第十六話 戦いの結末



 黒装束が無風なのに荒々しく靡いた。武神の目の前にはまだ幼い子の手や、顏が血まみれになって落ちていた。夜目を使うとそこら中に人間が嚙み殺されていた。


 彼は再び飛苦無を空に流していった。彼の殺意ある思念に従うように密集して形状を変化させた。全ての刃に高速回転を加えて特殊合金の刃で創り上げられたいかれる魂を吹き込まれた龍は荒れ狂った。



憤怒ふんぬの龍の雄叫び”


彼は戦いながら、頭で飛苦無を一瞬で形状を思い通りに作るにはどうしたらいいか考えていた。


頭で考えてからイメージしていては、数秒かかる事が分かったからだった。彼は色々考えた末、通常では絶対に言葉にしない呼び名をつけることによって、一瞬でイメージ通りに形成させるのが、一番早いと考えだした。そしてそれを実戦で試して、この方法が一番良いと確信した。


天使と悪魔は漆黒の龍に一度でも触れれば巻き込まれ、ズタズタになり竜に噛まれたようにボロボロになって落ちて行った。


空から天使と悪魔は消えて、傷つき落ちた者たちはディリオスの眼下にいた。彼は見下すようにまだ生きている敵を把握すると、その悪意しかない龍を下降させて全てを薙ぎ払った。


 漆黒の戦士はそのまま落下した。水ではない、血しかない血溜まりに落ちた。血しぶきが落ちた瞬間、顏のほうまで高く飛び散った。戦いとはこういうものだと知っていたが、この幼子たちの最後に感じた恐怖の心を考えると、息苦しくなった。ただそれだけを思うと、彼は悪魔に向かって走り出した。


 彼は刃を抜かず刃黒流術衆の徒手拳術で倒そうとしていた為、自らの移動速度を必要以上まで上げていった。


最初に、動けないほど傷ついている魔族の間を抜けながら、急所を素手で強く突いて行った。己の速度を維持するため演舞のような、回転や低い跳躍を加えて暗殺拳を繋げながら、次の魔族にも同じくらいの強さで急所を突く前に、最初の魔族は塵となった。弱っていたためすぐに逝ったのかと彼は理解した。


急所突きが有効であると分かると、すぐに速度を更に上げて、下に落ちた魔族の全てを倒していった。

彼が高速で走り抜けた後には、黒い塵がそこら中に舞っていた。



ディリオスはその塵を邪魔だと言わんばかりに、力を体に込めて吹き飛ばした。彼の気持ちを察するように、まるで恐れる生き物のように、黒い塵は散っていった。


 魔族の指揮官以外の全てを片付けた人間を、地上で身構える天使の精鋭部隊に守られた指揮官と天使たちは凝視していた。


翼が無事であった天使はすでに地上に下りて武具をまとって盾と槍を構えて、臨戦態勢を整えていた。その中央に位置する天使の指揮官は、武装化せずこの突然現れた人間を考察していた。



(この人間はその気になれば、我々を殺す事など容易なはずなのに、自分の力を試しているのか? 姿さえも見えない時があるほど素早いが、それは特殊能力ではないが、身体強化系の特殊能力者並みだ。物質を自在に動かせるのが、本来の能力だろう。開花したばかりなのに、これほど強いとは……わたしが部下と共に戦っても勝ち目は見えない。


そして我々天使は悪魔の指揮官にも、勝つ事は難しいだろう。

悪魔の指揮官を倒すことが、わたしに与えられた使命である限り、この場から今去るわけにはいかない。


この人間は、今のわたしには厳しい戦いとなる、悪魔の指揮官よりも遥かに強い。わたしはここで、それさえ見届ければ、わたしの使命は果たされる。

悪魔もわたしも、この人間に殺されるだろう。


それは人間を殺した我々への怒りなのだろう。わたしの使命はわたしの命を以て、この人間に託そう)



アツキは天使の指揮官の心の独り言を聞いていた。

ディリオスはすでに全てを殺すと決めている以上、報告の必要はないとアツキは判断し、黙ってそのか弱い声を静かに聞いていた。

 


 ディリオスは一呼吸入れると、心で刃の怒れる虎をイメージ化した。

“虎王の咆哮ほうこう


体に風穴とは呼べないほどの大穴を空けるほどの大虎に、苦無は姿を成した。


指揮官を中心に一丸となった天使たちに向けて疾駆する黒い虎は、大口を開けて防衛に徹する天使たちを飲み込むように、突っ込んだかと思うと、天使にぶつかる直前に“蝙蝠こうもりの舞”の集団飛行ように一糸乱れず地上に下りた。


