第十八話 イストリア王国の勇者

 訓練隊長を務めるイストリア王国のクリフォードが、すぐに漆黒の男に気がついた。クリフォードは思わず上を見上げた。彼の部屋は五階だったからだ。

「全員、稽古を止めて整列せよ!」



 クリフォードは高台から降りて漆黒の戦士が高台に上がった。

「いいか。身体能力の高い者なら戦い方次第では能力者を大きく上回れる。我らの暗殺拳がそれに当たる。

俺は試しに素手で天使と悪魔の急所を強くついたら倒せた。



己を頂点の見えない高みへ高める気持ちを忘れるな。

苦難の壁は数えきれないほどあるが皆、愛する者を守るため強くなれ! 強力な身体能力者が暗殺拳習得可能まで鍛え上げれば、俺が見立てて得手不得手から似たタイプの御庭番衆を選別し稽古をつけさせる」皆真剣な眼差しでディリオスを見ていた。



「この死闘は始まったばかりだが、俺たち人間が劣勢であることは、変わる事の無い真実だ。だが、味方は人間だけではない。俺の愛馬やカミーユの愛馬もそれに当たるように、世界には我々以外にも味方がいることを忘れるな」



「しばらくの間は人類は厳しい死闘になるだろう。当然これまでのような敵ではない。強き者も平然と死んでいくことになる。

だが、人間には天使や悪魔とは違って能力を強化することが出来る。そして奴らにはない能力を覚えることが出来るのが、人間の強みだ。残念ながら使命感に関しては奴らに勝る人間は少ない。



愛すべきもののために、明日死ぬと分かっていたとしても、鍛錬を怠るな。俺の目算では人類にも勝機は十分にある。

それを可能にする人物が誰なのかはわからないが、必ず存在する。

その何者かのために、我らは布石となって、人類を救う。

死んでいく者に、誇れるような生き様と死に様を見せるように、その心に誓え!」



 すでに彼が多くの天魔を倒したことは、イストリア王国には知れ渡っていた。

能力開花して間もない者ばかりであったが、すでに使いこなせているディリオスの言葉には重みがあったため皆、真剣に聞いていた。



「勘違いしている者も多いだろうから、先に言っておくが、俺はまだまだ強くない。俺が勝ったのは相手が弱かっただけだ。自分自身でもこの程度で終わる気はない。今の俺なら、下位では最高位の七位の指揮官どもなら倒せるだろう」



「俺が時間を稼ぐ間にお前たちや、私の配下たちに未来は託す。死ぬつもりはないが時間稼ぎは、俺と俺の部下である二人の御庭番衆筆頭に任せろ」




「北の情勢は分からないが、南部での戦いは、俺の命を懸けて守り抜く。そのつもりで今後は鍛錬に励むよう厳命する」



「能力の開花に必要なのは自分自身をよく知ることだ。そして開花した能力を強くするには発想や創造力が大事だ。強い能力者は基本の身体能力が高い者が多数を占める。仮に己の攻撃力が防衛系に通じない場合や、高い治癒力を持つ敵に己の攻撃力が下回る場合、通常の戦い方では通用しない」



「そのような敵に対して基本的な身体能力を高める事が大きく活きてくる。それが暗殺拳だ。だが相手の肉体の強さや能力によっては弾き返される可能性もある。そこで私が考案したのが内殺拳ないさつけんだ。これらをより使いこなせるようになる為にはやはり全ての力を上昇させる身体能力は日々鍛錬して上げるしかない。当たらなければ意味は成さないからだ」



「力、速さ、動体視力などは身体精神力を上げることによって上げることが出来る。内殺拳ないさつけんは暗殺拳と違い、限定された急所でなくても効果がある点も強みである。肉体の強い者に暗殺拳が通じない場合には内殺拳が有効だ」



「これは名前通り肉体の中に直接致命傷を与える技だ。暗殺拳を習得したらこの内殺拳の鍛錬をしてもらう。

たまたま適応して戦闘系能力に目覚める者は多い、だが戦闘系だけが能力者ではない」



「天使や悪魔とは絶対的に有利なものが、我々人間にはある。それは混沌に満ちた人間の世界故に人間特有とも言えるこの特殊能力は、一見しても分からないような暗示系や、変化形など多彩に存在する。それらを見抜く力も勝つためには必要だ。能力者たちは最初に発動してからが勝負だ」



