」


ミーシャの心は分かっていた。だから俺なんかのために無茶はするな、俺にとってミーシャはこの世界よりも大切な人だ。

ディリオスは心底からそう思っていた。極端に優しさというものに触れたことが無い、ディリオスにとってそれはとても、新鮮なものだった。

ミーシャの優しさに触れ、今まで外には出さずに隠していた自分の事を、思わず考えてしまった。


 彼女は能力で彼の心がわかるだけに、隠してきた彼の辛い痛みが、ミーシャの真の優しさに触れ、これまでの異常な自分の世界や苦しみが心の奥底まで広がっていたが、心の中にミーシャという光を見つけていた。常人の人間には耐え難いあらゆることが、彼女の頭の中に流れ込んできた。ミーシャからも一粒の涙が落ちた。


 彼の心の傷はこの世で、人に話すことは出来ない事だった。ミーシャしかその心に触れる事が出来ないが、乙女はディリオスのとても喜ぶ姿を見てそれ以上に喜んでいた。四つ葉のクローバーを小さな袋に入れて軽装備の胸の内に直接押し当てた。そして彼女の頬に手を当てた。


「じゃあ行ってくるよ。俺のお姫さま」彼は風よけに黒装束のフードと口元を隠して天馬に「今日も頼むぞ」というとそのままはばたきを強くして飛び去っていった。


 天馬にまたがって溢れていた涙は風がさらっていった。男の顏は戦いの時にだけ見せる武神の面持ちになっていた。

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