 そして天使たちに逃げ場のないように取り巻いていった。

徐々に迫る黒い金属の蝙蝠たちは、天使の精鋭部隊を黒い刃で刻んだ。

脱出しようと盾を前に出して突っ込んだ天使は、蝙蝠の円から出る前に肉片となって仲間に血を浴びせた。


ディリオスは表情一つ変える事無く、その光景を見て殺意を強めていった。

その意思は黒い蝙蝠たちに伝わり、渦巻は急速に幅を狭めていき、一番中央の指揮官を取り巻き守っていた天使は一人としていなくなった。そこには真っ赤に染まった天使が唯一人で立っていた。(この技は使えるな)黒い死神は、赤い天使を見てそう思った。

 

そのまま蝙蝠の陣形で、ディリオスを守るように飛翔させた。

彼は指揮官の本当の強さを、今後のために知っておく必要があった。

だからこそ指揮官以外は皆殺しにして、敢えて指揮官は残した。


本気の力を存分に使わせるために、二人を残した。精鋭部隊と言っても、ディリオスからすれば雑魚と変わりなかった。だから色々試すのに丁度よかった。



「おい。弱者しか狙わないのか? 魔族の指揮官とは聞いてあきれる」

悪魔は人間に強い殺意を向けた。その悪魔の目に対して、男は怒りの炎を灯した眼光をぶつけた。

「これは納めてやる。早く下りて武装化しろ。下りてこないのであれば、今すぐ消してやる」殺意に満ちた男は、飛ぶ刃を黒い衣に戻していった。


その言動に怒りを感じて、悪魔も地上へ下りてきた。

そして両名とも武装化した。


 その姿は指揮官だと一目で分かる風格を備えていた。天使は盾を構えて光り輝く剣を鞘から抜くて構えた。悪魔は怒り狂いながら、人型であった仮の姿を、本来の姿そのものに変化へんげさせた。


その姿は神話でもよく知られている、三つ頭の暴犬ぼうけんケルベロスであった。体の大きさは数倍どころではなく、一口でディリオスを丸のみにするほどの巨大さであった。


 姿を変えたと同時に、激しい炎を中央の口からディリオス目掛けて吐きつけた。

彼は素早く横に移動すると同時に、黒刀で右の頭を下から斬り上げた。斬り裂かれた時に汚泥おでいような黒い血を、割れた中から垂れ流した。


炎をまき散らせながら、その泥の血もそこら中に飛び散らせた。

その泥のような血が散った場所を見ると、緑の地を腐敗させた。

泡のようにぶくぶくと煙を出しながら、岩をも腐敗させ溶けていった。猛毒であることはすぐに分かった。


彼はそのまま斬り裂いた頭の横から、背後に回った。巨大な尻尾の蛇の尾が、大口を開けて襲い掛かってきた。黒い戦士は速度をその蛇の速度まで、緩急をつけて落とすと、左手の二本の指を使って上口の牙の間に入れ、一気に加速した。


蛇はその速さについてこれず、力任せに蛇を横に引き裂いた。

速さは落とさずそのまま背後から左の頭の横までサッと移動すると、拳に力を込めて頭部に叩き込んだ。


彼の一撃はその頭部を吹き飛ばした。目から生気は消え失せそのまま力が抜けたように首を下に垂らした。

中央の頭部への道が切り開かれように口を開けて大きく息を吸い込み、炎をディリオス目掛けて吐こうとした。


彼はすぐに正面に回った。右の頭部から発するものが猛毒だったため、左頭部を殺した後でも警戒しての行動だった。

ケルベロスはそのまま正面を向いて人間の男に吐きつけた。


 ディリオスは黒刀を抜くと、その炎を黒刀で高速でさばきながら前進した。刀を炎に対して素早く回転させ、その巡る刀に合わせるように炎も旋回した。彼の刃の間合いに入ると、ケルベロスはその大きな爪のついた前足をディリオスに振り上げた。


彼は一歩も動かずその大きな足に黒い剣を目にも見えない程の速度で斬りつけた。前足は斜めにその斬られた肉が落ちた。彼はそのまま最後の頭部の口先を軽く斬りつけた。


大きな痛みの遠吠えをあげて大きな頭を振り上げた。そして首を下げた瞬間、下に構えていた刀に自ら頭の先まで貫いた。そしてその巨体は黒い塵となって消え失せていった。ディリオスの息は乱れておらず、そのまま天使を見て問い質した。



「何故だ? 襲える最大のチャンスは幾つもあった。勝てると思うほど愚かではないということか?」


「使命はそれぞれ違うものだ。わたしの使命は今成就された」


「なるほどな。俺は悪魔よりも天使に勝ってほしいだけだったが、俺を利用して使命を全うしたわけか。今の俺には関係のないことだが、貴様をこのまま放っておくには危険すぎる」