「基本的には悪魔や天使と戦うのが我々の使命になる。天使の能力や強さが変わる事は無いと考えていい、今は話さないが方法はあるがあまりにも数多くの難題をクリアして初めて強くなれるため、現状では考えなくて問題ない」



「問題は悪魔のほうだ。奴らは人間を糧にして強さを増すことが出来る。非常に危険で厄介だ。第九位の天使と悪魔の戦いでは、数で勝っていた天使が最終的には負ける寸前までいった。天使は特別な理由がない限り天使から襲ってくることは少ない。

悪魔は見た瞬間から敵だと思え、そして明らかに相手が強い場合は逃げろ」


ディリオスは自分にも言い聞かせるように言っていた。


「我々は家族や、愛する者や守るべき存在の為に、命を懸けて戦う。それを最大限に活かす為にも、体と心を鍛えないと能力を扱いきれない」


「いいか! 能力などなくても身体能力に特化した者たちを倒すのは、困難なほど厄介で恐ろしく強くなる。能力がないなどの理由で諦めずに鍛錬に励め!

非常に多くの身体の力を消費する技を仮に覚えたとしても、己の身体強化そのものが高くない場合、狂うほどの苦しみや死ぬことになる事も少なくない」


「どこまで己を極めることが出来るかは皆にある可能性だ。

己を敵として更なる高みを目指せ! 基礎的な能力が非常に大事になる、これは能力者、非能力者に関係なく一番大事とも言える。この基礎的能力は総称してエネルギーといい、この総量が多いほど能力も使いこなせる。身体や精神力そして力や速度など全てに影響を与えるものだ」


ディリオスは本音であったが、能力が例え身につかなくても、強くなれると意図せずに、能力の無い者たちに勇気を与えた。


そのため日々これを日課として組み込み己の総力自体を向上させていく。今からそれがどれほどの影響を与えるか見せてやる」


そういうとディリオスはカミーユを見た。

「準備はいいか? 一人じゃまだ厳しいようなら、全員でも構わん」

「いいえ! 自分の限界を知りたいので、一人でお願いします!」


「俺は身体能力だけ使うが死なない程度に抑えるから安心しろ」檀上から黒い殺し屋は飛び降りた。皆は戦える場を作るように円状に広がった。

「訓練隊長、名前は何という?」

「クリフォードです」

「ではクリフォードは開始の合図を頼む」一秒が長く感じた。


「わかりました。それでは始め!」


  カミーユは合図とともに緩急をつけて動き出した。

相手を惑わし、遅い動きから隙を狙って一気に最大速度まで上げて敵を攻撃する難易度の高い技だ。

足元は頼りないように揺らめきつつも相手の動きに合わせて不意をつくことができる。



厳しい鍛錬で身につけた攻防どちらにも切り替え可能な動きだった。

しかしそれは同じくらいの強さの相手や、少し格上の相手にしか意味を成さない。ディリオスはそれを知っていた。知っていたから一切構えていなかった。



 一瞬だった——ディリオスの動きは誰にも見えなかった。

急所を狙った訳でもなくディリオスが消えたと思ったらカミーユも消えていた。脇腹に超高速からの一撃。



カミーユは積み上げられた割ったまきまで吹き飛ばされた。意識はあった。騎士たちは薪をどかせて手を差しだした、その手を掴んで起き上がろうとして左の肋骨が数本折れていることに気づいた。



 足で誘う揺らめきを右から左へと切り替える本来ならば、それで誘って反撃カウンター狙いのはずが足取りを切り替える瞬間を見逃さず、重い一撃は彼の一番無防備な浮く足元の時に撃ち込まれた。一人では立ち上がることが出来ないほどの威力であった。


「カミーユがこの程度なら他に相手はいるのか?」ディリオスはクリフォードを見た。「……いいえ。おりません」

「治療系の能力者はいるか?」

「現在は一名います」

「では今日はこれで終わりにしてカミーユは治療に専念しろ。


カミーユは能力者だ。基礎身体能力を上げなければこうなる。これが実戦であったなら勝負はすでに終わっている。俺は今まで生死を彷徨うほど訓練してきた。それでも人間の能力者で厄介なタイプは多くある。能力を活かすため基本であるエネルギー総量を増やすことにまずは重点を置け。