「分かっている。第九位の天使の統率者として、わたしたちは使命の為ならば何でもする覚悟はある。最後の戦いを決しよう」


第九位の限界であろう速さで、ディリオスの真正面から詰めてきた。

八分の歩幅で疾走しながら距離を縮めつつ、己の間合いに入る瞬間に一気に歩幅を大きく広げて輝く剣で突いてきた。


ディリオスは黒刀にある五輪の中にその輝く剣を突いて通して斬る事も突く事も封じて、男はそのまま足を止める事無く近づき致命傷を与える暗殺拳で彼女の急所を突いた。


そのまま立ち尽くして動かなくなり、風が白い塵をさらっていった。


(天使にも急所は通用するな。神の分身として皆を創造したからなのか)

ディリオスはそう思った。


 天使の指揮官とディリオスの声が聞こえなくなって、戦いが終わったのだとアツキは理解した。天使が自ら幕を引いたその行為は、すでに死を覚悟をしていたものだと分かった。


最後の最後まで勝てないと分かりながらも、敵となってしまった人間に、対峙する覚悟は使命だと分かりながらも、悲しい運命の心の声だとアツキにはそう思えた。


 サツキは自分が想像しうる戦いとは違い。戦闘とは呼べないほどの圧倒的な強さに何も考えることができなかった。ディリオスからしたら精鋭も指揮官も無関係な強さだった。圧倒的な格差であり、己の特殊能力の活かし方も、常に考えているのだと感心した。


それぞれが、それぞれの知り得る事から、色々な想いを馳せた。


(ディリオスさまはまだまだ強くなる。わたしも足手まといにならないように頑張らないと)サツキはそう強く感じた。


 黒衣の男が到着してから人間の犠牲者はいなくなった。変わりに黒と光の塵が風とともに舞うだけだった。彼は片手を空に伸ばした。飛翔の時に固定させた飛苦無を集めた。全ての苦無は彼の手に戻ってきた。彼は再び全ての飛苦無を合金鋼糸に通して黒装束の中に納めた。


彼はしばらく空を眺めた。使命であり宿命である最後を迎えた天使に対して悲壮感を感じていたからだった。敵ではあるがアツキに似た感情をディリオスも抱いていた。


好感さえ生まれた相手を殺す事に、彼は苦悩した。しかし、誰かがやらねばならないと自覚し、その想いは心の中に閉じ込めるようにしまい込んだ。



「もう大丈夫だ。俺は刃黒流術衆の棟梁のディリオスだ。ロバート王の要請できたから安心してくれ」族長らしき人物に青年は話しかけた。


「族長のブルーノです。ありがとうございます。怪我人への配慮にも感謝いたします」ブルーノはそれ以上言葉がなかった。味方でさえ畏怖の念を抱かせたほどの強さだったからだ。その気になれば、一国を落とせるほどだと肌で感じた。


 サツキはロバート王を安心させるため戦いの終わりを報告した。

犠牲者はなくもうすぐ着くと伝えたらロバートはふぅと安心の息を吐いた。この戦いは始まったばかりであり、対応策はやはりディリオスの言う通り、身体能力と特殊能力強化が要になると改めてサツキは思ったが、それと同等に自分の特殊能力の活かし方次第だと気づいた。



 ロバート王は族長ブルーノを東関門で出迎えた。

「わざわざお出迎えありがとうございます」ブルーノは馬上でロバートにお辞儀した。「中に入ってお休みください。しばらくは安住できるでしょう」


 最後尾に黒衣の姿があった。ドラガ族は城内に入ったが、ディリオスはそのまま厩舎へ向かった。ロバートが騎士を伴い彼に近づいてきた。


「ドラガ族を救ってくれてありがとう。我らが援軍に向かっていたら、多くの犠牲が出たはずだ」ロバートは礼をのべた。


「第九位の天使と悪魔の指揮官はほぼ同時に殺したので、ひとまず均衡は保たれるはずです。数では九位には劣りますが、八位の奴らも大軍勢のはずです。エルドール王国の住民、ドラガ族、我ら刃黒流術衆の多くは城へは入りきれません。仮に襲われたら多くの犠牲を出すことになります」


 ロバートはディリオスの顏を見て、何か妙案があると感じた。



「私はこれよりイストリア王国に行ってきます。力を合わせなければ、人類は滅亡するでしょう。不仲な国も協力してくれればいいのですが、どの国にも部族にも強者が今日生まれたはずです。


イストリア王国はベガル平原の部族を通して、何度も交流しています。そして北にも極寒の白虎とも称されている、雪の勇者である王子リュシアンがいるヴァンベルグ君主国と協力体制を敷ければ、勝ち目が見えてきます。


ロバート王はドラガ族長に、天魔の恐ろしさをお聞きください。お聞きになれば最善が何かすぐに理解されることでしょう。不可能を可能にするしかないと」



ディリオスは含みのある言葉を言うしか無かった。まだここにいても何とかなると思っているその根底から、考えを改めさせるために言った。


「王女であるナターシャはイストリア王国のカミーユと恋仲だとイストリアのミーシャから聞いていますが、利用するのは避けたいでしょう。私も彼女を利用したくないのでその気持ちはわかります。何とか防衛系の能力者を探してください。


例えば擬態を使えるような能力者を資質次第ではありますが、鍛えれば城ごと森に変えるなどして守ることはできるでしょう。


イストリアには、大いに期待できる人物が多くいます。

私が行くのが一番だと思います。

サツキとアツキによればほぼ全ての者の身体能力は、急上昇したと報告がありました。


アツキは遠方との会話以外にも天使や悪魔の会話を聞く能力に目覚めました。この先さらに能力を身につけるかはわかりませんが

奴らの考えがわかるのは大きな利点になります。


特殊能力に関してはサツキが調べていますが、予想以上にいるようです。刃黒流術衆も同様に、彼女に調べさせますので、まだまだ期待はできます。私の見立てでは此処にいては危険です。


イストリア王国への全国民と兵士の移動を進言します。戦いは今後更に厳しいものとなっていきます。先手をうっていかなければ犠牲を伴うだけです。その話をイストリア王国と話してきます」


厩舎から愛馬のアニーを出しながら話した。


「イストリア王国までここからだと、十日程度でつくはず。往復と交渉を考えれば一カ月くらいはかかるか……」ロバート王は不安そうな顏を見せた。


「その点はご心配なく。はっきりと日数は言えませんが、五日もあれば戻れるはずです」愛馬の頭を優しく撫でながら、ディリオスは答えた。


「そなたは確かに光速移動で疾走できるだろうが、疲れも感じないのか?」王は尋ねた。


「いえ、私が疾走したとしても五日で往復することは今はまだ無理です。能力発動や光速移動をイストリアまで持続させるほどの体力はありませんよ」若者は笑みを浮かべて答えた。


「かれらの力は、人間を凌ぐほどのものも多いでしょう。かれらも皆、今日多くのものが目覚めたはずです」ロバートは意味が分からない表情を見せた。

「……かれらとは何者のことを言っているのだ?」王は尋ねた。



「答えをお見せしましょう」彼は漆黒の愛馬にまたがった。

「防衛に私の全配下を残していきます。イストリア王国にはすでに私が行く事と、三つ葉要塞に中隊として、御庭番衆から隊長を選抜した十名と、三百名の刃黒衆を三つ葉城塞に配置させるよう命じておきました。


彼等なら第八位程度の魔族、大天使なら難なく倒せるはずです。ですが我々は我々を知らなすぎます。敵も知らねばなりませんが、今は自分たちを知ることを優先しましょう。


すでにお聞きでしょうが、安心して今のうちに少しお休みください。ロバート王の能力は、おそらくかなりの精神エネルギーを消費するはずです。今のうちに休めるだけ休んで、食べ物もしっかり食べて体力をお付けください」



「あと部下には厳命していますが、くれぐれも北には行かないようにしてください。あの森を根城にした化け物がいます。見たわけではありませんが、サツキもあの森まで距離はありますが、とてつもない邪悪な力を感じ取っています。


その化け物も神の産物であり、この私の愛馬アニーも神の高遺伝子を持っています。能力者は人間だけだと勘違いしている人は多いですが、それは間違いです。


に神の遺伝子は存在すると、絵巻物には書かれていました。含みのある言葉なので調べておきました、では五日以内には戻ります」


「ハッ!」ディリオスはアニーを疾駆させた。

多くの人込みの中に突っ込みそうになると、アニーは漆黒の翼を出して駆けた。若者は上空を一周して、イストリアに向けて愛馬を走らせた。「アニー。お前の力をみせてくれ」横から愛馬の首筋をなでながら、そっと言った。


「……一体事態をどこまで把握しておるのか……確かに絵巻物には神の遺伝子は人間だけとは書かれていなかった。地上のあらゆる生き物か……まだまだ知らねばならぬことが多い」


すでにロバートの視界から漆黒の駿馬は消えていたがしばらく空を眺め続けながらそう思った。

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