身体能力上昇の特化タイプは、身体能力が異常なまで高くなる。

その速さや力は能力者であろうと、恐ろしいまでの強さにまで鍛錬次第では成長する。今見せたのはその一例に過ぎない。

カミーユはまだ上昇中ではあるが、おそらく身体能力上昇の鍛錬は現在していないと思われる。


能力者も非能力者も基本はこの身体能力が基礎だ。

能力を十分に使いこなせるだけの身体エネルギーをつければ俺と戦える可能性は十分にある。


能力者であろうとも能力だけに頼るような戦い方を覚えるな。能力が通用しない敵の事も想定内にいれろ。

カミーユの動きは明らかに能力を活かして戦おうとした。


私が素手だと知っていながらも現在の戦いのスタイルを変えようとしなかった。カミーユの動きは並大抵では身につけることが、難しいほどの動きだ。日々倒れるまで鍛錬したことは認めるが、あの動きは強さが同等クラス、又は己よりも僅かに上の者にしか通用しない。身体能力を強化すればいざという時にいち早く行動に移せる」

 

 カミーユに現実を教えるため敢えて一撃で決めた。 


「カミーユが弱ければ一撃で決めることは無かった。カミーユは現実を受け入れ、再び立ち上がる勇気を持った者だということを、俺はよく知っている。この戦いに余裕などない。実戦経験もない者も多数いる。実戦では一秒でも無駄にはできない。命のやり取りだということを肝に銘じて鍛錬するように心がけろ。


今後は出来るだけ俺が鍛えてやる。自分で強さが認識できるようになれば、あとは自分自身で戦い方を決めればいい。


 これが実戦であったなら明らかに格上の敵だと認識できるなら可能な限り逃げろ。それが無理な状況なら全てを活かして戦え。

いいか! 何度も言うが己を知れ! 限界を何度も越えてから休息することを己で許せ!!


俺たちだけではないく強力な味方はお前たちは気づいていないが存在する。だが例え万を超える敵に囲まれても負けを認めるな! 勝機を身体で感じて勝つために最後の最後まで戦う心を忘れるな! 戦う意思があれば戦いながら逃げる道を探す事も出来る。劣勢である我々に諦める事は許されないことを知れ」


カミーユには見えたのかはわからなかったが、周囲の騎士たちにはディリオスの動きは全く見えなかった。


 イストリア王国の英雄が今立つことも出来ない。この様子に皆、戸惑いを見せた。カミーユはイストリアの騎士に支えながら立ち上がった。椅子まで支えてもらいながら体中の痛みを感じた。椅子に座りカミーユは息苦しそうに話した。


「私の能力は盾などで防御して、その敵の力を私の力に上乗せさせるものです。防御するごとに自分の力を加えて攻撃するのが今のところ基本的な動きにしています」痛みが体中に走る中カミーユは自分の能力を明かした。


「防御系のカウンタータイプか。防御に徹しないということは防御した力は蓄積されないのか? 使い勝手もいいし、しっかりと基礎を鍛え上げれば、俺でも苦戦は間違いなくする……いや一撃の力を考えると恐ろしい能力だな。それは武具を使わないと敵の攻撃力を吸収できないのか?」


「いえ、一撃だけですが、例えば相手が剣か盾で私とせめぎ合いになれば、離れない間は蓄積し続ける事ができます。身体でも攻撃に耐えることが出来れば上乗せできますが、そのためには色々不足していることにディリオスさんの一撃で気づきました」


「なるほど、少し考えただけでもわかるが、身体能力上昇の基礎鍛錬も日々しているようだし、盾が一番理想ではあるが手甲などの防御武具を使いこなせるようになれば十分な戦力になる。


戦い方も考案したのでまた教えてやる。カミーユはひとまず怪我を治せ。幸い肋骨なら治癒系能力者ならすぐに治せるはずだ。


俺がお前を強くするには差がありすぎて無理だが、お前を鍛えるのに適した者が俺の配下にいる。基礎的な動きも悪くはないがまだ鍛錬が必要だ」

青ざめた顏でカミーユはうなずいた。




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